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ツイッターで参戦のチャンスを探した元GPライダーが鈴鹿8耐参戦。海外の選手はここまで貪欲だ。

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
鈴鹿8耐に参戦するダニー・ウェブ【写真:TEAM FRONTIER】

7月28日(日)午前11時30分の決勝レース開始に向けて、いよいよ鈴鹿サーキットで「鈴鹿8耐」(鈴鹿8時間耐久ロードレース)の走行が始まった。全66チームが参戦する「鈴鹿8耐」にはオートバイメーカーに勝利を託されたワークスライダーから、自己資金を投じて参戦するプライベート参戦のライダーまで様々なバックグランドを持つライダー達が180人以上参戦する。

今回はちょっと変わった形で「鈴鹿8耐」に参戦することになった海外のライダーをご紹介しよう。

イギリス人ライダーからDMが

6月のある日、筆者のツイッターアカウントに一通のダイレクトメッセージが届いた。イギリス出身のライダー、ダニー・ウェブ(28歳)からだった。

「僕はFIM世界耐久選手権のライダーでランキング4位につけている。僕のチームは鈴鹿8耐に参戦しないようだ。僕は鈴鹿で戦うために行きたいと思っている。誰か僕が連絡を取れる人を知らないか?」

ダニー・ウェブはかつてロードレース世界選手権の125ccクラス、Moto3クラスで戦っていた元グランプリライダーで、現在は鈴鹿8耐のシリーズ戦であるFIM世界耐久選手権(EWC)を戦っているライダーだ。彼は今季、ヤマハの「WEPOL Racing」から参戦し、開幕戦のボルドール24時間(フランス)では3位表彰台を獲得。鈴鹿8耐を前にチームとしてランキング4位につけている。

ボルドール24時間で3位表彰台に上がった「WEPOL Racing」(ヤマハ)左から2人目がダニー・ウェブ【写真:FIM EWC/ EUROSPORT EVENTS】
ボルドール24時間で3位表彰台に上がった「WEPOL Racing」(ヤマハ)左から2人目がダニー・ウェブ【写真:FIM EWC/ EUROSPORT EVENTS】

そんなダニー・ウェブとは全く面識がない。しかし、僕は日本テレビFIM世界耐久選手権(EWC)の実況をしているので彼のことはもちろん知っていたし、情報を得るためにツイッターやインスタグラムをフォローしていた。相互フォローになっていたため、彼は僕にメッセージを送ることができたわけだ。

FIM世界耐久選手権のテレビ中継で筆者(左)は実況を務めている。
FIM世界耐久選手権のテレビ中継で筆者(左)は実況を務めている。

でも、僕のアカウントは普段日本語でつぶやいている。そんな所にわざわざメッセージを送ってくるとは少々驚いたが、彼のチーム「WEPOL Racing」が鈴鹿8耐に参戦しないことは事前に知っていたし、何とかして鈴鹿8耐に出たいという思いはメッセージからも伝わってきた。ただ、僕は鈴鹿サーキットの場内実況アナウンサーとしてニュートラルな立場にあるため、通常はチームや選手に便宜を図ることはない。しかし、ツイッターのDMでの連絡とはいえ、無視するのもどうかと思い少し考えた。

その時点で鈴鹿8耐のライダーシートはほぼ埋まりつつあったし、ポイントを取れる20位以内を走れるチームは現実的には多くなかった。また彼にチームを紹介しても英語が堪能ではないチームだったら交渉がうまく行かない可能性もあるし、チームにも彼にも迷惑がかかる。そこでパッと思い浮かんだのが、元グランプリライダーの日本人、「ノビー」こと上田昇(うえだ・のぼる)の存在だった。

ノビーこと上田昇。1991年〜2002年に世界選手権125ccクラスで13勝を飾った日本を代表する軽量級の名ライダー。現在は解説者としても活躍する。
ノビーこと上田昇。1991年〜2002年に世界選手権125ccクラスで13勝を飾った日本を代表する軽量級の名ライダー。現在は解説者としても活躍する。

上田は日本テレビのMotoGP中継の解説者としても活躍。4月に開催されたFIM世界耐久選手権「ル・マン24時間レース」の中継でも解説を務めたが、その時に上田がダニー・ウェブのことについて語っていたのを僕は思い出した。上田は後進のライダーを育てるためにスペインでレーシングチームを運営しており、長年の海外経験から語学が堪能。そしてマネージメント業もしているので適任だと感じた。

そう、僕はダニー・ウェブに「ノビー上田に連絡してみてはどうか。彼なら君を助けてくれるかもしれない」と返信した。

TEAM FRONTIERから参戦が決定

ダニー・ウェブはすぐに上田昇に連絡し、鈴鹿8耐参戦に向けたアプローチを行った。上田昇はホンダのバイクを使うプライベーター「#96 TEAM FRONTIER(チーム・フロンティア)」で監督を務めている。

ダニー・ウェブ(左)【写真:TEAM FRONTIER】
ダニー・ウェブ(左)【写真:TEAM FRONTIER】

6月の段階で、同チームはアラン・テシェ(FIM世界耐久選手権・王者)とニコラス・テロル(元125ccクラス世界王者)を起用すると聞いていたが、3人目のライダーについては未決定だった。テシェとテロルの起用は上田の肝入り。猛暑の鈴鹿8耐は3人編成で挑むのが定石となっており、ちょうど3人目のライダーを誰にするかを迷っているところだったという。

上田昇・監督はウェブの起用について「もちろん彼の存在は知っていました。チームとしてはプライベーターだけど鈴鹿8耐では勝負をしていきたい。テシェとテロルの起用は決まっていたので、チームの中で話し合ってウェッブの起用を決めました。今年は外国人トリオで戦います」と語る。

黒岩唯一・総監督と上田昇・監督 【写真:TEAM FRONTIER】
黒岩唯一・総監督と上田昇・監督 【写真:TEAM FRONTIER】

「#96 TEAM FRONTIER」は鈴鹿8耐だけに参戦する愛知県のプライベーターで、主に介護事業を行う株式会社フロンティア(名古屋市)が母体のレーシングチーム。総監督をFM愛知などでラジオDJとしても活躍する黒岩唯一が務め、毎年、ゲストに女優の中村玉緒を迎えるチームである。

マシンのカウルには「フロンティアの介護」と日本語でスポンサーロゴが描かれるなどドメスティックな雰囲気が漂うチームだが、ライダー編成は3人ともグランプリを戦った経験があるインターナショナルな3人。マシンは旧型のホンダCBR1000RRだが、プライベーターとして望める最高の結果を残したいということだろう。

左からニコラス・テロル、ダニー・ウェブ、アラン・テシェ。TEAM FRONTIERのメンバーは強力なラインナップだ。【写真:TEAM FRONTIER】
左からニコラス・テロル、ダニー・ウェブ、アラン・テシェ。TEAM FRONTIERのメンバーは強力なラインナップだ。【写真:TEAM FRONTIER】

鈴鹿8耐にどうしても出たかった

ダニー・ウェブは7月9日〜11日に開催された鈴鹿8耐・公式テストにレースイベントの間を縫って来日。初めて鈴鹿サーキットを走った彼に話を聞いてみた。

テスト走行に参加するダニー・ウェブ
テスト走行に参加するダニー・ウェブ

彼は「どうしても鈴鹿8耐に出たかったんだ。僕のレギュラーチームが最終戦・鈴鹿8耐に参戦しないと分かって、どうしようか悩んでいた。世界耐久選手権を年間で戦っているのに最終戦に出られないなんてガッカリなことだと思うし、僕にとってはこのレースに出ることが何より重要だったんだ。なぜなら僕の目標は世界耐久選手権でチャンピオンになることだからね」と語る。

FIM世界耐久選手権(EWC)のチームが最終戦の鈴鹿8耐に出場しないことはよくあることだ。FIM EWCはヨーロッパ主体の耐久レースであり、フライアウェイ戦の鈴鹿への参戦をそもそも予算に組み込んでいないチームも多い。しかし、今季は全5戦中4戦を終えてランキング4位という成績を残していただけに、ダニー・ウェブとしては最後まで諦めずにチャンスを探りたいと思ったのだ。

FIM世界耐久選手権(EWC)のメインの選手権はチームが対象のチーム・チャンピオンシップである。もちろん、ライダー単体のチャンピオンシップもあるものの、あまり重要視されていない(怪我や契約上の都合による欠場などもあるため)。FIM EWCはあくまでチーム主体の耐久レースシリーズなのだ。それでも彼は鈴鹿8耐参戦への道が開けハッピーな気持ちだと言う。

「もちろん、ノビー上田のことは知っていたよ。彼のレースを見ていたし、ヒーローだよ。豊富な経験の持ち主で助けてくれることが多くて、学ぶことが多い。こんな素晴らしい機会は無いよ。チームメイトのアラン・テシェもニコラス・テロルも速いライダーだし、僕自身も今彼らの速さに少しずつ近づいてきていると感じるから、週末でさらに成長できるといいね」とウェブは笑顔で語った。

上田昇・監督とダニー・ウェブ【写真:TEAM FRONTIER】
上田昇・監督とダニー・ウェブ【写真:TEAM FRONTIER】

近年はFIM世界耐久選手権(EWC)に加えて、イギリス人らしく「マン島TTレース」や国際公道レース選手権「IRRC」に参戦するダニー・ウェブ。「IRRC」ではスーパーバイク(1000ccクラス)のチャンピオンにも輝いている実力派である。

一人のライダーとして貪欲に自分自身を売り込み、チャンスをモノにして道を切り開いていくのはヨーロッパでは当たり前。今回はシーズン中にヤマハからホンダに乗り換えることになったが、彼自身にとってはそれは大きな問題ではない。鈴鹿8耐の結果次第では今後、新たな道が拓けてくるかもしれないのだ。

そんな彼になぜ日本語でつぶやいている筆者にコンタクトを取ってきたのか聞いてみた。

「単に推測だよ。推測でコンタクトしてみたんだ。僕は誰も日本のチームの人を知らないから、君にメッセージを送ってみたわけさ」

灼熱の鈴鹿8耐に初参戦するイギリス人、ダニー・ウェブ。彼の幸運を祈る。

ピットアウトするダニー・ウェブ【写真:TEAM FRONTIER】
ピットアウトするダニー・ウェブ【写真:TEAM FRONTIER】

【#96 TEAM FRONTIER】

マシン:ホンダCBR1000RR

タイヤ:ダンロップ

総監督:黒岩唯一

監督:上田昇

ライダー:

アラン・テシェ(フランス)

ニコラス・テロル(スペイン)

ダニー・ウェブ(イギリス)

チーム紹介サイト

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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