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ヤンヤ、野中生萌、野口啓代が歓喜の抱擁。五輪初実施のスポーツクライミングの魅力満載だった複合女子決勝

津金壱郎フリーランスライター&編集者
(写真:ロイター/アフロ)

それぞれの種目の特長が存分に見られた女子決勝。スペシャリストたちが躍動

 東京五輪のスポーツクライミング最終日、複合女子決勝は3種目それぞれの魅力がこれ以上ないほど発揮された。

 最終種目までもつれこむ熱戦となったメダルの行方は、金メダルがボルダリングで圧巻のパフォーマンスを見せたヤンヤ・ガンブレット(スロベニア)。日本勢は野中生萌が銀メダル、野口啓代が銅メダルを獲得した。

野口啓代と野中生萌は大舞台の重圧やケガに苦しみながらも決勝に進出〈スポーツクライミング複合女子予選〉

相性のいい東京で大願成就の涙にくれた女王

〈S5位〉×〈B1位〉×〈L1位〉=5P

 金メダルに輝いたのはヤンヤ・ガンブレット(スロベニア)。圧倒的な力の差を持つ”絶対女王”が、押し潰そうとする大きな重圧をはね返して悲願達成で涙にくれた。

〈スピード〉

 1回戦でスピード専門選手のアヌーク・ジベール(フランス)には敗れたものの、順位決定戦で自己ベストを更新して5位を手にした。

〈ボルダリング〉

圧巻のパフォーマンスだった。第1課題、第2課題をただひとり完登し、2課題め終了時点で種目1位が確定。3課題めはキャンセルして、次のリードに向けて体力温存も可能だったが、果敢に挑んだ。完登できなかったが、大舞台でもクライマーとしての純粋な”登りたい”欲を優先させる姿勢が、世界中に多くのファンがいる理由だろう。

〈リード〉

”ヤンヤ”の名を最初に世界に知らしめた”十八番”種目。5番目に登場し、最終局面の高度37+でフォール。後続の選手たちのアテンプト中に優勝が決まり、涙で頬をぬらした。

アテンプト数差で銀ゲット野中生萌

〈S3位〉×〈B3位〉×〈L5位〉=45P

 銀メダルは野中生萌が獲得。2018年世界選手権で右肩を痛め、五輪代表選考年の2019年はシーズン開幕目前の3月に左肩を損傷して苦しみ、オリンピックでも手首や膝にテーピングを巻く万全でない状態ながらも目標を達成した。

〈スピード〉

予選を突破したスピード専門選手が2人となったこともあって、この種目3位となった。ただ、トーナメント準決勝では元世界女王のアヌーク・ジベール(フランス)と互角の勝負を演じた。野口啓代との順位決定戦では手堅い登りをみせた。

〈ボルダリング〉

0完登2ゾーン。3選手が同成績で並んだがアテンプト数で野中が3位、ほか2選手が4位と5位の順位になった。多くの選手が手にした第1課のゾーンを取りこぼしたものの、第3課題のゾーンを1アテンプトめで獲得して3位となれたのが複合ポイントに大きく影響した。

〈リード〉

高度21の5位。ほかの選手たちとの力量差を考えれば6位が予想されたなか、ミスをしたブルック・ラバトゥの高度をしっかり超えて順位を上げた。仮にブルックがミスせずに種目4位だった場合、野中が種目6位でも複合ポイントで2ポイント上回って銀メダル。ブルック・ラバトゥが種目3位以上だった場合は銅メダル以下の結果だった。

銅メダルで競技生活の集大成・野口啓代

〈S4位〉×〈B4位〉×〈L4位〉=64P

 最後の最後まで行方のわからなかった銅メダルを手にしたのは野口啓代。最終競技者のソ・チェヒョン(韓国)がこの種目1位を逃したことで、16年の競技生活の集大成として臨んだ野口がメダルを獲得。複合ポイントは4位のアレクサンドラ・ミロスラフと並んだが、3種目の直接比較でアレクサンドラ・ミロスラフより2種目の順位が上回った野口が3位となった。

〈スピード〉

大舞台を目指して練習を積み重ねた成果を発揮した。コンスタントに8秒前半のタイムをマークしたことで4位を手にした。野口にとっては最高の船出を切った。

〈ボルダリング〉

0完登2ゾーン。1課題めはスタートから苦手なムーブだったが粘ってゾーンを獲得。第3課題はゾーンを獲得していれば種目2位の目もあったが、ゾーン手前のパートで苦戦した。最終的にアテンプト数差で野中についで4位。

〈リード〉

野口の競技生活最後のパフォーマンスとなった。出場選手で最高齢の32歳は、スピード、ボルダリングで溜まった疲労感を気力で跳ね返すクライミングだった。高度25を超えてから見せた粘り強さは多くの人の心に刻まれたことだろう。高度29+でフォールで種目4位となった。

無駄を省いた動きの美しさでスピード世界新記録が誕生

 アレクサンドラ・ミロスラフがスピード世界記録を更新した。予選でユリア・カプリナ(ロシア)の持つ世界記録6秒96に、0・001まで迫るタイムを出していたが、決勝のトーナメント・ファイナルで6秒84をマークして世界新記録を樹立した。無駄を極限まで省いた垂直方向だけの重心移動は圧巻。予選で敗退した元世界記録保持者のソン・インリンや、同じく前世界記録保持者ユリアなどと、女子の記録をどこまで押し上げていくのか。

 決勝のトーナメント・ファイナルで同走したアヌーク・ジベールも中盤までミロスラフについて行ったが、最後にミスが出た。それでも今大会では予選で7秒12をマークするなど、9月から始まる世界選手権でのパフォーマンスを期待したくなるものだった。

 ヤンヤ・ガンブレットは東京五輪目前の7月上旬にあったW杯インスブルックで7秒916の自己ベストをマークしていた。だが、東京五輪ではその力を発揮できていなかったが、最後の最後の順位決定戦で7秒81の自己ベストを更新した。

 国内の男子は楢﨑智亜が超速の進歩を遂げ、それを追いかけてスピード種目を主眼に置く若手選手たちが現れている。しかし、女子はとなると野中は世界トップ選手と渡り合えるレベルに到達しつつあるが、それ以外は覚悟を持ってスピード種目に取り組んでいる選手はほとんどいない。パリ五輪は単一種目になるだけに、これを機に本腰を据えて取り組む選手が現れてもらいたいところだ。

ボルダリングは新たな次元へ。可能性を見せたブルック

 課題をつくるルートセッターにとっては難しい時代だろう。なぜならヤンヤ・ガンブレットの実力が突出しすぎているからだ。彼女が登れるかどうかの高難度課題を出せば、他の選手はゾーン獲得がやっとという状態。それだと高難度課題を登るボルダリングの魅力は半減してしまう。だからといって、誰もが登れる課題ばかりになれば、順位はアテンプト数やゾーン獲得数で決まることになり、結果のわかりにくいスポーツになってしまう。また、ヤンヤ・ガンブレットのような突出した才能が埋もれてしまうことにもなる。

関連記事:東京五輪スポーツクライミングのルートセッター・平嶋元の『東京五輪』と『その先の未来』。

 決勝も予選と同様にヤンヤ・ガンブレットが圧巻のパフォーマンスを見せたが、そこに食らいつく選手がいなかったわけではない。ブルック・ラバトゥ(アメリカ)は決勝の第1課題はヤンヤ・ガンブレットよりも各パートをあっさりと攻略。最後のゴール取りに失敗して時間切れとなって完登は逃したが、可能性を感じさせるものだった。身長は160cmに満たないが、ムーブの引き出しが多く、今後ボルダリングでもさらなる飛躍が期待される。

 日本勢はボルダリングにフォーカスすれば手も足も出なかった。野中、野口のメダル獲得で忘れられそうだが、この結果に危機感を覚えなければ、ボルダリングでの日本女子の行末は寂しいものになるだろう。

 世界を見渡せば、今回は出場していないナタリア・グロスマン(アメリカ)やオリアナ・バルトーネ(フランス)や、五輪でも才能の片鱗を見せたブルック・ラバトゥなどが、ボルダリングでヤンヤ・ガンブレットの領域に迫ろうとしている。日本勢は有力選手が欠場して課題がハマればW杯ボルダリングで上位に進出することもあるが、野口や野中がそうであったように真の意味での世界トップを争う才能がいないのが現状だ。

一手でも高く! リードならではの醍醐味は発揮された

 複合女子決勝の前日に行われた男子で、最終種目の最終競技者だったヤコブ・シューベルト(オーストリア)が唯一の完登を決めたときに会場に鳴り響いた喝采。銅メダル獲得が決まったこともあるが、それ以上にクライミングの”本質”がもっとも表現されたシーンだったからだろう。

 女子決勝でも完登が期待されたが、残念ながら完登シーンは観られなかった。3種目複合のリードは最後の種目として実施され、ボルダリングで高難度課題をトライしてからの休息時間も十分ではない。万全のコンディションで挑める単種目のときよりもパフォーマンスが低下するのは当然のこと。3種目のトレーニングをした彼女たちが、単種目だけの練習をする選手にどれくらいの差をつけるのか。それが今後のW杯や世界選手権での見どころになる。

 今回の決勝進出者では1位になったヤンヤ・ガンブレットのほか、ソ・チェヒョン(韓国)、ジェシカ・ピルツ(オーストリア)、ブルック・ラバトゥ(アメリカ)がリードを得意にする。

 果たして国内に彼女たちのようなパフォーマンスを発揮できる選手はどれだけいるのか。単種目では食らいつけたとしても、保持力と体力がすり減った状態となると厳しいと言わざるを得ない。3年後のパリ五輪の複合はボルダリングとリード。ボルダリングの高難度化はさらに顕著になっていくことが予想され、それが終わった直後にリードをやることになる。スピードが複合から外れたといっても、肉体的にハードな種目なことに変わりはない。リード種目でも各国の強化は日本よりもだいぶ先を行っている。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

フリーランスライター&編集者

出版社で雑誌、MOOKなどの編集者を経て、フリーランスのライター・編集者として活動。最近はスポーツクライミングの記事を雑誌やWeb媒体に寄稿している。氷と岩を嗜み、夏山登山とカレーライスが苦手。

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