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<朝ドラ「エール」と史実>音のモデル・内山金子も、学芸会で「かぐや姫」の役をやっていた?

辻田真佐憲評論家・近現代史研究者
(提供:アフロ)

再放送中の朝ドラ「エール」、今週の主役はヒロインの関内音。いうまでもないですが、のちに古関裕而の妻となる、内山金子がそのモデルです。

やはり注目は、学芸会の「かぐや姫」でしょう。これも、なんと実話です。

ただ、金子の幼少期はほとんど記録が残っていないため、わずかな資料からなんとか物語をひねり出した印象です。

今回は、その苦労のあとをたどってみましょう。

「まるで寄宿舎みたいににぎやかな家庭」

まずは、内山家の家族構成。ドラマでは3姉妹ですが、史実では1男6女の大所帯でした。次女の清子がこう書いています。

私方では、6人姉妹だったので、2、3年ごとに入学すると常に2人位は女学校という、まるで寄宿舎みたいににぎやかな家庭でした。

出典:「清子の手記」(非公刊資料)。一部表記を改めた。以下同じ。

ドラマでは、兄妹があまりに多いと収拾がつかないので、3姉妹にまとめたのでしょうか。

ちなみに金子は、「読書三昧」で「音楽が大好き」だったと記されています。

私のすぐ下の妹の金子は、また、全然家の仕事には見向きもせず読書三昧、そして音楽が大好き、声も良かったし音楽は家中大好きでもあったので、父亡き後の淋しい日々の中にも、私が琴、妹達がオルガンで合唱する明るい家庭でした。

出典:前掲資料

なお、父が若くして亡くなったのは事実ですが、それは交通事故ではなく、脳溢血だったといいます。

このあたりは、史実をふくらませたといえそうです。

「かぐや姫、かぐや姫」と呼ばれて……

「かぐや姫」のエピソードも同じです。小学校の学芸会でこれをやったのは事実ですが、記録に残っているのは、以下のとおりわずかです。

[妹の金子が]小学校の5年生くらいの時でした。学芸会でかぐや姫の劇をやり、その主役のかぐや姫の役に妹が出され、それ以来、よく皆に「かぐや姫、かぐや姫」と呼ばれて、何か近親感があったようでした。

出典:前掲資料

とはいえ、この「かぐや姫」への思い入れがあったからこそ、金子は、「竹取物語」で国際的な賞を取った(とされる)古関裕而に手紙を送り、熱烈な文通を経て、ついに結婚にいたったのです。

ドラマで「かぐや姫」のエピソードを大きく取り上げたのは、当然の流れといえるでしょう。

長男・勝英は外資系サラリーマン?

そのいっぽうで、史実なのに消されてしまった部分もあります。それは、金子の兄・勝英についてです。

この長男が、なかなかスゴイひとでした。

長男なのに家業を継がず、金子が残したメモによれば、飛行学校を卒業して飛行機を乗り回すかたわら、大陸にわたり、フォード自動車大連支店の副支配人などを務めたとか。いまでいえば、外資系サラリーマンですね。

「男勝り」といわれた金子はこの兄に憧れていて、結婚前、単身わざわざ大連まで会いに行ったりしています。

なぜ、こんな面白い人物を出さなかったのでしょうか。もしかすると、あまりに破天荒で、主人公たちの物語が霞んでしまうと懸念したのかもしれません。

このように、音の物語は、史実をたくみに再構成して作られているのです。

評論家・近現代史研究者

1984年、大阪府生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『「戦前」の正体』(講談社現代新書)、『古関裕而の昭和史』(文春新書)、『大本営発表』『日本の軍歌』(幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)などがある。

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