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今、モータースポーツ界には「日本代表」となる選手やチームが必要だ。世界への挑戦者を望む!

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
初音ミクのカラーリングで参戦したGOOD SMILE RACING

2018年のスポーツ界は「日本代表」に沸いている!冬の平昌オリンピックでは女子カーリングの銅メダル獲得など「日本代表」の選手やチームの活躍が大きく報道された。そして、夏のサッカーW杯・ロシア大会では、下馬評を覆して活躍した「日本代表」チームが大きな関心を集めた。さらに、現在はインドネシア・ジャカルタのアジア大会で(バスケットボール選手の買春報道という良からぬ話題もあったが)、「日本代表」選手やチームによるメダルラッシュのニュースが続く。

最近、こういう日本を代表する選手やチームの存在がテレビやネットニュースを通じて多数配信されるのを、モータースポーツ界に身を置く人間としては羨ましく感じることがある。

鈴鹿10時間で感じた日本代表の必要性

国を代表する応援対象が活躍することによって、観客やテレビ視聴者は興奮する。勝利すれば賞賛を受け、負けたとしてもマニアから初心者まで幅広い世代の人々が関心を寄せる。そして、若い世代を中心にSNS等ではコメントが盛り上がる。

昔からスポーツでは国を代表する応援対象の存在が盛り上がる要素になっていたが、近年そういった世間を巻き込む話題を振りまく「日本代表」的な対象がモータースポーツには少ないと感じさせられるのだ。

今、改めて思う。日本のモータースポーツ界はマニアから初心者までが関心を寄せ、応援したくなる存在が必要なのではないか。その必要性を強く感じたのが、8月26日(日)に鈴鹿サーキットで開催された「鈴鹿10時間耐久レース」(以下、SUZUKA 10H)だった。

このレースは世界中の自動車メーカーがリリースする市販スーパーカーベースのレーシングカーを使い、賞金総額1億円(優勝3000万円)をかけた10時間の耐久レース。メルセデス、アウディ、ポルシェ、フェラーリ、ホンダ、ニッサンなど多くのメーカーのスーパーカーが35台出場し、そのうち21台が海外からの参戦。日本から参戦した14台の中で、最も注目されたチームが「#00 Mercedes-AMG Team GOOD SMILE」(ドライバー:谷口信輝/片岡龍也/小林可夢偉、マシン:メルセデスAMG GT3)である。

同チームはボーカロイドソフトから生まれた人気キャラ「初音ミク」をマシンに描く「痛車」として有名で、2017年にはSUPER GT(GT300クラス)で王者に輝いた強豪。元F1ドライバーの小林可夢偉を加えたスペシャルラインナップで初開催のSUZUKA 10Hにチャレンジした。

スタンド全体が初音ミク色に

「#00 Mercedes-AMG Team GOOD SMILE」は土曜日の予選タイムアタック中に他のマシンのコースアウトの影響で予選アタックが完了できず、35台中21位という後方からのスタートを強いられる不運に見舞われる。しかし、猛暑の中で開催された決勝レースでは実力伯仲のライバルたちを虎視眈々と追い詰め、レース終盤には5位を走行していた。

午後8時のゴールまであと1時間となったところで、「#00 Mercedes-AMG Team GOOD SMILE」のすぐ後ろには6位の「#07 Bentley Team M-Sport」(ベントレー)が追いすがり、ピンチの局面を迎える。夜間走行の時間にはグランドスタンドの観客に鈴鹿サーキットが用意したペンライトが配られたが、このペンライトは観客が手元で色を変えられるようになっており、アイドルのコンサートのごとく、それぞれの推し色を発光させることができる。

追われる立場になった日本チームの最上位「#00 Mercedes-AMG Team GOOD SMILE」を応援しようと、グランドスタンドの観客たちは「初音ミク」のイメージカラーである「緑色」を選び、1万人を収容するスタンド全体が緑色に染まったのだ。その気持ちが伝わったのか、「#00 Mercedes-AMG Team GOOD SMILE」はベントレーの猛追を振り切って、日本チーム最上位となる5位完走。表彰台には届かなかったものの観客からは惜しみない拍手が送られていた。

【SUZUKA 10H /2018】

優勝:グループMレーシング(香港/メルセデス)

2位:ストラッカレーシング(イギリス/メルセデス)

3位:アブソルートレーシング(中国/アウディ)

4位:WRT (ベルギー/アウディ)

5位:GOOD SMILE RACING(日本/メルセデス)

世界の壁を超えなくてはいけない

今回のSUZUKA 10Hは世界共通のスーパーカーレース規定=「FIA GT3」のルールの下で行われたため、このレースを知り尽くす海外チーム、ドライバーがレースの上位を独占。普段、SUPER GT(GT300)などで戦う日本チームは日本のレースと異なるルール、異なるタイヤ(今回はピレリの共通タイヤ)に戸惑い、特にタイヤに関するデータ量の差は海外チームとの間に大きなギャップを生むことになってしまった。

上位を走るのは海外チームがほとんどで、ドライバーも実力は世界レベルだが日本のファンにはまだ地名度が高いとは言えない選手たちが多く、観る側にとってはどこに軸を置いて楽しむかが見つけづらいレースだったと言える。そこで終盤、応援する対象として「初音ミク」の存在は大いにレースを盛り上げてくれた。

考えてみれば、日本で海外チームと国内チームが同じルールの下で戦うというレースは久しぶりだった。かつては前身の「鈴鹿1000km」がそういった役割を担う存在だったが、2000年代に入り、インターナショナルな自動車レースは数を減らし、特にリーマンショックの影響を受けた2009年以降は海外レースとの接点はほとんど無くなり、ガラパゴス化が進んだと言える。

日本独自の発展という意味では「SUPER GT」は興行的にも成功しているし、近年はジェンソン・バトンやヘイキ・コバライネンなど元F1ドライバーの参戦が増加し、グローバルな注目を集めている。また「スーパーフォーミュラ」はストフェル・バンドーンやピエール・ガスリーなどがF1へのステップアップを果たしたことで、これまたグローバルな存在になりつつある。ガラパゴス的発展が決して悪いとは言えない。ただ、現時点で彼ら外国人選手の存在に頼りがちになっているのは否めない事実ではある。

世界の中で、日本のチーム、日本人選手が海外の猛者たちとどれくらい戦える状態にあるのか、それを知る意味ではSUZUKA 10Hは大きな役割を果たした。国内レースのスケジュールは相変わらず過密であるので簡単では無いが、今後、グローバルな視点でレースに参戦するチームや選手が登場することも期待したい。

応援する対象としての日本

「SUPER GT」が興行的にも成功している理由は、個性的なチームやアグレッシブな走りで魅せる選手がたくさん存在し、応援する対象、いわゆる「推し」がいくつも存在することにあるだろう。参戦する自動車メーカー、チーム、選手、プロモーターの協力関係も強固で、一つのファミリー的な雰囲気がある。ファンにはそれぞれの「推し」があり、ライバル関係のファン同士にも不思議な連帯感があるのが「SUPER GT」だ。

しかし、モータースポーツを普段から見ない人にとっては、逆に見どころが多すぎるのも日本のモータースポーツの特徴だ。やはりスポーツにおいて、先日の夏の甲子園で準優勝した金足農業のように誰にとっても分かりやすい挑戦者(チャレンジャー)の存在は盛り上がりに不可欠な要素であるが、近年はそういった存在が激減していると言える。

現在、F1では日本人ドライバーは2014年の小林可夢偉がフル参戦して以来、すでに5シーズンも日本人選手がいない。ホンダが2016年から復帰したが、80 年代、90年代の大活躍と比較してしまいがちで、表彰台にすら立てない現状では世間の人は振り向いてはくれない。今後はホンダのルートを使ってF1のシートを獲得する日本人ドライバーの登場が期待されるが、スーパーライセンス発給条件のハードルが高く、なかなか一筋縄ではいかない。

また、ル・マン24時間レースでは今年、トヨタが1-2フィニッシュで優勝したが、アウディ、ポルシェの相次ぐ撤退でライバルメーカー不在の状況では関心を集めるのは難しい。今年はフェルナンド・アロンソのトヨタでの優勝がクローズアップされたが、本来は同じチームで優勝した日本人ドライバーの中嶋一貴がもっと注目されて然るべきなのだが。

【近年の日本人選手、チームの活躍】

2012年 F1 小林可夢偉が鈴鹿で3位表彰台

2013年 佐藤琢磨がインディカー日本人初優勝

2014年 トヨタがWECで世界チャンピオンに

2017年 佐藤琢磨がインディ500で日本人優勝

2018年 トヨタがル・マン24 時間で初優勝

リーマンショックの後、日本のモータースポーツが独自の発展を遂げたことは決して悪いことでは無いが、今後、応援する対象としての「日本代表」のような存在を作り上げるにはかなりの時間が必要だと感じる。2020年には東京オリンピックが開催され、世間は世界トップクラスと戦う有力な日本人アスリートに目を向けることになるだろう。自動車メーカーを含む日本の大企業は注目を集めるアスリートに投資をし、広告を出すことになるはずだ。そういうタイミングがやってくる2年後、どんな形であれ、モータースポーツ界に一人でもそういう存在の選手や日本代表のチームが居ることを願いたい。業界全体で協力し、本気でそういう存在を作るべきタイミングがきているのではないだろうか。

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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