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新型コロナウイルスが変えた入社式と社長メッセージ

鶴野充茂コミュニケーションアドバイザー/社会構想大学院大学 客員教授
新型コロナウイルスでこんな入社式は完全に見られなくなった(写真:REX/アフロ)

 新型コロナウイルスが感染拡大する中、例年見られる入社式が様変わりした。多くの企業が入社式そのものをとりやめたり、在宅リモート参加の形式をとっている。その結果、各社社長のメッセージは、遠隔地から、あるいは動画で語りかける形となり、それぞれに効果的な伝え方の模索が始まっている様子が窺い知れる。

 そこで4月2日朝までにネット公開されている百社以上の様々な業種・規模の社長メッセージを確認した。すると動画でも(もちろん対面でも)しっかりメッセージが伝わりそうなものはざっと1割ほどだった。違いを生んでいるポイントは構成・表現だ。

 よく練られた社長メッセージには、現状認識が必ず含まれている。今をどう捉え、それを踏まえてどう進もうとしているかを語ることが、最も説得力を持つメッセージになるからだ。優れたスピーチは、その時・その場・その人でないと語れないことをまとめているのが特長である。

 つまり社長メッセージを見れば、その企業がどう現状を認識し、対応しているかが見えてくる。

 入社式の社長メッセージは企業のウェブサイトで公開されており、プレスリリースを出してメディア向けに配信している企業も少なくない。即ち、自社に入社する新入社員向けメッセージという形を取りながら、広く社会に向けたメッセージという側面がある。

「今」気になることを話してほしい

 多くの社員が在宅勤務を強いられている今、現状認識にはやはり今の状況をどう捉えているのかが一言ほしい。

 入社式における社長メッセージの悪い典型例は、現状認識もなく、新人に(おそらく毎年繰り返されている)自社の常識(理念)〇箇条を押し付けるだけのパターンだ。今回の調査では約2割がこのタイプになった。

 集合型なら黙って座っているかもしれないが、リモートでPCから参加しているなら、トイレに立つ人もいるかもしれない。

 また集合型なら周りにも人がいて「みんなに」語り掛けていることが分かるが、リモート参加の場合には「私に」語り掛けてくれていると、無意識のうちに期待しがちだ。

 その場合、「私の不安」「私の聞きたいこと」をどれだけ意識して話してくれているかを見ている。その観点からもみんなが「今」気にしている話題から入りたい。それが現状認識である。

危機感を伝える表現

 社長メッセージの中で、新型コロナウイルスについての認識を具体的に語っていたのは、すでに事業でその影響を受けていると見られる企業に多かった一方で、社内にウイルス感染者が確認されたと報じられている企業では、社長メッセージの公開自体が少なく、またウェブ公開されている情報ではほとんどそうした記述は見られなかった。

 新型コロナウイルスの影響に関する認識として具体例を見ていくと、「2008年のリーマンショックや2011年の東日本大震災が引き起こした影響を上回る深刻な危機が訪れている」(三菱商事)としたり、「今は平時ではありません、緊急事態」(長瀬産業)や「言わば「非常事態」にある」(豊田通商)といった表現で危機感を伝えている企業が目をひいた。

航空二社の危機感が特に強い

 中でも最も強い危機感が表れていたのが航空大手二社だった。

 ANAホールディングスは、「人の移動が制限される事態となり、また、国と国の間の人の往来を禁止する措置が拡大するなど、人や物が動いてこそ成り立っている我々航空ビジネスにおいては、衝撃的な航空旅客の激減となってのしかかっています」とメッセージの冒頭で述べている。

 JALグループはさらに踏み込んでいて、「航空業界はこれまでも数々のイベントリスクを経験して来ましたが、今回は、日本を含め全世界に及ぶこれまでとは全く規模が異なる極めて深刻な事態に陥っていると言わざるをえません」とし、「常にこうしたリスクに備えるため、いかなる時も決して油断せずこつこつと努力を重ねてまいりました。ただ今回は、これまでの備えを一気に使い果たすほどの大打撃を受ける可能性があります」とした。

 また、JALグループは、2020年は東京オリンピック・パラリンピックの開催で、航空業界も大きな転換期を迎える年となるはずだったことから、「私たちも、これを機に新しい中期計画を発表する予定でしたが、残念ながら目下の状況に鑑み、計画の策定を一時ストップしています」と明かしている。(社長メッセージはこちら)

 興味深いのは、二社ともパイロットや客室乗務員の飲酒問題など最近の問題にも触れた上で、一人ひとりの意識が大切であることを訴えていることだ。

 入社式のメッセージで最近起きた自社の不祥事や事故について触れ、社員としての自覚を促すのは、今回見た百社以上の社長メッセージの中でも極めて少なく(逆に言えば、不祥事や事故があった企業のほとんどは、そのことを入社メッセージで触れていない)、注目したいポイントである。

 実はこうした過去の反省や教訓をもとにして語る方が、ストーリーとしても理解しやすい。トップが問題に真摯に向き合っているという姿勢もしっかり伝えられる。トップが向き合っている問題だからこそ、自分も向き合おうという気になるものだろう。

在宅勤務による影響か

 在宅勤務が進められていることもあってか、具体的な呼びかけとして多く見られたのは「一人ひとりの自覚」だった。これが例年の入社式の社長メッセージと比べて明らかに異なる今年の特徴だ。

・「一番大切なことは、社員一人一人の自覚ある行動です。一人の感染が多くの人をリスクにさらすと共に、事業活動に多大な影響を及ぼすこととなります。例年であれば、これから多くの歓迎会が開催されるところですが、それはコロナウイルス終息後の楽しみとして控え、その時間を業務の修得と自己啓発に活用し、例年以上に成長の速い新入社員を目指して頂きたいと思います」

出典:伊藤忠商事

(伊藤忠商事)

もっと直接的に注意を促しているのが、

・「我々の会社で感染者を出し、その部署の全員が自宅待機となり業務が止まるということになれば、お客様のみならずステークホルダーに対する責任が果たせなくなります。また、他社や地域に感染を広げては大きな迷惑がかかります。そうしたリスクを最小化するよう、万全の対策を取ることも企業としての務めとなります。皆様も三井E&Sグループの一員であり、世間からは三井E&Sを代表した存在としてみられます。責任ある行動をお願いします。」

出典:三井E&Sホールディングス

(三井E&Sホールディングス)

力強く訴えかける動画メッセージ

 今回確認したメッセージの中で、最も力強く前向きな気持ちになる構成にまとめられていたのは、ANAホールディングスだった。動画メッセージも公開されているので、ぜひご覧ください。

ANAHD・片野坂真哉CEOの新入社員向けメッセージ

 13分弱の動画だが、メッセージがシンプルで聞きやすい。厳しい状況の中で、自分たちが今まで最も大切にしてきたこと(安全を守るということ)を再確認して、ひたすらそれを丁寧にやる。特定の誰かだけではなくて、あらゆる職種の一人ひとりがきっちりと意識することで安全というものが初めて守られるのだ、ととても明確である。しかも、現在の状況にもリンクしてイメージできる。原則と具体例がうまくバランスしてまとめられている。

 また、社長メッセージではないが、トヨタの動画チャンネルで、イチローさんが新入社員向けに語る動画がSNS上で多くシェアされていたので、最後に紹介しておきます。

イチローさんからのメッセージ2020 〜トヨタに入社した人たちへ〜

コミュニケーションアドバイザー/社会構想大学院大学 客員教授

シリーズ60万部超のベストセラー「頭のいい説明すぐできるコツ」(三笠書房)などの著者。ビーンスター株式会社 代表取締役。社会構想大学院大学 客員教授。日本広報学会 常任理事。中小企業から国会まで幅広い組織を顧客に持ち、トップや経営者のコミュニケーションアドバイザー/トレーナーとして活動する他、全国規模のPRキャンペーンなどを手掛ける。月刊「広報会議」で「ウェブリスク24時」などを連載。筑波大学(心理学)、米コロンビア大学院(国際広報)卒業。公益社団法人 日本パブリックリレーションズ協会元理事。防災士。

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