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天皇陛下とエリザベス女王 家族の一員に加えてもらった、ある夏の日の思い出

つげのり子放送作家、ノンフィクション作家(テーマ:皇室)
エリザベス女王(写真:REX/アフロ)

イギリスの君主として70年にわたって在位し、国民から敬愛を集めてきたエリザベス女王が96年の生涯を閉じた。9月19日にロンドンのウェストミンスター寺院で執り行われる国葬には、天皇陛下が参列する方向で宮内庁が調整を進め、雅子さまも体調が整えば同行されるという。

天皇は国内外を問わず、葬儀に参列しないのが慣例となっているが、過去にも異例の対応を取ったことがある。1993年、ベルギーのボードワン国王が亡くなった時、家族ぐるみの親しい関係であったことから、当時天皇皇后であった上皇ご夫妻が葬儀に参列された。上皇ご夫妻は棺のそばに立って最前列を歩かれ、それは生前の親密な交流を印象付けるものであった。

実はエリザベス女王と陛下の間にも、親しく交流された思い出深い、ある夏のひとときがその胸の中に刻まれている。

◆スコットランドの北方に位置するバルモラル城

エリザベス女王が最期の時間を過ごした、イギリス王室の離宮バルモラル城は、スコットランド最大の都市グラスゴーや、世界遺産のエディンバラ城よりもかなり北に位置し、夏の平均気温は18度前後とあって避暑地としては快適な場所と言えよう。城の敷地面積は50,000エーカー(202平方キロメートル)もあり、周辺には民家もまばらで、森や川に囲まれた静寂なる田園の中に城だけが佇んでいる。

エリザベス女王は、例年、7月後半から8月いっぱいをこの城で過ごされ、その間、入れ代わり立ち代わり、ご家族が訪れては和やかな団らんの時を満喫されていたという。

亡くなる2日前には、ここでリズ・トラス氏を首相に任命し、握手を交わしていたが、応接室の暖炉には火が焚かれ、女王はカーディガンに身を包んでいた。寒さがすでに忍び寄っていたのだろう。

実はこのバルモラル城は、今から38年前、陛下とエリザベス女王が家族のように親しく、3日間を過ごされた思い出深い場所でもある。

◆陛下とエリザベス女王 38年前の思い出

当時、陛下はイギリスのオックスフォード大学に留学し、親元から遠く離れて学生寮での生活を送られていた。1984年の夏、陛下はエリザベス女王から招待を受け、王室ご一家が滞在される夏の休暇に合わせて、バルモラル城を訪ねられた。

わずか3日間のご滞在であったが、エリザベス女王をはじめ、フィリップ殿下、そしてチャールズ皇太子ご一家らと、バーベキューやサケ釣りを楽しむなど、家族の中に入って過ごされたという。

バルモラル城で過ごされた思い出が、陛下に強く印象に残っていたのだろう。1985年の帰国を前にした会見で、陛下はこう話されている。

「英国王室ご一家に非常に温かく迎えて頂きました。自分でいうのもなんですが、家族の一員に加えてもらったような印象を受けたほどでした。バーベキューパーティーに招いてくださったり、フィリップ殿下が自ら馬車を操って敷地内を案内してくださったりといったことを含め、大変心温まる交際をしていただけたと非常に感謝しています」(『新天皇家の自画像 記者会見全記録』より)

エリザベス女王の家族から温かく迎えられ、家族と同じように接し、心通わせる時間を過ごされたことが伝わってくる。

敷地内を案内してくれたというエリザベス女王の夫・フィリップ殿下は、陛下がバルモラル城を訪れた同じ年、訪英中だった当時の中曽根首相に、「浩宮殿下は完全にロイヤルファミリーの一員となっています」と話しており、まるでわが子のように親しみを感じていたのであろう。

◆エリザベス女王への感謝の気持ち

今回、エリザベス女王の訃報に接し天皇陛下が発表されたお気持ちには、女王が残した数多くの功績と貢献に心からの敬意を表すとともに、以下のような言葉がつづられていた。

「私の英国留学や英国訪問に際しても、様々な機会に温かく接していただき、幾多の御配慮をいただいたことに重ねて深く感謝したいと思います」

令和2年には、両陛下はお代替わり後初めての外国訪問としてイギリスを訪れ、エリザベス女王と会われることが予定されていた。しかし、コロナ禍のために延期となったことはとても残念でいらっしゃったことだろう。

振り返れば、69年前、エリザベス女王の戴冠式に皇太子時代の上皇さまが参列された時から、戦後の日英の交流が始まって、年を重ねるごとに親密度を増していった、日本の皇室とイギリス王室。

そうした歴史に思いを馳せつつ、陛下は深い悲しみの中にいるチャールズ新国王やご家族の心に寄り添って、生前のエリザベス女王との思い出を語り合われるのではないだろうか。

放送作家、ノンフィクション作家(テーマ:皇室)

2001年の愛子内親王ご誕生以来、皇室番組に携わり、現在テレビ東京・BSテレ東で放送中の「皇室の窓」で構成を担当。皇室研究をライフワークとしている。日本放送作家協会、日本脚本家連盟、日本メディア学会会員。著書に『天皇家250年の血脈』(KADOKAWA)、『素顔の美智子さま』『素顔の雅子さま』『佳子さまの素顔』(河出書房新社)、『女帝のいた時代』(自由国民社)、構成に『天皇陛下のプロポーズ』(小学館、著者・織田和雄)がある。

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