1年で2つの24時間耐久で優勝した日本チーム「TSR」。世界耐久選手権に彼らが挑む理由とは?

ボルドール24時間を走るTSRのホンダCBR1000RR【写真:TSR】

フランス南部のポールリカールサーキットで2018年9月15日(土)~16日(日)に開催された伝統のオートバイ耐久「ボルドール24時間レース」で、日本のレーシングチーム「F.C.C. TSR Honda France」(以下、TSR/総監督:藤井正和)が劇的な大逆転の優勝を果たした。日本チームが82回の歴史を誇る「ボルドール24時間レース」で優勝するのは初めてのこと。「TSR」にとっては4月の「ル・マン24時間レース」に続いて今年2度目となる24時間耐久レースの優勝であり、フランスの二大24時間耐久レースを日本代表チームが制したことは日本のモータースポーツ史上に残る快挙だ。

ボルドール24時間で優勝した「TSR」(ゼッケン1番)【写真:TSR】
ボルドール24時間で優勝した「TSR」(ゼッケン1番)【写真:TSR】

世界王者に輝いて、強くなったTSR

日本を代表するレーシングチーム「TSR」は夏の「鈴鹿8時間耐久ロードレース」(以下、鈴鹿8耐)で3度の優勝経験を持つ。そんな彼らは2016年からはオートバイ耐久の世界選手権シリーズ「FIM世界耐久選手権(EWC)」に年間参戦。7月の鈴鹿8耐で最終戦を迎えた同選手権(2017-18シーズン)ではチャンピオンを獲得し、日本国籍のレーシングチームとしては初めて世界耐久選手権の年間王座に輝いた。

鈴鹿8耐から僅か1ヶ月半で新たなシーズン(2018-19シーズン)が始まった。その開幕戦がフランスの「ボルドール24時間レース」。ボルドールとは英語にすると「ゴールデンカップ」という意味で、1922年に始まったこのレースはオートバイの耐久レースとしては圧倒的に歴史が長い。

新シーズンに向けてチャンピオンナンバー「#1」をつける「TSR」は世界チャンピオン獲得に貢献した3人のライダーの内、フレディ・フォーレイ(フランス)とジョシュ・フック(オーストラリア)の2人を残し、3人目のライダーとして元MotoGPライダーのマイク・ディメッリオ(フランス)を招聘。世界王座・連覇に向け、さらなるライダーラインナップの強化を図ってきた。

左からディメッリオ、フォーレイ、フックのラインナップで2018-19シーズンを戦う【写真:TSR】
左からディメッリオ、フォーレイ、フックのラインナップで2018-19シーズンを戦う【写真:TSR】

公式予選で2番手タイムをマークした「#1 TSR」(ホンダ)はレース序盤で順位を落としたものの、決して無理はせず、淡々とレースを進めていた。しかし、マシントラブルで緊急ピットイン。過去にも発生したトラブルだったため、なんとか10分でトラブルシューティングを完了してピットアウト。だが、レースの半分12時間が経過した時点で首位からは6周遅れになってしまい、総合優勝の可能性は厳しい状態だった。それでも24時間レースは最後まで分からない。「#1 TSR」(ホンダ)は諦めずに完走と可能な限りのポイント獲得を目指して走り続けた。

バイクにもライダーにもチームスタッフにも過酷極まりない24時間レース。夜が明け、南フランスに朝日が登ってから、上位を走るライバルに次々にトラブルやアクシデントが襲う。ドラマはレースが残り2時間半を切ったところ待っていた。「#1 TSR」は3位を走行していたが、首位の「#11 SRC KAWASAKI」(カワサキ)が電気系のマシントラブル発生で緊急ピットイン。この時点で4周ほど開いていた差が一気に帳消しとなり、「#1 TSR」(ホンダ)は一気にトップを争うことに。

TSRのピット作業 【写真:TSR】
TSRのピット作業 【写真:TSR】

首位を奪った「#1 TSR」(ホンダ)に運が味方した。同一周回数で「#13 Wepol」(ヤマハ)と「#7 YART」(ヤマハ)が迫る中、セーフティカーの導入により2位との差が一時2秒以内になるピンチが訪れるが、ライバルは給油が必要に。結局、最後は2番手に50秒以上の大きな差を付けて「#1 TSR」(ホンダ)が独走で優勝。上位陣の全てのチームがトラブルやアクシデントで傷だらけになる中、「#1 TSR」(ホンダ)は自分たちもトラブルを克服し、サバイバルレースの頂点を勝ち取った。

全ての風がTSRに吹いていた

「ボルドール24時間レース」の開催地、南フランスのポールリカールサーキットは今年久しぶりにF1「フランスグランプリ」を開催したサーキットだ。約5.8kmのレーシングコースは長い1.8kmの直線が最大の特徴で、世界屈指の高速コースの一つである。

北風を意味する「ミストラル」の名前が付けられたミストラルストレートはこのサーキットの代名詞で、F1開催時は途中にブレーキングポイントとなるシケインを設置したが、排気量約1000ccのオートバイで戦う「ボルドール24時間レース」ではシケインが設置されない。長い直線をアクセル全開で駆け抜けると、最高時速は350km/h以上という強烈なスピード域になる。パワーが必要かつエンジンにとって過酷すぎる24時間耐久レースだ。

単純に直線スピードの速さだけを考えれば、エンジンがリニューアルされたことでパワーアップした新型のホンダCBR1000RR(Fireblade SP2ベース)を選ぶのが得策。しかし、「#1 TSR」はホンダCBR1000RRの旧型を使用した。鈴鹿8耐で使用された新型は8時間耐久レースにピンポイントで合わせたマシンとして作り込まれているため、24時間耐久を走りきれる保証はどこにもない。TSRは3年間ノウハウを注ぎ込んで熟成させた旧型マシンをあえて選択した。作戦はまず、完走ありきで着実にポイントをとる。世界耐久チャンピオンに輝いた「#1 TSR」藤井正和・総監督の判断である。

ポールリカールを走る「TSR」のホンダCBR1000RR 【写真:TSR】
ポールリカールを走る「TSR」のホンダCBR1000RR 【写真:TSR】

年間5戦で開催される「FIM世界耐久選手権(EWC)」は何よりもトラブルを起こすことなく走り切って、ポイントを着実に稼いでいくことがチャンピオンへの近道だ。「ウサギとカメ」で言えばカメのように淡々とレースを進めるやり方は「#1 TSR」のセオリーだが、24時間もの長丁場ではその作戦でも確実は絶対にない。3人のライダーの疲労、転倒、細かなミスの重なりが後に大きな差になってしまうこともあるし、他車のアクシデントに巻き込まれる可能性もある。事実、レース終盤に「#1 TSR」(ホンダ)が首位に立ったまさにその瞬間に、目の前を走る周回遅れのライダーが前のめりに転倒。ヒヤッとするシーンだった。

確実はなくとも着実に進めれば運は巡ってくる。「#1 TSR」が鈴鹿8耐への参戦を通じて長年ポリシーとして貫いてきたやり方は今回の「ボルドール24時間レース」ではドンピシャで当たったと言えるだろう。

無謀な挑戦から、賞賛されるべき挑戦へ

「F.C.C. TSR Honda」がFIM世界耐久選手権に挑戦した2016年、日本国内のレースファンにはその挑戦に懐疑的な見方が多かった。当時は日本国内での放送や映像配信が無く、「鈴鹿8耐」はシリーズ戦の1戦であるものの、ヨーロッパで開催される耐久レースはまだまだ未知の世界だったと言える。

そこに「F.C.C. TSR Honda」はあえて乗り込んでいった。藤井正和・総監督は「このレースは自分たちの活動の結果が現れるレースである。だから参戦を決めた」と常々語っていた。これはレーシングチーム「TSR」として自分たちの力で頂点を勝ち取ろうという意味である。

藤井正和・総監督
藤井正和・総監督

MotoGPやスーパーバイク世界選手権などの世界選手権レースではバイクメーカー直属のワークスチームが参戦しているため、プライベートチームが資金を投じて参戦しても、ほぼ勝ち目はない。仮にジャイアントキリングできたとしても、主役がメーカーワークスのレースでは翌年には規則を政治的に変えられたりして、プライベートチームは息の根を止められる。出る杭は打たれる世界なのだ。メーカーワークス相手に挑戦してきた「TSR」の藤井正和・総監督はそういった苦い経験を何度も経験している。だからこそ、メーカーワークスが年間参戦していない「FIM世界耐久選手権」を選び、世界チャンピオンを目指した。

「TSR」は参戦当初こそ日本人ライダーを起用し、日本代表チームとしての体制を敷いていたが、昨シーズンからは体制を大幅に変更。耐久レースの本場フランスのホンダ現地販売法人の「ホンダ・フランス」とタッグを組み、「F.C.C. TSR Honda France」として参戦した。チームの実働部隊の拠点をフランスに移せば、現地でしか得られない最新情報にアンテナを張ることができる。細かく変更されるレギュレーションを把握し、彼らはそれに合致した道具を作って正々堂々とレースを戦う姿勢を見せた。これが昨シーズンのチャンピオン獲得へと繋がった大きな要因と言える。

チャンピオンを決めた「鈴鹿8耐」では年間チャンピオン表彰式が実施された。そこに「TSR」のライダーはもちろんメカニックからバッグヤードでチームをサポートする全員のスタッフが表彰台に招かれ、彼らが表彰台で喜ぶ姿はテレビ中継を通じて全世界へと伝えられた。これはFIM世界耐久選手権のプロモーターが用意した粋な演出。彼らがチャンピオンとして、耐久レースシリーズのファミリーとして認められた証と言えるのではないだろうか。日本からヨーロッパのレースに殴り込みに行く、「黒船来襲」の逆を続けていれば、こうはならなかったかもしれない。

鈴鹿8耐で表彰台で祝福される「TSR」のチームクルー 【写真:MOBILITYLAND】
鈴鹿8耐で表彰台で祝福される「TSR」のチームクルー 【写真:MOBILITYLAND】

昨今は2輪も4輪もヨーロッパのレースに参戦するプライベートチームがほとんど存在しない。選手の参戦はあるが、メーカーや個人スポンサーからの資金提供がある育成選手がほとんどで、ヨーロッパの方から見れば、いわばシートを買ってくれるお客さんである。昔も今もその状況は変わらない。

それを知ってか知らずか、かつてモータースポーツが注目され、スポンサーの資金提供が多かった時代には大きな夢を抱いて多くの選手やチームが積極的に海外のレースへと参戦したものだ。しかし、90年代以降は参戦コストの上昇、細分化されたマーケティング的な判断、そのほかハードルとなる要素が以前よりも多い。情熱だけでお金が出る時代ではないし、過去の苦い経験がブレーキをかけているという一面もある。ヨーロッパのレースはプライベートチームにとって、いつしか遠い存在になってしまった。しかし、「TSR」はその時代の流れに逆らうかのように自分たちの道をズンズンと進んで行った。

ボルドール24時間を制してガッツポーズする藤井正和・総監督とライダーたち 【写真:TSR】
ボルドール24時間を制してガッツポーズする藤井正和・総監督とライダーたち 【写真:TSR】

ル・マン24時間レース・優勝FIM世界耐久選手権・年間王座ボルドール24時間レース・優勝、これらは全て日本チームとして初めて成し遂げたことだ。二番煎じを何より嫌うプライベートチーム「TSR」は参戦から僅か3年で、獲れるビッグタイトルを全て勝ち取った。実にアッパレだ!

【TSRレース結果】

  1. 1 F.C.C. TSR Honda France

ジョシュ・フック/フレディ・フォレイ/マイク・ディ・メリオ

HondaCBR1000RR(TSR-EWC仕様)

●フィニッシュ順位/優勝

●周回数/698周

●レースタイム/24:01:50.590

●トップ周回数/66周

●レースベストタイム/1:55.586(ジョシュ・フック/242周)

○予選順位/2位

レースリザルト(FIM EWC公式サイト)