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世界王座をかけて日本代表チーム「F.C.C. TSR」がドイツの最終決戦に挑む!

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
F.C.C. TSR Honda 8耐仕様のマシンに乗るライダーの渡辺一馬

ヤマハワークス「#21 YAMAHA FACTORY RACING TEAM」の完勝と貫禄の2連覇で終わった7月末の「第39回・鈴鹿8時間耐久ロードレース(鈴鹿8耐)」。それから約1ヶ月のインターバルを経て、全4戦で争われる「FIM世界耐久選手権」2016年シーズンはドイツのオッシャースレーベンでチャンピオンを決する最終戦を迎える(現地時間8月27日(土)午後2時スタート)。

日本代表、TSRが逆転王座を狙う

この最終戦「オッシャースレーベン8時間耐久レース」に日本代表として挑むのが鈴鹿市のレーシングチーム「TSR」。今季は国内の全日本ロードレース選手権JSB1000に参戦を継続する一方で、4月の「ルマン24時間耐久レース」(フランス)から「鈴鹿8耐」を含む「FIM世界耐久選手権(EWC)」に出場してきた。

藤井正和・総監督
藤井正和・総監督

EWC第3戦「鈴鹿8耐」では序盤の7周目にMoto2ライダーのドミニク・エガーター(スイス)がトップ争いの最中で転倒。バイクを起こし、ピットに戻るも、マシンは修復が必要に。

過去の8耐で3度の優勝(2006年、11年、12年)がある「TSR」。これまでなら、大規模な修復が必要となれば、その時点でレース続行を断念することもあり得た。しかし、今年の「TSR」藤井正和総監督は「何が何でも修復して送り出せ!」と指示。チームのメカニックたちはマシンを30分ほどで完璧に修復。最後尾からライダーとチームは怒涛の追い上げを実行した。

エガーターパトリック・ジェイコブセン(アメリカ)、渡辺一馬(わたなべ・かずま)の3人のライダーがハイペースで追い上げていく。ゴール時間の午後7時30分を過ぎた最終ラップ、同選手権ランキング首位の「#50 Team April Moto Motors Events」(フランス)をジェイコブセンが抜いて帰ってきた。18位完走、2ポイント獲得。ランキングは4位から5位に転落するも、首位の「Team April」とのポイント差を1点縮めることに成功。ランキング首位を最後の最後で捕まえたことは最終戦に向けた士気向上につながった。

日本代表耐久チームとしての自負

「TSR」は今季、4月のEWCの開幕戦「ルマン24時間耐久レース」参戦へ向けて、独自のホンダCBR1000RRを製作してきた。「鈴鹿8耐」で使用するホンダのワークスマシンはあくまで8時間耐久レース用であり、特にエンジンは24時間レースでは耐え切れない。また24時間レースでは転倒などのアクシデントが発生する確率が極めて高く、修復作業が短時間で済むパーツの製作も必要だった。

耐久選手権用CBR1000RRの開発テストの様子
耐久選手権用CBR1000RRの開発テストの様子

そんな独自製作のマシンで挑んだ初の「ルマン24時間レース」で「TSR」は堂々の3位表彰台を獲得。不眠不休で戦う24時間レースに挑戦し、結果を残して帰ってきた。続く第2戦・ポルティマオ12時間耐久ではレース中にトラブルが発生し、12位(EWCクラス9位)。そして、鈴鹿8耐では18位。「鈴鹿8耐」を3度も制したチームであろうとも、これがFIM世界耐久選手権を年間で戦う厳しさなのだろう。耐久シリーズ参戦はまさに未知の領域だった。

それでも「TSR」には同選手権を年間で戦う唯一の日本チームとして、国を代表して戦っているという自負がある。だからこそ、「TSR」は最終戦ドイツの逆転世界チャンピオン獲得に全てをかける。ドイツ戦のライダーラインナップはダミアン・カドリン(オーストラリア)、渡辺一馬のルマン表彰台獲得ライダーに加えて、鈴鹿8耐で目覚ましい活躍を見せたパトリック・ジェイコブセンを起用する。これは第2戦・ポルティマオ12時間耐久と同じメンバーが起用されることになった。

鈴鹿8耐で高い評価を得たジェイコブセン(右)
鈴鹿8耐で高い評価を得たジェイコブセン(右)

現在ランキング5位の「#5 TSR」は12点差で首位の「#50 Team April」を追う。ランキング7位までが17点差でひしめきあう大混戦で、最終戦で優勝することがチャンピオン獲得への絶対条件だ。そんな中、鈴鹿8耐で4位完走を果たして一気にランキング3位に躍進してきたライバル「#7 YART YAMAHA」はなんと最終戦に現役MotoGPライダーであり昨年の鈴鹿8耐優勝ライダーのブラッドリー・スミス(イギリス)の起用を発表。逆転チャンピオンに向けてヤマハもまた本気になっている。そう、FIM世界耐久選手権は近年にないヒートアップぶりを見せているのだ。

TSRのフル参戦は何を意味するか?

今年、「TSR」のチームクルーたちは日本とヨーロッパを行き来しながら、FIM世界耐久選手権、全日本ロードレースJSB1000を戦ってきた。かなり大変だったに違いない。ただ、これまでにない回数のピットストップを本番のレースで行い、慣れない海外での環境で多くの経験を積み重ねてきた。

かつてはロードレース世界選手権(WGP)を戦うレーシングチームだった「TSR」。藤井正和・総監督は会見やインタビュー、そして自身のブログ「F’s NEWS」で、世界を相手に挑戦し続けるというチームのポリシーを発信し続けてきている。いつも世界を意識してきたのは分かるが、参戦コストも全日本ロードレース選手権の比ではないくらいにかかるはずのFIM世界耐久選手権に参戦する意味はどこにあるのだろうか。

「俺たちは昔から酒を飲むたびに、グランプリやるんだ、8耐やるんだ、そしてルマンにも行くんだっていつも話をしてきた。ルマン参戦は急に出てきた話ではない。機は熟したと考え、参戦することにした」と藤井・総監督は語る。その機とは現在のFIM世界耐久選手権(EWC)のシリーズプロモーター「ユーロスポーツ・イベント」のプロデューサー、ジルベルト・ロイとの再会だった。昨年から「鈴鹿8耐」は「ユーロスポーツ」によって世界80カ国以上にテレビ中継されるようになり、ロイも昨年の鈴鹿8耐でTSRのピットを訪れた。

「Team Evian」一番左がジルベルト・ロイ(写真:TSR)
「Team Evian」一番左がジルベルト・ロイ(写真:TSR)

実はジルベルト・ロイとTSRのつながりはかなり古い。今から30年近く前の1988年・鈴鹿8耐に「Team Evian(チーム・エビアン)」というチームが参戦しているが、実はこのチームを運営していたのが現在のTSR(当時テクニカル・スポーツ・レーシング)。ジルベルト・ロイはこの「Team Evian」のライダーとして鈴鹿8耐に参戦していたのだ。テレビマンでもあったロイが「ユーロスポーツ」のプロデューサーとして鈴鹿8耐に帰ってきたのである。藤井・総監督との長年の信頼関係もあり、ロイと「ユーロスポーツ」はTSRのルマン24時間挑戦を歓迎した。

単に昔の仲間が居たから参戦を決めた、というわけではない。藤井・総監督のこれまでのやり方を見れば明白だ。長い間、プロモーターも安定せず、世界選手権としてはプライオリティが高いとは言い難かった「EWC」を「ユーロスポーツ」がテレビ中継し、プロモートすることで価値ある存在に変貌することを藤井・総監督はいち早く察知したのだと考えられる。

そんな折、来シーズン(2016-17)のEWC最終戦は2017年7月末の「鈴鹿8耐」になることが発表された。バイクのお膝元である日本、鈴鹿には昨年からヤマハワークスが参戦を始めるなど、数多くのメーカー系トップチームが戦っている。シリーズの中でも特別なレース「鈴鹿8耐」をユーロスポーツは最終戦に相応しい舞台と判断した。そう、来季から「鈴鹿8耐」はワールドチャンピオンを決する最終決戦の舞台となるのである。

今年の最終戦・ドイツにMotoGPライダーのスミスが起用されるように、来年の「鈴鹿8耐」(第40回大会)にはワールドチャンピオン獲得に向けて、メーカーがこぞってビッグネームを起用することが予想される。今後、トップチームは「鈴鹿8耐」単体だけではなくシリーズとして年間計画を立てる必要性も出てくるだろう。メーカーワークスあるいはそれに近いトップチームの年間参戦は近い将来、TSRの他にも現れるはずだ(カワサキのトリックスターが来季の年間参戦を発表している)。

新しい時代の到来を告げた「FIM世界耐久選手権」と「鈴鹿8耐」。常に先を見据えて計画を立てる藤井・総監督は次の時代に向けて先手を打ってきた。国内に留まらず、世界に視野を広げて物事を考えて取り組んできたインターナショナルなレーシングチームならではのやり方だ。日本代表チーム「TSR」が初年度から本気でワールドチャンピオンの称号を狙う理由はきっとこんなところにあるのだろう。

日本のチームで初めて世界耐久王座を狙うTSR 【写真提供:TSR】
日本のチームで初めて世界耐久王座を狙うTSR 【写真提供:TSR】
モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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