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安倍政権とは「意識高い系」そのものだった

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家
なぜ、辞任の挨拶でアベノミクスの成果をアピールしなかったのか?(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

7年8ヶ月にわたる安倍政権が終幕した。この週末、新聞各紙は安倍政権総括と、ポスト安倍に多くの紙面を割いていた。各紙が様々な角度から検証しており興味深かったが、全国紙5紙と東京新聞を読む限りでは、全面的に肯定し総括したメディアはない。読売、産経、日経も全面的に肯定したわけではもちろんない。安倍政権の得意分野と言われた外交や経済を含めて道半ばであったことをそれぞれ指摘している。

安倍晋三は記者会見で「断腸の思い」という言葉を使った。「北方領土」「拉致被害者」「憲法改正」に対してだが、それだけだろうか。2020年8月24日付の朝日新聞での、安倍政権について分析を重ねてきた東大名誉教授御厨貴氏の「やってる感」という言葉が腑に落ちた。「やった感」ではなく「やってる感」だ。実際は、「看板政策」は「看板倒れ」に終わったと言わざるを得ない。すべての道は「道半ば」だった。そもそも「アベノミクス」はどうなったのか?辞任を表明する会見で強く実績をアピールしたわけではなかった。

安倍政権は「右投げ左打ち」でもあった。安全保障などでは批判を封じて法改正などを断行したが、雇用・労働に関する政策では、まるで旧民主党が考えそうな政策、労働組合が提案しそうなことが並んだ。2013年の参議院選あたりから、雇用・労働に関する政策に関連して、少なくとも字面は与野党ともに似通ったものになり、論点が封じられた。一方、これらの政策が「経済」に関する項目に載ったのが安倍、自民党の特徴だ。「働き方改革」は「働かせ方改革」であり、「女性活躍」もその背景には人手不足解消という目的が見え隠れした。

よく「安倍独裁」「右派政権」と呼ばれ、私にもそう批判することが期待されていそうだが、実際は違う。第一次安倍政権と比べると少なくとも中盤までは巧妙に利害をやりくりしたし、右派色も個人としては薄め、それを他の議員に背負わせたと私は解釈している。

とはいえ、長期政権とはなった。この間、野党はもちろん、自民党内の反安倍派も、安倍にかわる選択肢とはなり得なかった。モリカケ問題を始め、数々の疑惑があり、野党もメディアも責任を問いただしたものの、決定打とはなり得なかった。選挙には強く。消極的な選択肢として、選ばれ続けた。野党もメディアも「断腸の思い」を抱くべきだろう。

安倍晋三とは、第二次安倍政権とは何だったか?ふと8年前、2012年の冬、つまり政権交代の頃に私が仕掛けた言葉を思い出した。「意識高い系」だ。PCから当時の原稿を呼び出して振り返ったが、「口先だけで成果の無い人」に対して警鐘を乱打する意味でこの言葉を広めた。言葉というものは、独り歩きし、変質・変容していくものである。いまや、若者、いや頑張っている人を叩く言葉になってしまった。ベンチャー企業の社長や、NPOの代表などから(いかにも意識高そうな人と言ってはいけない)「常見は日本の若者、頑張っている人を揶揄し、萎縮させた」とTwitterで絡まれたことは何度もあったが、その意図はなかったとこの場を借りて釈明しておこう。

意識高い系は、名言をやたらと言おうとするし、人脈を自慢するし、何かと無駄に大きなビジョンを語ろうとする。それをSNSで発信したりもする。

まさにこの7年8ヶ月の安倍政権そのものではなかったか?「○○改革」「○○革命」「○○活躍」というポエムのようなキーワードが連呼される。成果については、必ずしも総括されない。しかし、「やっている感」は演出され続ける。「あれは何だったのか」と言いたくなる政策や、中には単なる決意表明だったものも多々ある。人脈自慢もそうだ。「桜を見る会」などはまさにそうだ。数々の芸能人と交流し、アピールしたのもそうだ。SNSも本人や支持者が活用した。ステイホームの光景などは批判が殺到したが。あたかも、スタートアップ企業、ベンチャー企業社長などによくいるタイプではないか。ベンチャー企業といえば、安倍政権は「働き方改革」「ユニークな人事制度」などでメディアによく登場する意識高い系企業とその経営者、人事部長のようだった。強烈な人事権により政権は続いた。「意識高い系」そのものではないか。

安倍政権=意識高い系説をどう捉えるか。政治家には能力、資質、高潔さ、優しさ、情熱など期待されることが多々あるが、ただ実際は「意識高い系」とも言える言動を繰り返した人が日本のトップに立った、それが7年8ヶ月も続いた。これをどう捉えるか?2010年代は、意識高い系の時代だった。職場や友人・知人にたまにいる、異業種交流会や自分磨きに力を入れ、SNSで頑張っている自分をアピールする意識高い系のように、政治家も、官庁も、経団連企業も「やってる感」を演出し続けた。

2020年代も意識高い系の時代が続くのか?意識は否定しないが、知識、良識こそ必要だ。

私も一論者として、この混沌とした世の中にもう一つの視点を提示するべく、ルビコン川を渡るほどの覚悟で今後の政権と対峙していきたい。そんな私の宣言は、意識高い系そのものなのだけど。

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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