日大学長のズレた会見

(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 5月25日に開かれた2時間少々の日本大学・大塚学長の会見は、日大にとって混乱収束の貴重な機会だったが、うまく活かせなかった印象だ。

 

 学長は、会見を見る側の根本的な期待を理解せず、また準備も不十分な状態で、本番に臨んでいた。

 

 冒頭の声明で、学長は、「責任を感じている」「謝っても謝りきれない」「お詫びしなければならない」と謝罪の言葉は口にしたものの、頭の下げ方は、その言葉の意味に似つかわしくないほど軽く、早い、「ペコリ」だった。

 

 おそらくそれよりも、自分の主張したいメッセージがあったのだろう。学長はその後、言葉に力を入れて語った。

 

・日大は大学と付属校で学生・生徒が12万人いる。その人たちに伝えたい。自分が直接まわるわけにもいかないから。

 

・反則行為をし、一人で会見を開いた「選手」の将来に貢献したい。力を注ぎたい。教職員をあげて学生生徒諸君を援助してあげたい。

 

・4年生の就職問題(日大の対応をどう思うかなどと面接で聞かれることなどを念頭に)もいろいろカバーしたい。重責と感じている。

 

 それらはまるで内部向けの業務連絡かと思われるような内容だった。世間が今回の会見に注目する理由や期待する情報と根本的にズレているからだ。

 

 今回の会見に注目が集まるのは、日大の組織としての一連の対応のまずさを学長としてどう受け止め、今後どういう対応を取るのかが明らかになることを期待されているからだ。

 

 ところがその部分に関しては、明確な答えが得られない。

 具体的な受け止め方を聞いても、「グラウンド内で起きたこと」で「部同士、あるいは連盟で解決できると考えた」ために、結果的に大学としての対応が遅れたとし、細かな事実関係についての情報は自分自身では今日においても持っておらず(聞いてもおらず)、この後は「第三者委員会」の出番だと言う。

 

 さらにその第三者委員会は立ち上がったのか?いつか?と質問を受けても「完全に立ち上がったかどうか分からない」などと答える。

 

 試合の中で起きたことや選手と前監督・前コーチの会見で明らかになったギャップなどについて問われると、「ほんとにどうしちゃったんだろうなという感じ」「私もよく理解できない所もある」など、まるで他人事のような発言に終始して具体的な話にならない。

 

 自らは運動部の統括であり、責任者であると繰り返す一方で、「今回の問題」をしっかり理解している様子が窺えない。

 内田前監督といつ何度話したかを問われても2回くらいかな、などと曖昧な答えをし、日大の教職員組合から大学の改革を求める声明が出されたことについても、社会的にも注目を集めているなか、学長は「見ていない」と言う。

 

 今回のような危機対応の会見では、どれだけの新たなファクトを提示・発表できるか、いつどんな情報をどんな形で把握し、どう判断・対応したかが問われる。そうした情報を持ち合わせなければ記者会見として成立しない。

 

 こうしたやりとりに、ネット上では「Youは何しに会見へ」という声も見られた。 

 

 23日の前監督・前コーチの会見で、司会者が強引に終了させようとして話題になったことを引き合いに、今回の司会者は、「先般のような(強引なことは)申し上げません」と言った時には、学長は声を出して笑い、「笑っちゃいけない」などと自分でフォローするような状況で、全体的なやりとりも締まりのないものだった。

 

 今日の会見で、日本大学は、学長でさえ、今回の問題について、まだそれほど深刻に受け止めていないという印象を与えたのではないだろうか。

 

 会見の中で、「選手」がたった一人で多くのカメラの前で語っていた様子を学長としてどう見たかを問われた際、「それなりに真摯に答えていた」という表現を使った。

 

 「それなりに」というのは、応援している相手に向ける言葉ではないだろう。

 「選手」そして学生たちを「応援」するには、まずは今回起きている具体的な問題について自らが真摯に向き合う姿勢を見せ、誠実に選んだ言葉で語ることからではないだろうか。

 

 今のところ、日大は「選手」からしか誠実な印象を受けない。