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朝日新聞社説への違和感 大卒者が3年で3割辞めるのは、今に始まった話ではない

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家
(写真:アフロ)

 朝日新聞が8月12日付朝刊の社説で、大学生の就活について取り上げていた。

(社説)大学生の就活 就業体験をどう生かす

 インターンシップからの早期内定、期間が1日以下で就業体験がないプログラムが多数あることなどへの問題提起だった。率直に、数年前の社説なのではないかと目を疑ってしまった。企業がインターンとして受け入れた学生の情報を、その後の採用選考に活かすことを容認することになったという最近のニュースの他は、周回遅れの議論だった。

 主にインターンシップをテーマにした社説だったが、さらりと書かれていた次の記述についても、私は首を傾げてしまった。

 最近は大卒新入社員の3割が3年以内に離職している。ミスマッチが減り、長く働く社員が増えれば、企業にとってもメリットは大きい。

 就業体験を伴うインターンシップの強化によるミスマッチ解消という文脈なのだが、まっとうな意見のようで、事実関係が間違っている点や、注意して読み解かなくてはならない点だらけだ。主に次の3点だ。

  1. 大卒新入社員の3割が3年以内に離職するのは「最近」の話ではなく、30年以上に渡って変わらない傾向である。
  2. 離職理由はミスマッチだけなのか?
  3. 企業が必ずしも長く働く社員を求めていないのではないか?

 1は企業の採用担当者、大学のキャリア形成・就職支援担当者の間ではよく知られているデータである。厚生労働省が毎年発表している「新規学卒就職者の離職状況」を確認すると明らかだ。

厚生労働省(2021)「新規学卒就職者の学歴別就職後3年以内離職率の推移」

 ここでは昭和62年(1987年)時点のデータから、平成30年(2018年)までの3年以内離職率がわかる(2年以内は令和元年、1年以内は令和2年までわかる)。昭和62年(1987年)時点は28.4%で、平成30年(2018年)が31.2%だ。平成中期に上昇し、直近10年では約30%で落ち着いており、1年以内の離職率が減っているなどの傾向がわかるが、この30年以上、3年で3割辞めている。「最近」の話ではない。

 2については、間違ってはいない。よくウェブメディアの記事で論拠として引用されるのは、内閣府が2018年に発表した『平成30年版 子供・若者白書』である。

内閣府(2018)『平成30年版 子供・若者白書』

 初職の離職理由は「仕事が自分に合わなかったため」が43.4%で最も多く、次に「人間関係がよくなかったため」が23.7%、「労働時間、休日、休暇の条件がよくなかったため」が23.4%、「賃金がよくなかったため」が20.7%、「ノルマや責任が重すぎたため」と続く。たしかにこの点は「ミスマッチ」と言えそうだ。ただし、このデータは16歳から29歳まで広くとったデータであること、正規雇用(常勤)だけを対象としたデータではないことを考慮して読み解かなくてはならない。

 ここで、前出の厚生労働省のデータにおける産業別、事業所規模別の離職率のデータを参照すると、ヒントが見えてくる。離職率の差が顕著にあらわれている。

厚生労働省(2021)「新規大卒就職者の離職状況(平成30年3月卒業者)」

 ミスマッチとは別の論点として、初職への就職時に必ずしも希望通りの就職先に入社できず、その後、より自分に合った産業・職種、より企業規模の大きな企業への転職を志向しているようにもみえる。これは、長年この領域に関わっているものの肌感覚ではあるが、売り手市場化すると転職がしやすくなり、中堅・中小企業や一部の業種は草刈場となる。

 なお、この産業別離職率は、注意して読み解かなくてはならない。一部の産業が労働環境が劣悪であることの証拠だとする見方もあるが、もともと雇用が流動化している産業だとも見ることができる。たとえば、飲食、宿泊などでは新規の開店が続くと人材が流出することがある。

 問題とするべきは離職理由である。求人詐欺により騙される、劣悪な環境で使い潰されるなどの理由による離職は労働者にとって悪である。もっとも、労働者がよりよい環境を求めることは当然である。3年で3割辞めることを悪だと断じることこそ問題ではないか。辞めるなというのも酷な話であり、企業に忠誠を誓い勤勉に働く若者像の押し付けにも見える。

 3の「企業が必ずしも長く働く社員を求めていないのではないか?」については、経済団体トップや日本を代表する企業のトップから「終身雇用はもたない」という発言が飛び出している。私は、平成における入社式において企業トップが何を語ったかを研究したことがあるが、90年代後半から長期雇用の起点であるにもかかわらず入社式で「会社人間はいらない」というスピーチが目立つようになった。

 時代は「採用氷河期」であり、人材の獲得、定着は企業にとって大きな課題となり、株主からも厳しい視線が向けられるようになったことも事実ではある。ただ、企業が人材に対して厳しいメッセージを発信していたことも忘れてはならない。

 このように、まっとうに見える何気ない一言に、昭和的な価値観や、現実とのズレを感じる次第である。一見すると、労働者の立場にたったことを言ってそうで、ズレていた、この朝日新聞の社説などが、わかりやすい例である。

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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