震災から3年、モータースポーツからの復興支援を振り返る。

2011年F1日本GP、オークションの様子 【写真:MOBILITYLAND】

3月11日、東日本大震災の発生から3年が経過した。今も多くの方が行方不明になっており、震災からの復興が進んでいない現状を残念に思う。

この3年間、私が身を置くモータースポーツの世界でも様々な支援活動が行われてきた。震災後、選手やチームがそれぞれの視点で被害にあった方々に対してできることを考え、メッセージをファンに向けて発信し、様々な活動を行ってきた。また、震災直後から東北の選手が厳しい状況の中でレースに出場し、地元のファンを勇気づけたこともあった。

あれから3年経ち、震災の風化が危惧されているが、この3年間と現在進行形で行われている様々な活動に改めて目を向け思い出すことも、震災の風化を防ぎ、今後の継続的な復興支援の活性化に繋がると私は考える。

止まったレース活動で、それぞれが考えた

振り返ってみると震災前のモータースポーツの業界は社会貢献活動やチャリティにはあまり積極的ではない業界だったように思う。しかし、震災後に業界の人々の考え方は随分と変わった。

2011年3月11日に発生した東日本大震災。あまりに大きな被害の状況を鑑みて、翌日からイベント満載で企画されていた鈴鹿サーキットの「モータースポーツファン感謝デー」が中止になった。また、他ジャンルのイベントと同様に3月から4月にかけて開催を予定していたレースシリーズの開幕戦も延期が発表された。ガソリン不足、電力不足が深刻な状況になっていた中、特にモータースポーツイベントの開催は難しい状況になり、国内のモータースポーツは2ヶ月ほど停止状態に追い込まれた。

震災で被害にあった東北や北関東には大小、数多くのサーキットが点在し、それぞれのモータースポーツ文化が根付いている。特に宮城県には「仙台ハイランド」「スポーツランド菅生」の2つのサーキットがあり、地元出身のモータースポーツ選手も多い。震災では宮城県のサーキットのほか、栃木県の「ツインリンクもてぎ」も被災。秋に最後の「インディジャパン」開催を予定していた名物のオーバルコースの第4ターン付近に路面の段差が生じたほか、ロードコースと呼ばれる通常のサーキット区間も路面が損傷し、サーキットとして機能しなくなってしまった。

レースが開催できない期間、選手やチームはそれぞれの考えで、復興に向けた支援活動を行った。「SUPER GT」を代表するドライバー、脇阪寿一らが「SAVE JAPAN」という義援金サイトを立ち上げ、SNSなどのインターネットメディアを通じてファンに呼びかけた。「SAVE JAPAN」に関連したイベントでは選手達がグッズをチャリティオークションにかけ、義援金が集まった。ここから日本赤十字社に預けられた義援金の総額は現在までに1億7000万円を越えている。現在も脇阪のファンらがイベントのたびに義援金を届けているようだ。

こういった義援金の募金・チャリティ活動が選手やチーム単位、サーキットのイベント時に開催されたほか、義援金を集めるだけに留まらず、SUPER GTのチーム「GAINER」が毎週炊き出しに出向いたりするなど、レースが開催できない期間に人的物的支援の活動も行われた。レーシングカーを運ぶ大型トレーラーが救援物資の運搬に協力したのも忘れてはならない活動だろう。それまで主だった社会貢献を行ってこなかったレースに関わる人々が、レース活動を行う意味を考え、それぞれの視点で活動した2ヶ月間だった。

サーキット再開。東北の選手も参戦。

栃木県「ツインリンクもてぎ」はコースや施設が被災し、営業休止に追い込まれた。コースの約7割が再舗装される大掛かりな工事が必要となったが、懸命な復旧作業で7月2日に開催された「全日本ロードレース」から全ての営業を再開した。比較的被害の少なかった「スポーツランド菅生」は5月から営業を再開。そして、震災に加えて暴風雨の被害にも遭った「仙台ハイランド」は8月にようやく営業再開にこぎつけることができた。余震が続き、眠れない日々が続く中で、サーキット再開に向けて尽力した方々の努力には本当に頭が下がるばかりだ。

もてぎの営業再開時に描かれた人文字 【写真:MOBILITYLAND】
もてぎの営業再開時に描かれた人文字 【写真:MOBILITYLAND】

そして、震災への復興がこれからという時期、「レースを開催するべきか」の議論がある中、止まってばかりも居られないモータースポーツ業界はレース再開へと動く。7月末には鈴鹿サーキットで「鈴鹿8時間耐久ロードレース」が開催。ただし、電力不足の事情を鑑みて、照明の必要な夜間走行は無し。通常より1時間繰り上げた10時30分スタート、18時30分ゴールという異例の8時間レースとして開催した。

伊藤真一 【写真:MOBILITYLAND】
伊藤真一 【写真:MOBILITYLAND】

このレースに出場したのが、前年限りで引退していた宮城県出身の元全日本チャンピオン、伊藤真一。彼自身も自らが経営する自動車販売店が被災し、友人らを震災で亡くしていた。そんな悲しみの中、伊藤は周辺の復興活動に積極的に協力し、サーキットではレーサーとして被災地の人々を励まそうとレースに出場した。そして、2011年の8耐で秋吉耕佑、清成龍一と共に優勝。そのレースに鈴鹿市が招待した女川町の子供たちも大いに勇気づけられたという。

伊藤真一に限らず、東北出身のレーサー達が厳しい状況の中でもレースに出場し、被災地から招待された家族連れ、子供たち、ファンのために懸命に走ったことは忘れてはならない。

F1が日本のために尽力

日本国内のレーサーだけに留まらず、海外のレーサーやチーム関係者も震災のニュースに心を痛め、様々なサポートをしてくれた。F1ドライバーが一言ずつ日本語をリレーでつないだ激励メッセージは当時、「ヴァージン」のリザーブドライバーを務めた山本左近が提案し、実現したもの。世界中のF1テレビ放送でこのビデオが放送され、日本でも東北のファンに届けられた。

そして、秋に開催された日本グランプリではF1を取り仕切るFOMの代表、バーニー・エクレストンが被災者3000名を鈴鹿に招待した。さらに、世界へ向けての感謝のメッセージとともに国歌を斉唱したのは南相馬市で活動する少年少女の合唱団。秋晴れの鈴鹿に響いた国歌は今も忘れられない美しい声だった。

南相馬市の合唱団による国歌斉唱 【写真:MOBILITYLAND】
南相馬市の合唱団による国歌斉唱 【写真:MOBILITYLAND】

この年の日本グランプリ。多くのF1ドライバーや関係者は日本GPの開催は無理だろうと考えていたという。訪れた鈴鹿サーキットで彼らが見たのは、いつもと変わらず彼らを歓迎するファンの姿と笑顔。彼らはその姿に逆に勇気づけられたそうだ。それ以来、ドライバー達は毎年、日本のファンの前で海外のGPでは考えられないような積極的なファンサービスを展開してくれている。

佐藤琢磨の「With You Japan」に賛同した少年レーサー、ザック・ビーチ
佐藤琢磨の「With You Japan」に賛同した少年レーサー、ザック・ビーチ

また、海外での支援活動としては、インディカードライバーの佐藤琢磨「With You Japan」の活動も忘れてはならない。彼自身がレースの舞台とするアメリカでメッセージを発信し続け、支援の輪を国際的に呼びかけた。2011年、インディカーの下位カテゴリー「USF2000」に参戦した少年ドライバー、ザック・ビーチはマシンに「With You Japan」のステッカーを貼り、レースに参戦していた。佐藤の活動に対し、自分も何かできないかと自ら協力を申し出た。日本を代表するレーサーの活動は海外のドライバーたちの心も動かした。佐藤は現在も被災地の学校を訪問したり、子供たちをサーキットに招待したりと支援活動を続けている。

今後も続けて欲しい、モータースポーツができる支援

震災直後のレーサーやチームの支援活動は多くの人たちの心に届いたことだろう。全日本モトクロスライダーの小島庸平(こじまようへい)は自らも仙台の自宅が被災し、今は地元の鈴鹿に戻ってライダーとしての活動を続けている。彼は鈴鹿市がF1日本グランプリ開催時に招待した石巻市の家族連れを「スポーツランド菅生」で開催されるレースに招待した。今は彼に勇気づけられ、毎年レースを見にきてくれるようになった家族も居るという。

ルマンのサーキットでミシュランのタイヤハウスを見学する子供たち
ルマンのサーキットでミシュランのタイヤハウスを見学する子供たち

また、昨年、フランスのルマン24時間レースには自動車メーカーのマツダが中心になって協賛し、被災地の子供たちが招待された。全くモータースポーツの知識が無かった子供たちだったが、世界三大レースの一つに数えられる大きな大会に徐々に釘付けになっていく様子を私自身も目の当たりにする機会があった。その中にはすっかりレースの世界に魅了され、ルマンで得たインスピレーションを将来の夢につなげる事ができた学生も。プロジェクトの中心に居る元ルマンレーサーの寺田陽次郎は今年も昨年同様に子供たちをルマンへと招待する企画を進めているそうだ。

どんなレースであれ、レーサーやチームが頑張る姿には勇気づけられるものがある。特に感受性豊かな子供たちには、直接モータースポーツへの興味につながらなくても何かを感じてもらえることだろう。モータースポーツはレーサーだけでなく、チームの面々全員が力を合わせなければ成り立たないスポーツ。全員が本気で取り組む現場を見てもらうことで、伝えられることがきっとあるのだと思う。

今回紹介した活動に限らず、大小含めてモータースポーツ界は様々な復興支援、社会貢献活動を行ってきた。震災から3年。モータースポーツ界は好景気も後押ししてレースの出場台数は増加傾向になり、また華やかな時代が戻りつつある。でも、震災の風化が危惧される今だからこそ、この3年で行われた様々な活動をぜひとも継続的に実施して欲しいと思う。もちろん、それにはファンやスポンサー企業からの理解とサポートも必要になる。本業のレースで頑張り、メッセージを発信し、ファンに呼びかけ、支援の輪を作り、何らかの形でサポートする。このサイクルを止めないことが今、何より大事なんだろう。