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佐藤琢磨がインディカー通算4勝目!42歳でポールトゥウインを飾った世界最速の校長先生。

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
予選でポールポジションを獲得した佐藤琢磨【写真:SPORTSBIZ】

米国アラバマ州のバーバー・モータースポーツ・パークで開催された「NTTインディカーシリーズ」第3戦で、日本の佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング/ホンダ)が今季初優勝。日本人で初めてのポールポジションからの優勝(ポールトゥウイン)を達成した。

今回、筆者(辻野ヒロシ)は偶然にも「GAORAスポーツ」での中継で実況を担当することになり、インディカーは初実況ながらも佐藤琢磨の優勝をお伝えすることができた。今日のレースを興奮を改めて記しておきたい。

GAORAスポーツのスタジオで筆者と解説の松田秀士氏
GAORAスポーツのスタジオで筆者と解説の松田秀士氏

逃げ切りが難しいインディカー

今回の佐藤琢磨の優勝で特筆すべきはやはりポールトゥウインを成し遂げたことだろう。ポールポジションからスタートした佐藤琢磨はピットストップの戦略の違いで一時的にラップリーダーの座を失ったものの、実質的には一度もライバルに主導権を譲ることなく逃げ切り、完璧な優勝を飾ったのだ。

完璧なポールトゥウインを達成した佐藤琢磨【写真:本田技研工業】
完璧なポールトゥウインを達成した佐藤琢磨【写真:本田技研工業】

F1でいうセーフティカーにあたる「フルコースイエロー(FCY)」が頻繁に出されるインディカーではポールポジションからの優勝がとても難しい。レース中に築いた2位とのギャップがあっという間に無くなるのはもちろん、アクシデント発生によりFCYが出されるとピットレーンへの進入ができなくなるのでタイミングによっては上位争いから一気に脱落するという不運に見舞われることもある。

実際、2018年のインディカーでのポールトゥウインは全17レース中6回(約35%)だけ。同年のF1では21レース中10回(約48%)だったことを考えても確率は低い。いくらポールポジションを獲得できる速さがあったとしても、インディカーでレースの主導権を握り続けることは非常に困難だ。

インディカー【写真:本田技研工業】
インディカー【写真:本田技研工業】

ただ、昨年6回記録されたポールトゥウインは全て「ロードコース」=オーバルサーキット以外で記録されたもの。その内1回だけがロングビーチ市街地コースで記録され、これ以外の5回は全てパーマネント(常設コース)のサーキットだった。今回の第3戦の舞台、バーバー・モータースポーツ・パークもパーマネントサーキットであり、FCY導入の確率が低く、比較的ポールトゥウインしやすいサーキットではあったが、それでも過去9回中4回と確率は決して高くない。

土曜日の予選でチームメイトのグレアム・レイホールを終了直前に上回り、見事ポールポジションを獲得した佐藤琢磨は、決勝で絶妙なスタートを切り、2位以下を大きく引き離す走りを披露。1回目のピットストップでは左後輪のタイヤ交換に時間を要してタイムロスするも、決勝での佐藤琢磨の速さは盤石。

しかし、クラッシュ発生などでFCYが導入され、残り25周でレースはリスタート。燃費も各車ギリギリという緊張感溢れる攻防戦の中、佐藤琢磨は最後まで攻めの走りを続け、スコット・ディクソン(チップ・ガナッシ/ホンダ)に約2.4秒の差をつけて優勝した。

佐藤琢磨にとってプレミアカテゴリーでのポールトゥウインは初。20年近く前のイギリスF3時代以来のことである。

インディカーで2番目の年長者

佐藤琢磨はポールトゥウインというレーサーとして最も理想的な勝ち方をやってのけた。しかも、42歳という年齢で。1977年1月28日生まれの佐藤琢磨(42歳)は2019年にフル参戦するインディカードライバーの中で、トニー・カナーン(44歳)に次ぐ2番目の年長者である。

第3戦で優勝した佐藤琢磨【写真:SPORTS BIZ】
第3戦で優勝した佐藤琢磨【写真:SPORTS BIZ】

インディカーはかつては元F1ワールドチャンピオンなどベテランドライバーが息長く活躍した舞台でもあることは事実で、インディ500ではA.J.フォイトが47歳で優勝を飾っているし、CART時代にはマリオ・アンドレッティが53歳にして優勝を飾ったこともある。40代での優勝は歴史上、決して珍しいことではない。

近年の40代ドライバーの優勝は2017年のインディ500での佐藤琢磨(当時40歳)、同年のアイオワにおけるエリオ・カストロネベス(当時42歳)、2018年のポートランドにおける佐藤琢磨(当時41歳)があるが、カストロネベスは年間参戦からはすでに身を引いているし、40代のベテラン選手はその数を減らしているのが現状。今季の第2戦・テキサスでは18歳のコルトン・ハータが史上最年少優勝を飾るなど、インディカードライバーの若年化が顕著になってきている。

そんな中で、42歳という年齢で佐藤琢磨がポールトゥウインを達成したことは非常に大きな価値がある。しかも、今回のコースは1周2.3マイル(約3.7km)で高速コーナーの多い、ドライバーにとっては休まる時間が少ないドライビング操作が忙しいサーキット。フィジカル的には決して楽ではないコースなのだ。アスリートはフィジカル面では40代に入って一つの壁を感じるはずだが、佐藤琢磨は日々のトレーニングで肉体を鍛え、今もなお、一流のアスリートとして勝負できる状態にあることを証明した。

今回の優勝でランキング3位に浮上した佐藤琢磨はチームのマシンの仕上がりの良さを考えると、シリーズチャンピオンも狙っていけるはず。インディ500優勝でキャリアのピークを迎えたかに思われた佐藤琢磨は全く衰えることなく、次なる高みに向かう大きなステップを踏み出したと言えよう。

母校の生徒たちに大きな刺激

このレースの前、佐藤琢磨はテキサスのレースを終えてから日本に一時帰国していた。今年から自身がプリンシパル(校長)に就任した「鈴鹿サーキット・レーシングスクール」の入校式に出席するためだ。

佐藤琢磨は同スクールを1997年に首席で卒業し、その後、F1ドライバーへと駆け上がって行った経歴の持ち主。彼自身が「僕の全ての原点」と語る学び舎のスクール生のために、レースシーズン中であるにも関わらず帰国したのである。

鈴鹿サーキットレーシングスクール入校式
鈴鹿サーキットレーシングスクール入校式

入校式では当初2、3分の簡単な挨拶の予定を大幅にオーバーして、10分以上の熱いスピーチを展開。出席した生徒と保護者は琢磨を食い入るように見つめ、そのスピーチに聞き入っていた。その中で佐藤琢磨が生徒に強く伝えていたのは「レースをするにあたって、感謝の気持ちを忘れてはいけない」というメッセージ。ドライバーの実力だけでは勝利することができないモータースポーツにおいて、スタッフや携わる様々な人に常に感謝することで、周りの人間が「この選手を勝たせたい」という気持ちになってもらうことの重要性を説いていた。

そんな佐藤琢磨は優勝後のウイニングラン中に無線で「レイホール・レターマン・ラニガンレーシング」のスタッフの名前を一人ひとり呼んで、感謝の気持ちを伝えたのだ。そして、どのインタビューでも「ピットストップのミスはあったけど、レースではいつも起こり得ること。僕だってミスをすることがあるから問題ない」と新たに加わった不慣れなメカニックをフォロー。そしてヴィクトリーレーンでは一人一人のスタッフと熱い抱擁を行い、感謝の気持ちを表した。

鈴鹿サーキット国際南コースで生徒の質問に答え、アドバイスする佐藤琢磨
鈴鹿サーキット国際南コースで生徒の質問に答え、アドバイスする佐藤琢磨

鈴鹿サーキット・レーシングスクールの生徒の前で語り、翌週にポールトゥウインを達成し、自分の行動で生徒に模範を示した佐藤琢磨。42歳という年齢ながら、そのキャリアはまだまだ続くが、彼に続く日本人インディカードライバーの登場を彼自身も望んでいる。「世界最速の校長先生」の背中を見て腕を磨く生徒たちの成長も楽しみである。

日本のファンに、スクールの生徒たちに最高のニュースを届けてくれた佐藤琢磨が参戦する「NTTインディカーシリーズ」の第4戦は米国・現地時間の4月14日(日)に決勝レースが開催。舞台は2013年、佐藤琢磨が日本人として始めてのインディカー優勝を成し遂げたカリフォルニア州、ロングビーチ市街地コースだ。連勝を期待したい。

【インディカー第3戦・アラバマ 再放送】

4月8日(月) 21:30 ~ 24:30

4月11日(木) 23:00 ~ 26:00

GAORA SPORTS

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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