相手は世界だ!若手ライダーの躍進で見えてきたバイクレースの明るい未来~Moto3

初表彰台獲得にガッツポーズの小椋藍【写真:Honda Team Asia】

リーマンショックから10年以上の月日が過ぎた。景気の動向、自動車やオートバイ・製造メーカーの業績に左右されがちなモータースポーツ業界はここ数年でようやく闇から抜け出すことができたと言えよう。

不景気に陥った時にモータースポーツの規模縮小が顕著に表れる一つが、若手選手育成の支援。10年前もメーカー育成の若手として海外レース参戦が噂された選手たちが日本国内でのレース活動を余儀なくされた。日本国内で目立った走りを見せればメーカーに海外のレースに連れて行ってもらえるというストーリーは2輪も4輪も今や昔話である。

そんな厳しい時代を経たためか、メーカーの支援に頼らずに自ら積極的に海外に出て行く選手が増えている。その傾向は特に2輪のバイクレースで顕著なのだ。

軽量級Moto3で若手が躍進中!

「世界の頂点へ!今、海外で日本人若手レーサーの活躍が目覚ましい~F1を目指す4輪レーサー達~」ではF1直下のレースを戦う若手ドライバーを紹介したが、今回は2輪バイクレース期待の若手たちをご紹介しよう。

2019年、「MotoGP/ロードレース世界選手権」にはMotoGPクラス(1000cc)に1人、Moto2クラス(今季から765cc)に1人、そしてMoto3クラス(250cc)には5人もの日本人選手が参戦している。今、特にアツいのは軽量級クラスのMoto3クラスだ。

オランダGPにホンダのレース活動60周年記念カラーで挑んだ小椋藍(左)と鳥羽海渡(右)【写真:Honda Team Asia】
オランダGPにホンダのレース活動60周年記念カラーで挑んだ小椋藍(左)と鳥羽海渡(右)【写真:Honda Team Asia】

開幕戦・カタールGPでは鳥羽海渡(とば・かいと/19歳)が参戦3年目にして初優勝。日本人ライダーが常にトップグループでレースをする展開が毎戦見られており非常にエキサイティングなシーズンだ。第9戦・ドイツGPでは佐々木歩夢(ささき・あゆむ/18歳)がポールポジションを獲得。さらに第13戦・サンマリノGPでは鈴木竜生(すずき・たつき/21歳)がポールポジションを獲得。鈴木はデビュー5年目にしてそのまま初優勝した。そして、第14戦・アラゴンGPでは小椋藍(おぐら・あい/18歳)がルーキーながら2位表彰台を獲得。日本人ライダー同士が切磋琢磨し、毎戦ごとに明るいニュースを届けてくれている状況なのだ。

(第13戦で優勝した鈴木竜生のツイッター)

小椋藍が日本人最上位に

Moto3で日本人ライダーが活躍しているとはいえ、かつて坂田和人青木治親が軽量級クラス(当時は125cc/現在のMoto3)の世界チャピオンに輝き、日本人ライダーが表彰台の常連だった1990年代の状況を考えるとまだまだ寂しいものである。

ただ、リーマンショック後はMoto3に日本人レギュラーライダー不在のシーズンもあり、年間ランキングトップ10に入れたのは2010年の小山知良だけ。未来のライジングスターを探す舞台でもあるMoto3で日本人の若手が存在感を示すことは極めて稀なことになってしまっていた。

そんな中、今年は久しぶりにトップ10に日本人ライダーの名前が加わりそうだ。第14戦・アラゴンGPを終え、日本人ライダーの中でランキング最上位は小椋藍の9位。1点差で鈴木竜生が10位で続いている。

アラゴンGPで2位を獲得した小椋藍と青山博一監督【写真:Honda Team Asia】
アラゴンGPで2位を獲得した小椋藍と青山博一監督【写真:Honda Team Asia】

小椋藍はMoto3フル参戦1年目ながらトップ争いに加わり、激しい駆け引きの中で着実にポイントを獲得。これまでの14戦で表彰台1回、ポイント獲得10回、トップ10フィニッシュが7回というのはなかなか凄い。というのも彼はまだ未経験のコースもある中での参戦だからだ。Moto3クラスのランキング上位5人は全員が参戦3年目以上。パドックの空気、世界選手権のタイムスケジュール、コースの習熟、経験値の全てがルーキーとは比べものにならないくらい豊富な選手ばかりの中で、小椋は着実に結果を残している。しかも、シーズン途中に左手首の骨折で欠場もしながらである。

小椋の存在はシーズン開幕前はほとんど日本のファンにも知られていなかったと言える。なぜなら彼は国内の全日本ロードレース選手権の参戦経験がない。10代前半の地方選手権時代も目立った活躍はなく、2014年のアジア・タレントカップ(=ATC)のオーディションに合格し、2016年にランキング2位を獲得。その後はATCのプログラムでスペイン選手権に参戦し、今季からMoto3世界選手権にフル参戦したのだ。

(小椋藍のツイッター)

「僕は一度も普通のレーシングチームに所属したことがない」と語る小椋はいわゆる育成プログラムの申し子だ。若手選手の育成に長けたアルベルト・プーチがディレクターを務める若手発掘プログラムのATCで、純正培養されてキャリアを積み重ねてきた。ATCは多くの若手育成プログラムとは一線を画すプロジェクト。若手育成を謳いながら多額な参戦資金を要求するビジネスとは違い、才能ある若手を同じ舞台で本気で勝負させ、MotoGPの未来を担うスター選手を育てようというプログラムなのである。

小椋藍の走り【写真:Honda Team Asia】
小椋藍の走り【写真:Honda Team Asia】

小椋は今季「Honda Team Asia」から参戦しているが、目的が明確なプログラムで育ってきた小椋に対するホンダの期待は大きい。今年の春、熊本で行われたホンダのイベント「Enjoy! Honda」に小椋はゲストとしてホンダから派遣された。まだ18歳で、まだ有名でもない小椋が指名された理由がよく分からなかったが、MotoGPベースの市販バイク「RC213V-S」のデモ走行を担当し、堂々と乗りこなす姿を見て筆者も納得した。「レースしかしていないので、250cc以上のバイクに乗ったことがない」と語っていた小椋はグングンとスピードをあげ、転倒することもなく完璧に1000ccバイクでのパフォーマンスを披露。この18歳はタダモノではないと思っていたが、早くも世界選手権1年目から結果を掴み取っている。優勝する日はそう遠くないだろう。

独立し、自ら道を切り開く若手たち

レッドブル・アスリートでもある佐々木歩夢【写真:Red Bull】
レッドブル・アスリートでもある佐々木歩夢【写真:Red Bull】

小椋はホンダも関与するプログラムの出身であるが、近年は全日本ロードレースに参戦せずにアジアあるいは現在のバイクレースの聖地、スペインを舞台に経験を積む若手選手が増える傾向にある。佐々木歩夢は13歳からヨーロッパを舞台に「Red Bull MotoGP Rookies Cup」を戦ってきたし、鈴木竜生は15歳でスペイン選手権に活路を求め、16歳でMoto3世界選手権にデビューした。こうして早くから海外のレース文化に溶け込んだ選手たちは一人の人間としても強く成長し、自ら道を切り開いていく。

(KTM移籍を伝える佐々木歩夢のツイッター)

来季は鳥羽海渡佐々木歩夢がMoto3に再び力を入れることになる「KTM」に移籍する。実質、ホンダとKTMの一騎打ちであるMoto3でホンダのバイクに乗る日本人ライダーがライバルの外国メーカーに、しかもトップクラスのチームに移籍するのだ。それをシーズン途中で発表するというのもなかなか日本の商習慣では想像しがたい。

しかし、かつて日本人ライダーが世界選手権を席巻した90年代には、坂田和人がアプリリアで2度125ccクラスの世界チャンピオンに輝いたり、250ccクラスの原田哲也がヤマハからアプリリアに移籍して世界を熱狂させるレースを展開していた。日本育ちで日本メーカーのバイクでレースをしてきたライダーが、海外メーカーからワークスライダーとしてオファーを受ける。昔はこういう夢のようなストーリーがいくつもあった。

(鳥羽海渡のツイッター)

バイクレースの世界選手権も一つのビジネスであるから、入り口の時点では資金や政治力が当然必要になるが、そこから先は4輪レース以上に結果と経験値が必要な世界。つまりどんなに素晴らしいチーム体制を作っても実力と経験値のないライダーを起用していては望む結果は得られない。だからこそ国籍を問わず、実力を認められて彼らはオファーを受けるのだ。

Moto3クラスの争い【写真:MOBILITYLAND】
Moto3クラスの争い【写真:MOBILITYLAND】

そういう意味ではMoto3に日本人ライダーが増え、早くから海外に出て、ヨーロッパの文化や習慣に溶け込み、道を切り開いていく選手が増えてきているのは喜ばしいことだ。10月18日(金)~19日(日)にはツインリンクもてぎ(栃木県)で「MotoGP日本グランプリ」が開催され、母国・日本でロードレース界の未来を担うライダーたちが走る。かつて鈴鹿の世界選手権の表彰台を日本人ライダーが独占した時代があったが、それがまた見れるかもしれないと思うとワクワクする。日本のバイクレースは再び夜明け前を迎えている。