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品川にアイルトン・セナが蘇った!F1撮影500戦の写真家、熱田護さんの写真展。

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
キャノンギャラリーSで開催中の写真展入り口【写真提供:熱田護】

暗闇にふわっと浮かぶアイルトン・セナの姿、眼光鋭いミハエル・シューマッハの瞳、どこか哀愁に満ち溢れるシャルル・ルクレールの表情。

東京・品川のキャノンギャラリーSで、熱田護(あつた・まもる)さんの写真展「500GPフォーミュラ1の記憶」が始まった。熱田さんは今年、日本人としては2人目となるF1取材500戦を達成。まさにF1ブームの全盛期から低迷期、そして再び盛り上がるF1の今を撮り続けてきた偉大なフォトグラファーだ。

写真展「500GPフォーミュラ1の記憶」 【写真提供:熱田護】
写真展「500GPフォーミュラ1の記憶」 【写真提供:熱田護】

鈴鹿市で生まれ育ち、F1写真家へ

モータースポーツの聖地、鈴鹿サーキット(三重県)でレースが開催されると、コースサイドには数多くのアマチュアカメラマンが一眼レフを構えてシャッターを切って写真撮影を楽しんでいる。熱田さんは写真を趣味にしているファンにとって憧れの存在だ。

熱田さんは「F1世界選手権(グランプリ)」を全戦撮影する数少ない日本人フォトグラファーで、2019年も21カ国で開催されたF1のレースを全て周り、レースの写真やドライバーの表情、アップデートされた空力パーツなどを撮影してきた。

鈴鹿サーキットで撮影する熱田護さん【写真:CNS/ CTYレーシングスピリットより】
鈴鹿サーキットで撮影する熱田護さん【写真:CNS/ CTYレーシングスピリットより】

1963年、三重県・鈴鹿市に生まれた熱田さんは、オートバイブームとオートバイレースのブームの影響を地元で強く受け、全日本ロードレースのトップライダーだった斉藤仁氏のチームに帯同するカメラマンとしてフォトグラファーデビュー。その後は、坪内隆直氏に師事し、ロードレース世界選手権(WGP)や鈴鹿8耐などを撮影。2輪のフォトグラファーとしてキャリアを積んだ。

2輪から4輪への転向は80年代後半から。1987年に鈴鹿サーキットで初開催された「F1日本グランプリ」で初めてF1を撮影し、1992年以降はF1を撮影し続けている。

熱田護さん【写真提供:熱田護】
熱田護さん【写真提供:熱田護】

アイルトン・セナに魅せられた

熱田さんが撮影の主軸をF1に移したキッカケは「アイルトン・セナを撮りたい」と思ったこと。1988年、90年、91年とF1ワールドチャンピオンに輝いた伝説のF1ドライバー、アイルトン・セナの魅力に熱田さんは取りつかれ、彼を軸に撮影スケジュールを組み、シャッターを切ってきた。

そんな熱田さんにとって特別な1枚があるという。それは意外にもチャンピオンが取れた年ではなく、ホンダエンジンを失い「マクラーレン・フォード」で苦しんだ1993年のブラジルGPで撮影した写真だ。

熱田さんの作品を代表する1枚も展示されている【写真提供:熱田護】
熱田さんの作品を代表する1枚も展示されている【写真提供:熱田護】

「雨のレースでした。セナの地元、ブラジルのファンにとっては俺たちのセナ、ウチのセナという感じですよね。スタンドから聞こえてくるファンの歓声でセナが走っている位置が分かりました。ちょうど第1コーナーで撮影している時、凄まじい雨が降っていました。セナがトップに立ったタイミングで、凄まじい歓声が動いてくるんですよ。水煙で何も見えなかったんですが、水煙の中からボワっとセナのマシンが浮かび上がってきた瞬間のことは今でも忘れられません」

当時のエピソードを話す時、熱田さんは今でも当時の感動が蘇り、目に涙を溜める。フォトグラファーとしてこれだけ永きに渡ってF1を撮影していても、心を動かされる瞬間に出会い、それを逃さずに撮影できることはそれほど多くはないという。残念ながら、セナは翌1994年のサンマリノGPで事故死してしまうが、熱田さんはその後もF1の撮影を続けた。

日本からF1ブームが去り、のちにミハエル・シューマッハ、佐藤琢磨、ホンダとトヨタの参戦などで盛り返す時期もあったが、F1がバブル期ほどのムーブメントにはなることはなかった。人気低迷の時代もあった。近年は雑誌が売れない時代になっている。レース数が20戦前後に増え、航空券代などの旅費もかなりの額になるだろう。それでも熱田さんは撮影のためにグランプリサーキットへと出向き、1992年以降、病欠した1戦を除く全てのレースを取材。今年のベルギーGPでキャリア500戦目の取材を達成したのだ。

写真だけが伝えられるF1の魅力

500戦目の記念に何かイベントをしたいと考えていた熱田さんは写真展「500GPフォーミュラ1の記憶」を企画。今までのキャリアで撮影した写真の中から、写真展で展示する写真をセレクトを始めたという。

「もう地獄でした。1年半くらい前から写真集と写真展の話を頂いて、セレクトを進めてきたのですが、自分の好きな写真を選んでこの中からという第一候補が4000枚近くもあって。そこから減らせないんですよ、自分が選んだものだから。そこからデザイナーの人に手伝ってもらって、数を減らして、レイアウトしてもらってって感じで進めてきました。(完成までは)もう眠れなかったです」と熱田さんは語る。

フィルムの時代からデジタルカメラの時代へ。今ではいくらでもシャッターを切ることができる時代だが、プロのフォトグラファーはただ闇雲にボタンを押しているわけではない。理想の写真を追い求めて、太陽の位置や光、時間帯、場所など様々なことを考えながら準備をするという。もちろんレースは想定通りのことばかりとは限らない。撮ろうとしていた選手がクラッシュしてその場に来ないこともあるだろう。考え、悩み抜いて撮影してきた写真だからこそ、選ぶ作業は大変なのだ。

写真展「500GPフォーミュラ1の記憶」【写真提供:熱田護】
写真展「500GPフォーミュラ1の記憶」【写真提供:熱田護】

写真展には30年に渡るキャリアで撮影された写真の中から選ばれた154枚が展示されている。アイルトン・セナ、ゲルハルト・ベルガー、ミハエル・シューマッハ、キミ・ライコネン、フェルナンド・アロンソ、セバスチャン・ベッテル、そして日本人ドライバーの佐藤琢磨や小林可夢偉など。思いを込めて熱田さんが切り取った彼らの表情は見るものに何かを訴えかけてくる。

「昔のF1は良かったね、とよく言われますけど、今のF1も昔のF1も僕の中では何にも変わっていないと思います。時代は変わりましたが、頂点を目指すF1ドライバー達の姿は全く変わっていない。でも、昔はなんでこの人がF1乗っているの?って疑問に思う人もいたけど、今のF1はそういう選手が入り込む余地がないですよね。そういう意味ではより洗練されたのだと思います」と語る熱田さんは決してノスタルジーだけに浸るベテランではない。

「今の時代は通勤電車の中でスマートフォンで情報を見て、納得する時代になっていますが、写真は大きくすることで雰囲気も全然違って見えます。奥行きも発色も変わります。写真展ではその迫力を感じて欲しい。ライティングも完璧にしてもらっているし、実際にこの会場に来て、写真と向き合って感じてもらえたらと思っています」と熱田さんはファンにメッセージを送る。

熱田護さん 【写真提供:熱田護】
熱田護さん 【写真提供:熱田護】

F1は今やYouTubeやInstagram でも積極的に公式映像が配信され、主に動画で楽しむ時代になった。SNSではファンが様々な意見を交わし、時にマイナスな意見でタイムラインが溢れかえる時もある。しかしながら、熱田さんが撮った写真を見ていると、F1ブームの時代も現在のF1も、F1にはなんら変わらないセクシーな雰囲気があると僕は思ったのだ。F1が持つ魅力を改めて再発見できる写真展だ。

【熱田護写真展:500GPフォーミュラ1の記憶】

会場:キャノンギャラリーS

開催期間:2019年12月19日〜2020年2月8日(2019年12月28日〜2020年1月5日まで休館)

ギャラリートーク:2020年1月11日(土)・18日(土)・25日(土)/ 2月1日(土)・8日(土)

公式ホームページ:熱田護写真展:500GP フォーミュラ1の記憶

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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