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東京バーチャルサーキットで体験するレーシングドライバーたちのオフトレーニング!百聞は一見にしかず。

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
東京バーチャルサーキットのレーシングシミュレーター

「レーシングシミュレーター」

数年前からレーシングドライバーたちのブログやFacebookで、この言葉をよく見かけるようになった。プロ・アマを問わず、最近は実に多くのレーシングドライバーたちがサーキットで走れない日=オフのトレーニングとして「レーシングシミュレーター」を活用しており、徐々に日本でも浸透してきている印象だ。実際に、この1年で都内を中心に数多くのシミュレータースポットがオープンし、ドライバーたちがトレーニングに励んでいるが、「レーシングシミュレーター」とは一体どんな世界なのか?2年前に日本で最初にオープンした「東京バーチャルサーキット」で体験してきた。

ドライビングゲームとは全く違う!

東京バーチャルサーキット
東京バーチャルサーキット

今回取材した「東京バーチャルサーキット」は東京港区の赤坂サカスから歩いて3分程の都会のど真ん中にある。オープンしたのは2年前の2012年。日本で初めて本格的なシミュレーターを導入した先駆けのショップだ。

「東京バーチャルサーキット」を運営するのはゲームソフトメーカーの株式会社ユークス。代表取締役社長を務める谷口行規(たにぐち・ゆきのり)はWTCC(世界ツーリングカー選手権)に参戦するレーシングドライバーとしても有名。谷口はヨーロッパのレース参戦を通じて「レーシングシミュレーター」に出会う。ヨーロッパでは「レーシングシミュレーター」を使ったドライバーのトレーニングが非常に盛んに行われており、一人のレーシングドライバーとして、その必要性を感じた谷口はイギリスから本格的なシミュレーター機材を買い付けて「東京バーチャルサーキット」をオープンさせた。

フォーミュラタイプのシミュレーター
フォーミュラタイプのシミュレーター

レーシングシミュレーションの世界では一般的にはプレイステーションのゲームソフトがポピュラーで、これまでも世界中のドライバーたちがコースの習熟に活用してきたが、「東京バーチャルサーキット」が導入するレーシングシミュレーターはゲームとは全く規模の違うもの。最初に導入されたフォーミュラカータイプのものは、F1のレッドブルRB4のモノコックの寸法で作られたダミーのコクピットに乗って操作するもので、世界各国のサーキットのデータが登録されているだけでなく、マシンもGP2、F3、フォーミュラルノーなどの主要なフォーミュラカーのデータを基にシミュレーション走行が可能だ。

ポルシェで走ってみると

インストラクターも兼ねる砂子塾長
インストラクターも兼ねる砂子塾長

「東京バーチャルサーキット」の店長を務め、インストラクターとしてドライバーを指導しているのが、元レーシングドライバーでスーパー耐久でチャンピオン経験もある砂子塾長(すなこ・じゅくちょう)。古くから親交のあった谷口に誘われてイギリスでシミュレーターを体験した時、衝撃を受けたという。

「赤坂の東京店ではイギリスから輸入したフォーミュラタイプのシミュレーターと、ポルシェ996GT3の実車をぶった切って作った自社製作のハコ車タイプの2つがあります。やっぱり実車の視点でやらなければ意味が無いから、その辺はこだわっています」と砂子はセールスポイントを語る。単にコクピットを実車やそれに近いものにしているだけではない。「東京バーチャルサーキット」のシミュレーターは7mの円形スクリーンにコース映像を投影して行うシステムが最大の特徴だ。ゲームやテレビモニターを組み合わせた平面のシミュレーターに比べて、よりリアルに近い感覚が得られるという。

7mのスクリーンを持つシミュレーターが特徴
7mのスクリーンを持つシミュレーターが特徴

早速、僕もポルシェ996GT3のコクピットに乗り、実際に愛車やツーリングカーで走った経験のある鈴鹿サーキットを走らせてもらったが、その距離感や雰囲気はまるで実車で走るのとほとんど変わらないことに驚いた。シミュレーターと現実の車両の走行で最も異なるのは加減速時、コーナリング時に身体にかかるGフォースが無い事。シミュレーターではグローブを装着し、ステアリングで実車に近いドライブフィーリングを感じ取るのだが、ポルシェのシミュレーターは実際のレーシングカーを改造して製作されているので、アクセルやブレーキも実車のパーツを使用した機構になっている。そのため、実車に必要なブレーキ踏力で踏まないとシケインなどのフルブレーキングポイントでは止まりきらない。

ポルシェ996GT3をそのまま使用するハコ車タイプのコクピット
ポルシェ996GT3をそのまま使用するハコ車タイプのコクピット

このシミュレーターで走行して何より驚くのは、アクセルをベタ踏みしたり、1周目からコーナーを攻めて行く気持ちになれないこと。これがゲーム機ならどれだけでも踏んで行けるものなのだが、現実ではないバーチャルな世界であるにも関わらず、探り探り、恐る恐る操作している自分に気づく。スピードを上げて行く緊張感はミスをすればクラッシュにつながり、全損してしまいかねない現実の恐怖感にかなり近い。いつの間にやら呼吸が深くなり、5周走っただけで、僕のカラダは汗びっしょりになっていた。あまりにリアルすぎる。

「みんな最初は半信半疑なんですよ。なぜ汗をかくのか分からないと思います。でも、実際にやってみると、分かるでしょ?」と笑顔で砂子が語りかけてくる。決してステアリングが重いから汗をかいたのではない。ステアリングから伝わってくるマシンの挙動、路面の感覚は手や腕を通じて身体に伝わり、脳を刺激しているのだろう。

ギアはパドルシフトと6速シーケンシャルを選択可能
ギアはパドルシフトと6速シーケンシャルを選択可能

シミュレーターを今、やらなきゃ駄目でしょ?

実車に限りなく近いシミュレーターでの走行後はインストラクターから、ロガーデータを元にレクチャーを受ける。走行スピードはもちろん、アクセル開度、ブレーキ踏力、加重移動など細かなデータがグラフで表示され、模範データとの比較が可能。USBメモリーを持参すれば、そのデータを持って帰ることも可能だそうだ。

店長の砂子はシミュレーターによるトレーニングの必要性をこう語る。

「シミュレーターのトレーニングはコースを覚えるためだと思っている人が多いけど、実際はそうじゃない。シミュレーターは目と脳のトレーニング。レース脳を普段から鍛えることが何より大事です。自分が現実で走るコースだけでなく、世界のありとあらゆるコースを走ってみる。しかも、自分のマシンよりも速いマシンで。そうすることで現実のレースでは、ほとんどの人がタイムアップしています。シミュレータートレーニングはまだまだ日本で浸透していないけど、ヨーロッパじゃ当たり前。今、やらなきゃ駄目でしょって思います」

シミュレータートレーニングの重要性を語る砂子塾長
シミュレータートレーニングの重要性を語る砂子塾長

ヨーロッパでは数年前からフェラーリやポルシェなどスーパーカーのレース仕様車で戦う、「GT3」というカテゴリーのレースが盛況だ。こういった類いのレースは主にアマチュアドライバー向けで、ジェントルマンドライバーと呼ばれる主にビジネスで成功した富裕層の人たちが趣味と交流を楽しむものとして開催されている。ドライバーの中にはプロドライバーが歩むフォーミュラルノーやF3などの道のりを経ず、ほとんどレース経験が無いドライバーも多い。しかし、ヨーロッパで人気の「ブランパンGTシリーズ」などでは40台近くのエントリーを集め、100人以上のアマチュアドライバーたちが普通にバトルをしながら耐久レースを戦っている現実がある。その一助となっているのがシミュレーターによって、目と脳を鍛えておくトレーニングだという。

プロ、アマ問わず、レーシングドライバーとして実際のレーシングカーを走らせるチャンスは限られている。年間8戦のレースだとしたら、せいぜい年間30日程度だろう。レースとレースの間が1ヶ月以上あいてしまう時もあるだろう。その1ヶ月間、ただ筋力トレーニングをして過ごすだけで良いものか。結果を求められるプロドライバーならまだしもアマチュアや経験が少ない若手ドライバーなら、シミュレーターでトレーニングを積む事は決して無駄ではないはずだ。ライバルが実践しているとしたら、当然やらなくてはいけないだろう。「東京バーチャルサーキット」にはF1にレギュラー参戦していたプロドライバーも自費でトレーニングに来たほどだ。

バーチャルを通じて、リアルへデビュー

「東京バーチャルサーキット」の利用料は30分で1万円という価格設定が基本。趣味として、ゲーム感覚と捉えればちょっと高価に感じるかもしれないが、実際にレースに出場するドライバーにとってはサーキットに遠征する費用、練習のランニングコストを考えればどうだろう。現実にサーキットを走行できる日程は限られ、不運にもマシントラブルに見舞われれば、全く走れずにその日を棒に振ってしまう事もあるはずだ。バーチャルだけに、ありとあらゆる条件がトライできるシミュレーターはサーキットを走る人なら実践すべきトレーニングではないだろうか。

この日も某GTドライバーと一緒にジェントルマンドライバーがトレーニングに「東京バーチャルサーキット」を訪れていた。さながらゴルフのレッスンプロとアマチュアゴルファーの関係のようだ。プロが実際に横に乗ってサーキットを走ることはできないので、アマはプロの走りを見ながら引き出しを増やして行く。こういう使い方もできるのがシミュレーターの利点だ。

GP2でF1サーキットだけでなく、フェラーリのテストコース、フィオラノも走れる。
GP2でF1サーキットだけでなく、フェラーリのテストコース、フィオラノも走れる。

また、「東京バーチャルサーキット」の顧客には、トレーニングを積んでからワンメイクの「86/BRZレース」や「鈴鹿クラブマンレース」などにデビューしたアマチュアドライバーも既に多く、その数はどんどん増えているそうで、店長の砂子は「今はサーキットを走るチャンスも走れるクルマも少ないし、より多くのドライバーをシミュレーターの世界から現実のサーキットへ送り込みたい」という夢を持っている。全くサーキット走行経験が無い人も、ドライビングゲームを楽しんでいる人も大歓迎だそうで、体験トレーニングコースも設けられている。バーチャルの世界からリアルの世界でレーシングドライバーに。そんな道筋が10年後には当たり前になっているような気がする。まさに目から鱗。百聞は一見にしかずの貴重な経験だった。

【東京バーチャルサーキット】

2012年に東京・赤坂に日本初のレーシングシミュレータージムとしてオープン。トヨタ、日産の若手ドライバー育成プログラムでもトレーニングで採用されている本格的シミュレータージム。2013年に兵庫県・西宮市に大阪店もオープンしている(大阪店はフォーミュラタイプのみ)。公式サイト

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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