プジョー905やポルシェ904など伝説のスポーツカーが鈴鹿サーキットを再び走る!

プジョー905(1992年 ル・マン24時間優勝車)

今年で4回目の開催となる鈴鹿サーキット(三重県)でのヒストリックモータースポーツイベント「RICHARD MILLE SUZUKA Sound of ENGINE」(リシャールミル スズカ・サウンド・オブ・エンジン)が11月17日(土)18日(日)に開催される。年々、規模を拡大する往年のモータースポーツファン必見のイベントは今年も貴重なマシンが多数登場。その一部をご紹介していこう。

プジョー905が27年ぶりに鈴鹿に登場!

同イベントで非常に人気が高く、定番コンテンツになっているのが1980年代~90年代の「グループCカー」の走行だ。ル・マン24時間レースやレーシングスポーツカーの耐久選手権を走り、圧倒的な存在感と1000馬力を超えるパワーでファンを魅了したモンスターマシンのレースだ。

人気が高いグループCカーによるデモ走行【写真:MOBILITYLAND】
人気が高いグループCカーによるデモ走行【写真:MOBILITYLAND】

今回も日本ではなかなかお目にかかれない貴重なマシンが登場する。1993年のル・マン24時間レース優勝マシン「プジョー905」である。フランスを代表する自動車メーカー、プジョーは「グループCカー」規定が当時のF1と同じ排気量3.5L・NA(自然吸気)エンジンへと移行するタイミングに合わせてV型10気筒エンジンを搭載した「プジョー905」を製作。1990年から世界選手権に参戦した。

1991年からNAエンジンが主体のレースとしてリニューアルしたSWC(スポーツカー世界選手権)にはプジョーの他にジャガー、メルセデスがNAエンジンのマシンで参戦。マツダ、トヨタ、ニッサンもNAエンジンでの参戦を表明し、盛り上がりが期待されていたが、ジャガーとメルセデスが1991年を最後に参戦を休止してしまう。というのも、1992年のル・マン24時間レースでは既存のターボエンジン車は大幅に燃料使用量が制限され、信頼性で勝るターボ車は戦闘力を失ってしまうことになったからだ。これにより、優勝を狙うにはNAエンジンの一択しかなく、この規定変更に伴うゴタゴタからエントリーが激減する。

プジョー905
プジョー905

こうして世界選手権は残ったプジョーとNAエンジンでフル参戦1年目のトヨタ、この2メーカーの一騎打ちの様相となる。そして、1992年のル・マンでは「プジョー905」が「トヨタTS010」に6周もの大差を付けて優勝。プジョーは自動車メーカーとしての創業110年にして初めてル・マンを制することになったのだ。

翌1993年はSWCのシリーズが崩壊し、ル・マン24時間レースのみのシーズンに。トヨタはタイヤをプジョーと同じミシュランに変更して逆襲を狙うも、結果は優勝、2位、3位とプジョーが表彰台を独占。プジョーはル・マンの2連覇を達成した。結果として、93年のル・マンは「グループCカー」の規定による最後のレースとなってしまう。ということで、今回登場するのはグループC最後のル・マン優勝マシンである。

鈴鹿にこの貴重なNAグループCカーを持ち込むのはイベントの冠スポンサー「リシャールミル」の共同設立者。ボディワークは1993年のル・マン優勝車だが、車体自体は1991年から使用されているもの。1991年のSWC鈴鹿でも走っているとのことで、正真正銘27年ぶりの鈴鹿走行となる。「プジョー905」は1992年のSWC鈴鹿1000kmでも優勝しているので、懐かしさを感じるファンも多いのではないだろうか。

プジョーは「プジョー905」のために開発したV型10気筒エンジンを翌94年からF1に投入。「マクラーレン・プジョー」としてエンジンサプライヤーになり、同年はミカ・ハッキネンらがステアリングを握った。「プジョー905」はグループCカーの末期、自動車メーカーのF1参戦を促そうとしたFIA(国際自動車連盟)の策略があった時代に最も成功した1台と言えるだろう。

スカイライン伝説を生んだライバルが登場!

「プジョー905」もそうだが、「RICHARD MILLE SUZUKA Sound of ENGINE」に登場する名車の大半は自動車メーカー所有のものではなく、熱狂的な個人オーナーにより大切に動態保存されているものだ。

そんな中、国内初の本格的な国際サーキットとして1962年にオープンした鈴鹿サーキットにとっても、その歴史を語る上で欠かせないマシンが登場する。日本のモータースポーツ黎明期のビッグイベント、1964年の第2回日本グランプリでスカイラインGTと名勝負を演じ、後に「スカイライン伝説」を生み出すことになった名レースで優勝した「ポルシェ904」だ。

ポルシェ904
ポルシェ904

「ポルシェ904」はモータースポーツの文化がまだ芽生えたばかりの日本に大きな衝撃を与えた歴史的マシンと言える。当時の日本メーカーがワークスチームを形成して日本グランプリに出場するも、車はいわゆる「ハコ車」というイメージそのままのセダンタイプのクルマばかり。一方で「ポルシェ904」は戦闘機のような流線型のボディワークを持ち、車体の構造から何から中身は全てレーシングカーというマシン。

ポルシェ904(左)
ポルシェ904(左)

当然、日本車に勝ち目はなく、生沢徹(スカイラインGT)が独走する式場壮吉(ポルシェ904)を一瞬だけオーバーテイクし、このシーンに鈴なりの観客が熱狂。このシーンが伝えられると、スカイラインは日本のスポーツカーの代名詞的存在として認識されるようになる。いわゆる「スカイライン伝説」が生まれたレースだった。ただ、これは二人のドライバーの友情関係から生まれた演出であったと後に語られているが、もし「ポルシェ904」が日本でレースをしなければ、日本車の性能は井の中の蛙のままだったかもしれないし、スポーツカー文化も生まれなかったかもしれない。それくらい日本車にとって歴史の分岐点を作り出した1台と言えるだろう。

スカイラインGT
スカイラインGT

「ポルシェ904」は日本国内にも個人オーナーの手によって何台かが所有されていると言われ、鈴鹿サーキットでも度々走行しているが、その多くは走行会やクローズドイベントなどの機会で、なかなか鈴鹿の大きなイベントで見るチャンスは少ない。今回登場するのは1965年の「ポルシェ904/8」で、数台しか生産されていない8気筒バージョンのポルシェ904だ。伝説の主役(4気筒)とはエンジンが違うものの、鈴鹿サーキットをポルシェ904が走る姿はぜひカメラに収めたいシーンだ。

「RICHARD MILLE SUZUKA Sound of ENGINE」ではこの他に70年代から80年代の希少なF1マシンによる公式戦のレースなど、懐かしいエンジンサウンドをたっぷり楽しむことができる。