立皇嗣の礼とご結婚のお気持ち発表にみる、眞子さま佳子さまの絆は?

眞子さまと佳子さま(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

■古今東西、兄から弟への継承

 去る11月8日、秋篠宮文仁殿下が皇位継承順位第1位の「皇嗣」となられたことを内外に示す、「立皇嗣の礼」が執り行われた。

 天皇の次世代継承者の地位に、弟宮がついたのは約360年ぶりだった。第111代・後西天皇のもと、皇位継承順位第1位となった弟宮は、後に霊元天皇となる高貴宮識仁親王だった。

 実は高貴宮識仁親王は、後西天皇の前の第110代・後光明天皇の時代に、すでに養嗣子となって将来の皇位継承者とみなされていたが、年齢的に幼かったことから、まずは兄の後西天皇が皇位につき、その後バトンタッチされたのである。

 歴史的に振り返れば兄から弟への皇位継承は、しばしば行われてきた。古くは「大化の改新」を成した、天智天皇と天武天皇の兄弟が有名なところだろう。

 この時は、天武天皇が天智天皇の息子(※弘文天皇として歴代天皇に列せられているが、即位の真偽は定かではない)と争って、力で皇位を奪うという継承であった。

 海外に目を転じれば、イギリスのエリザベス女王の父・ジョージ6世は次男だったが、兄のエドワード8世がアメリカ人女性と恋に落ちて退位してしまったことから、兄から弟へ王位継承が行われている。

 そしてエリザベス女王の戴冠式に出席するため、1953年にアメリカやヨーロッパ各国を訪問された上皇さまが、生涯の友として交誼を結ばれたベルギーのボードワン1世は、継ぐべき子どもがいなかったことから1993年の崩御に伴い、実弟のアルベール2世が国王となった。

 こうしてみれば古今東西、兄弟での皇位や王位の継承には、さまざまなドラマが隠されている。

■注目を集める皇室の姉妹

 さて、「立皇嗣の礼」が行われた皇居宮殿で、筆者が注目したのは、最前列に並んだ皇嗣家の内親王殿下、眞子さまと佳子さまだった。

 姉妹仲良く、凛とされた清楚な佇まいは、皇嗣家の内親王殿下としての風格が漂っていたように思う。

 皇室において兄弟は長幼の序に倣い、伝統的に弟が兄を補佐して支えることが求められてきたが、皇族女性たちにも重要な役割が担わされていた。

 古代から近世にかけて皇族の内親王は、格式の高い宮家や公卿、または有力大名に嫁ぐことが不文律となっていたのである。力ある名家と縁を結ぶことで、皇室の安定を図る、いわば政略結婚が当たり前のように行われていたのだ。

 例えば、幕末の公武合体を進めるため、仁孝天皇の皇女、和宮がさまざまな政治的思惑を背負わされ、時の将軍・徳川家茂に嫁いだのは、その典型的な例と言えよう。

 しかし、それも昔のこと。今では、皇室の内親王とはいえ、自らの思いに従って将来の幸せを求めることに、何も問題はない。

■眞子さまのお気持ち

 立皇嗣の礼を終えてから数日後、皇嗣家の長女、眞子さまから結婚についてのお気持ちが発表された。以下は、その一部である。

「11月8日に立皇嗣の礼が終わった今、両親の理解を得たうえで、改めて私たちの気持ちをお伝えいたしたく思います。(中略) 様々な理由からこの結婚について否定的に考えている方がいらっしゃることも承知しております。しかし、私たちにとっては、お互いこそが幸せな時も不幸せな時も寄り添い合えるかけがえのない存在であり、結婚は、私たちにとって自分たちの心を大切に守りながら生きていくために必要な選択です」

 結婚に対して少しも揺るがない強い決意が、言葉のひとつひとつに表れているようだ。

 前述した皇女和宮は嫁がれる前、約2年近く京都御所内の桂宮御殿で暮らしていたが、そこはたった一人の実姉・桂宮淑子内親王の住まいでもあった。

 姉と妹の2年にわたる日々は、どのような交流があったのか、推測の域を出ないものの、きっと桂宮は江戸へと嫁がなければならない和宮を不憫と感じ、心づくしの思いを持って接していたのではないだろうか。

 姉妹ならば、結婚に関して男性にはわからない価値観や幸福観を共有することができるはずだ。

 現代でも眞子さまの気持ちを誰よりも尊重されているのが、「姉の一個人としての希望がかなう形になってほしい」と綴られた、佳子さまであろう。

 眞子さまにとって最も力強い味方だと言っても、過言ではない。

 皇位継承という大きな責務を背負う、皇室の兄と弟。一方、女性としての生き方を見詰める姉と妹。それぞれの、その強い絆こそが、未来の開かれた皇室として明るい光を与えてくれるのではないだろうか。