VRは仮想現実ではない、「実質的な現実」だ――VRの展望とVR広告について

VR空間は実質的な現実を構成している(写真:アフロ)

高価格VRとスマホを利用したVR

VR(バーチャルリアリティ)が何かと話題です。2016年10月13日に「プレイステーションVR(以下PSVR)」が発売されました。3月に発売済みのVRヘッドマウントディスプレイ「オキュラスリフト」などもあり、2016年はVR元年とも呼ばれています。

ただし、現状ではPSVRが税抜き44800円(+周辺機器がおよそ5000円)、さらにPS4本体(安いもので30000円程度〜)が必要です。オキュラスリフトなど他のVR機器も6万円〜10万円近くかかるほか、高性能のパソコンが必要となると初期投資としては費用がかかるのは最もです。しかし、テレビや映画とは比較にならないくらいの圧倒的な没入体験ができるのがVRの強みであることも事実です。VRにはどのような可能性があるのでしょうか。

バーチャルリアリティを仮想現実と訳すのは間違い?

VRについて考えるためには、VR(バーチャルリアリティ)の訳語である「仮想現実」の誤りから指摘しなければなりません。「日本バーチャルリアリティ学会」のサイトは次のように述べています。少し長いですが引用します。

バーチャルリアリティのバーチャルが仮想とか虚構あるいは擬似と訳されているようであるが,これらは明らかに誤りである.バーチャル (virtual) とは,The American Heritage Dictionary によれば,「Existing in essence or effect though not in actual fact or form」と定義されている.つまり,「みかけや形は原物そのものではないが,本質的あるいは効果としては現実であり原物であること」であり,これはそのままバーチャルリアリティの定義を与える.

出典:日本バーチャルリアリティ学会「バーチャルリアリティとは」

引用の主張は要するに、仮想という訳語は現実とは異なる「偽物」という印象を与えてしまっていることを問題視するものです。同時にバーチャルとは「オリジナルではないが実質的に現実になっているもの」と捉えることができます。例えて言うなら、家電量販店などで購入時にオプションをつけることでパソコンが「実質0円」と表記されているようなものです。現実と全く一緒ではないが、実質的に現実と同じ状態になること、それこそがバーチャルなのです。

バーチャルは偽物ではなく「実質的な現実」です。VRがみせる世界は実質的に我々の現実を構成する一部となり、VRが普及すればするほど私たちの現実感覚に影響を及ぼしていくでしょう(だからといってVRが完全な現実であるとはいいません)。ここで現実をめぐる哲学的な議論をするつもりはありませんが、VRが我々の現実認識に大きな影響を与えていることは確かです。次に多様なVRの利用方法についてもみていきましょう。

VRジャーナリズム、VRスポーツ観戦

PSVRなどの高性能だが高価なVR機器の代用品として、スマホを利用したVR機器も開発されています。スマホの爆発で何かと話題のサムスンですが、昨年からGearVRというゴーグルをオキュラスと共同で製作・販売しています(バージョンにもよりますが1万円程度から購入することができます)。これはサムスン製のスマホ(Galaxy)をゴーグルに装着させることで、スマホをVR機器の代わりにするものです。ちなみにグーグルも同様のVRゴーグル「Daydream View」をすでに発表しており、はやければ今年中にVRゴーグルと対応スマホの発表があるでしょう(DaydreamとはグーグルのVRプラットフォーム構想であり、ゴーグルはその構想の一部になります)。

より安価なものでは、昨年グーグルがGoogle Cardboardというダンボールなど安価な素材で作成したゴーグルを発売しました。安いもので1500円程度なので、ユーザーにも手の届きやすい商品です。グーグルは昨年米ニューヨーク・タイムズ紙(以下NYT)と提携し、NYTの定期購読者100万人以上にこのゴーグルを無料で配布しました。目的はVRを体験してもらうためで、配布と同時期にNYTは「NYTVR」というアプリを発表しました。

アプリを起動してスマホをゴーグルに装着すれば、ユーザーは様々な動画を360度見渡すことが可能になります。例えば昨年11月のパリ同時多発テロ事件の現場に献花に訪れる人々を写し出す場面では、ユーザーはまるでその場にいるかのような経験が可能になります。他にもシリアなどから逃げてきた難民の子供たちの日常を写した映像なども鑑賞可能です。高性能なVR機器でなくとも、スマホからでも十分現場の雰囲気は伝わります。

他にも「ウォールストリートジャーナル」といった報道メディアも同様のVR動画を配信しており、ジャーナリズムの現場でもVRは用いられ始めています。ちなみに日本のNHKも2016年2月から「NHK VR NEWS」を開設しており、映像をVRで配信しています。個人的な感想では、VRはペン先から我々が感じ取るべき想像力を肩代わりするものであり、そこに人の想像力やVRが見せる現実と我々の現実の差異など問題もあると感じています。ともあれ、こうした報道分野でも広告がつくられることは想像に難くありません。

スポーツの分野でもVRが用いられようとしています。アメリカにおいて絶大な人気を誇るアメフトのリーグ「NFL」では、昨年からVRを用いる試みを行っています。NFLは360度を記録できる特殊なカメラをフィールドや観客席に設置し、会場にいるような臨場感をVRを通して体験するために試行錯誤中です。数年後にはネットでVR席を購入し、自宅にいながらVRを通して試合会場にいるかのような体験が可能になるかもしれません。

VRと広告

VRの裾野はこのように広がり続けていますが、普及までにはもう少し時間がかかるでしょう(逆にこの数年で普及できなければ産業としてのVRは失敗に終わるでしょう)。それでもスマホを利用した比較的安価なVRゴーグルを含めれば、VR環境を整えるのは難しいことではありません。

最後に、VRは今後広告の領域でも注目されていきます。PSVR発売から4日後の10月17日には、VR広告に特化した「VRise」という企業が新たに資金調達したというニュースが伝えられました。ただし事はスムーズに進んではいない様子です。

VRize代表取締役の正田英之氏に聞いたところによると、VRize Adの発表以降、同社には問い合わせは多く来ているのだそう。だが一方で広告の配信先ーーすなわちVRのコンテンツ自体ーーはまだまだ多くないという状況。同社としては創業時からアドネットワークの提供とあわせてVRコンテンツの制作環境までを展開することを検討していたのだという。

出典:Techcrunch「VR特化の広告ネットワークを手がけるVRizeが資金調達、VR動画アプリ制作用CMSも提供へ」

一方、すでに市場の注目はゴーグルのようなハードウェアではなくソフトウェアに向けられているとの報道もあります。中国のVR投資はハードウェアからソフトウェア、つまりどのようなコンテンツをつくるかに注目しているというものです

VRゴーグルといったハードウェアに関してはすでに大手が手を付けており、一般的な企業としてはVRコンテンツに勝機をみているようです。その延長線上に、VRを用いた広告にも注目が集まっているのです。

VRコンテンツが豊富になればVR広告コンテンツも増えていくことは確実です。しかし繰り返して述べれば、VRは「実質的な現実」でありジャーナリズムにも適応されています。テレビ以上に人間の感覚を刺激可能なVR広告には、多くの問題が指摘できるでしょう。

筆者は広告業界について専門知識は持ち得ていませんが、それでもいくつかの問題が考えられます。まず、VRコンテンツのジェットコースターに乗って腰を抜かすユーザーがいるように、VRコンテンツは人間の感覚に大きな影響を与えます。そのため、当たり前ではありますが、臨場感を追求するあまり恐怖や酔いなどをユーザーに与えないように広告をつくる必要があるでしょう。

次に、具体的な規制内容です。人の潜在意識に影響を与えるサブリミナル効果はテレビで表現することが禁じられています。VRコンテンツ製作にあたっても、脳科学や認知科学の知見を用いれば意識に直接影響を与えることが可能になるでしょう。それは避けなければなりません。

こうした広告を業界全体で規制したり検証する組織が必要ではないでしょうか。近年ではネット広告におけるネイティブ広告などが問題となり、業界団体がガイドラインを策定していますが、それでも問題は簡単に解決されていません。VR広告においても上述の問題以外にも、想定もしていなかった問題が生じる可能性が十分に考えられます。こうした問題に対処できるように、各団体が集まってガイドラインの策定が求められます。

以上、VRをめぐる可能性と問題を指摘してきました。VRは偽物ではなく、間違いなく我々の現実に影響を与えるツールです。それ故に、ジャーナリズムや広告など、人の意識や思想に影響を与えるものだからこその、慎重な議論が求められていくのではないでしょうか。