青学クライマー・中村真緒、「好きを突き詰めて、目指すはスラブ世界一」

高校3年時の2017年、W杯ボルダリング八王子大会に出場した中村真緒(写真:田村翔/アフロスポーツ)

 ロシアで開催されていたスポーツクライミング・ユース世界選手権(8月11日~16日)で、今年もまた日本勢が各カテゴリーで目覚ましい活躍を見せた。

 ユースBは男子のボルダリングで川又玲瑛が優勝し、抜井亮瑛が3位となると、女子でも谷井菜月が優勝、工藤花が3位。

 ユースAの女子は伊藤ふたばがボルダリング3位、リードで2位。菊池咲希もボルダリングで4位。男子はリードで西田秀聖が優勝し、小西桂が3位になった。

 ジュニア男子では楢崎明智がボルダリングとリードを制覇し、原田海が両種目で3位になり、初出場の今泉結太はボルダリングで5位に入った。

《ユース世界選手権》

20歳未満の選手が出場。開催年の誕生日で14歳と15歳になる選手は『ユースB』、16歳と17歳なら『ユースA』、18歳と19歳なら『ジュニア』にカテゴライズ。それぞれでボルダリング、リード、スピードを実施。

鬼門のユース世界選手権で目標を達成

「予選落ちだけは回避したいし、今回こそは決勝に残りたいんです」と、初夏に取材した際に意気込みを語っていた中村真緒は、ジュニア女子のボルダリングで予選を全体3位、準決勝は2位で通過して目標を達成した。

 中村は念願だった舞台でも4課題のうち3課題に完登。表彰台に立った3選手と完登数では並びながらも、ゾーン獲得数とアテンプト差で4位になったが、昨年まで鬼門にしてきた大会でようやく本領を発揮した。ただ、取材時の彼女の言葉を思い出すと、目標達成に安堵するよりも、悔しさにむせび泣いたのではないだろうか。

「私は大会で優勝しても『わーい、勝った』とは喜べないタイプなんですよ。どんな成績でも登れなかった課題のことや、アテンプトがかさんだ課題のことを考えると、いつも悔しさを抱えてきたし、勝手に涙が出ちゃうんですよね。さすがに大学生になったので、人前で『ウワーン』と泣くのをやめようと思っているんですけど、悔しいものは悔しい。だから、表情を変えずに涙をポロポロこぼしています」

撮影:津金壱郎
撮影:津金壱郎

中村真緒(なかむら・まお)

2000年3月2日生まれ、東京都出身。

青山学院大在学/身長157cm

苦手意識を払拭できたボルダリングW杯での成果

 中村がユース世界選手権の決勝進出を、「今年一番の目標」にしてきたのは、昨年までの同大会は惨敗続きだったからだ。

 初めて出場した高校1年時の2015年イタリア・アルコ大会にはユースBで出場して18位で準決勝で敗退。2016年の中国・広州大会、昨年のオーストリア・インスブルック大会はユースAで、それぞれ24位、23位で予選敗退。国内大会で見せる勝負強さは影を潜めた。

「ユース世界選手権の課題は、次のホールドまでの距離が遠いんですよ。セッター(課題をつくる人)の感覚が、W杯ボルダリングの中断期間中でバグってる部分もあると思うんですけど(笑)。そのせいで、ただただ落ちるだけの時間が5分間続いたっていう印象しかないんですよね」

 昨年までの苦い思い出を振り返った後、「でも、今年はあまり距離の遠さは気にしていないんですよ」と、晴れやかな表情で自信の源を明かした。

「今年のW杯ボルダリングのシーズンが始まる前は、自信なんて全然なくて。去年までユース世界選手権は2年続けて予選落ちだから、ユース大会よりも距離が遠い課題の出るW杯で準決勝に残れるわけがないと思っていたんですね。

 それが、いざW杯が開幕したら初戦で準決勝に残れて、その後も2大会で準決勝に進めた。それが大きいですね。あと、いつもユース世界選手権で負けていた子よりもコンスタントに上位になれたことも自信になっています」

 課題のホールド間の距離は、“国内大会よりも国際大会”、“年代別のユース大会よりも、全年代対象のシニア大会”の方が遠い傾向が大きい。

 中村は今年6月までに行われたシニア大会のW杯ボルダリング6戦のうち5大会に出場し、開幕戦のスイス・マイリンゲン(15位)で自身初めて準決勝に進むと、中国・重慶(20位)、アメリカ・ベイル(13位)で、予選上位20名が進める準決勝に勝ち上がった。

W杯ボルダリング・マイリンゲン大会で準決勝課題に挑む中村真緒(c)Eddie Fowke/IFSC
W杯ボルダリング・マイリンゲン大会で準決勝課題に挑む中村真緒(c)Eddie Fowke/IFSC

 昨年まではユース世界選手権で苦戦していた中村に大きな自信をもたらすとともに、W杯を数多く経験することで意識にも変化が生まれた。

「もともと強傾斜やランジは苦手なんです。数をこなせばできるようになるとわかっていても、練習でもやりたくないほどキライで。ただ、やらないことには強くならないので、仕方なくやっている感じだったんです。それでも今年のW杯では強傾斜の課題でもゾーンが取れるようになっていて、自分が思っているよりも苦手ではなくなってきたのかなという手応えみたいなのがあって。それを強く感じたのが八王子でした」

 今年6月のW杯ボルダリング八王子で、中村は予選5課題のうち第1、第3課題を完登したものの、準決勝進出に1完登足りずに予選で敗れた。

「2課題目を見た瞬間に、『うわっ、苦手系だ』と思っちゃったんです。メンタルの弱さが出ましたね。競技力が足りていないのに、気持ちまで飲まれちゃったら、登れるものも登れなくなる。わかっていたつもりだったんですけどね。後になって振り返ると、あの課題も気持ちが負けてなければ、登れていたかもしれないって思えて。それに気づいた意味では収穫でしたし、あれ以降は課題を見ても動じないって決めているんです」

 最後まで諦めないことの大切さを再認識した中村は、W杯八王子の翌週にあったW杯ベイル大会では粘り強さを発揮して1完登5ゾーンでも予選を突破した。

スラブと言えば中村真緒と言われたい

 中村真緒の持ち味はスラブ課題での乗り込みの上手さと、バランス感覚にある。スラブ課題は壁の傾斜が緩い反面、手で持てるホールドはほとんどなく、足にしっかりと乗り込み、バランスを取りながら慎重に重心を移動させていくことが求められる。

 中村の足裏感覚の鋭さとバランス感覚が際立ったのが、今季のW杯ボルダリングの開幕戦、マイリンゲン大会の準決勝第1課題だった。

W杯ボルダリング・マイリンゲン大会の準決勝。20:50頃から中村の第1課題が始まる。

 バランシーなスターティング・ポジションを取った直後に、小さなホールドの上で足を入れ替える場面で、他の選手たちが苦心するなか、中村はあっさりスタートして足を入れ替えた。

「結果としては完登できなかった課題ですけど、その部分は自信になりましたね。初めて出場した海外でのW杯で、自分の通用するものがわかった。これをもっと伸ばしていけば、世界に通用するんだという手応えを感じました」

 W杯ボルダリングの女子コンペティターのなかで、スラブの第一人者と言えば、ファニー・ジーベールの名をあげる人は多い。今季のW杯ランクで3位につける25歳のフランス人クライマーは、バランシーな課題をあっさりと攻略していく。

「彼女は腰が特徴的なんですね。すごく柔らかいのか、逆に硬くて固定できているのかはわからないけれど、彼女のなかで決まったポジションがあって、そこに重心を持っていくのがすごく上手いんですよ。いまはスラブと言えば、誰もがファニーちゃんって言いますけど、彼女を超えたいです。“スラブと言えば中村真緒”って世界中の人に認められたいと思っているんです」

スラブ課題や垂壁で抜群の強さを発揮するファニー・ジーベール(C)Eddie Fowke/IFSC
スラブ課題や垂壁で抜群の強さを発揮するファニー・ジーベール(C)Eddie Fowke/IFSC

クライミングを優先して名門高から離脱

 スラブを得意にする中村がボルダリングを始めたのがロッキー品川店と聞いて、意外に感じる人は少なくないだろう。中村も「よく驚かれるんですよ」と笑うが、その当時の品川ロッキーの“ウリ”は強傾斜壁で、スラブ課題は限られていた。

「小学6年生の夏休みに犬を飼い始めて、子犬の世話をするために夏休みの予定を全部キャンセルしたら、犬って寝てばかりだから世話も何もあったもんじゃなくて(笑)。それで小学生が家の中にずっといることを心配した母親に送り出されてボルダリングジムに行ったんです。そしたらどっぷりハマってしまって。そのジムが“品ロキ”でした。スラブ課題はほとんどなかったから、別のジムに行ったときにスラブ課題があると目新しいし、楽しくてずっと打ち込んでいたんですよね。それもあって得意になったのかな」

 そうした経緯でボルダリングを始めた中村は、小・中学生の頃にジム主催のローカル・コンペへの出場経験はあったが、競技デビューしたのは高校1年の時。国体で野中生萌とパートナーを組む選手を探していた関係者の誘いを受けたのがキッカケだった。

「最初は断っていたけど、そんなに誘ってもらえるなら」と、国体の東京代表を決める東京選手権に出場して東京代表の座を射止めると、翌5月にボルダリングの“第1回鳥取ユース”にユースBで出場して優勝を飾った。全国的に無名な新星の登場は驚きを与えた。

「表彰式に出なかったのも驚きだったらしいですね(笑)。もともと国体に向けての“大会慣れ”が目的の出場で、優勝どころか、予選を通過するなんて思っていなくて。決勝を観戦したらスグに会場を出ると、どうにか間に合う飛行機を予約していたんです。そしたら、まさかの優勝。でも、飛行機の予約はあるし、次の日は学校のテストがあったので、係の人に『表彰式は出ずに帰ります』って伝えたら、目が点になっていましたね(笑)」

 “鳥取ユース”での優勝からコンペティターとしての道を歩み始めた中村は、高校1年の二学期末に大きな決断をする。

 それまで通っていた都内の超名門高は、大会出場のための欠席を公欠として認めておらず、中村が同年12月に出場を予定していたマレーシアでのアジアユース選手権と校内テストの日程が重なり、テストを受けなければ進級できないとなった。留年覚悟で国際大会か、進級か―――。 

「すぐに決めちゃいました。アジアユースの出場を。それで生萌ちゃんに相談して、スポーツ活動に理解があって、生萌ちゃんも在学していた高校に転校しました」

撮影:津金壱郎
撮影:津金壱郎

 中村は今春から青山学院大に進んでいるが、ここでも“公欠”に苦しんでいる。いまどきの大学は、単位取得のための授業出席に厳しいノルマがある。日本代表としての大会出場であっても欠席が許容されないケースがほとんどだ。

「欠席が3回しか認められていない授業のひとつは、すでにアウトです。W杯出場で欠席数がオーバーしたから、どんなに頑張っても単位はもらえないんです。でも、だからと言って投げ出すのは悔しいので、八王子大会の前日まで大学に通ったり、ベイル大会への出発日にも授業に出たり、課題も全部提出したりしています。私、負けず嫌いなんで(笑)」

次なる目標はW杯の決勝進出

 大学生活と両立させながら、クライミングで結果を残し始めた中村は、すでに来シーズン以降を念頭に置いた強化を始めている。そのひとつが、大腿筋。

 トレーニングは登って鍛えるという昔ながらの選手もいるが、最近はフィジカルトレーナーのもとで身体の各部位を鍛える選手が増えている。

 中村は東京都の強化選手になった高校1年の頃から、フィジカルトレーナーの小田佳宏氏のもとでトレーニングを積んでいる。

「小田さんには週1回くらいのペースで見てもらっていて。いまは足を重点的に鍛えています。私は大腿筋が発達していないのでランジで距離が出せないんですけど、ランジが上手い選手は足が強いんです。それこそ中国のスピードの選手は、ボルダーは下手なのにランジだけは上手い。それって足がしっかりしているから。スラブで世界一になるにも大腿筋は重要なので、生萌ちゃんの足からお尻にかけてのカッコ良さを目指して鍛えています」

 大腿筋強化の成果は、今年のユース世界選手権で表れた。中村はスピードで11秒82をマークし自己ベストを更新。春先以降はスピードの練習をほとんどしていないなかで、日本ランク7位のタイムを出した。

 そんな彼女の視線は、すでに次なる目標へ向けられている。ユース世界選手権で目標を達成した中村は、休む間もなくロシアからミュンヘンへと移動し、W杯ボルダリングのシリーズ最終戦・ミュンヘン大会(8月17日・18日)に挑む。さらに、10月には出場が有力視されるアルゼンチンのブエノスアイレスで開催される『ユースオリンピックゲームズ』が控えている。

「今年一番の目標を達成できたら、次はW杯ボルダリングで決勝を戦いたいですね。シーズン前はこんなことを言える日が来るなんて思ってもいませんでしたが、そろそろ準決勝は抜け出してみたいです。将来的にはW杯にフル参戦したいので、後半戦もひとつずつの大会を大切にしていきます」

 悔しい思いを味わうたびに自分自身と向き合い、ひとつひとつのステップを着実に越えてきた中村は、これからも他者との比較ではなく、自分自身への期待値に応えるために負けず嫌いを発揮しながら成長を遂げていく。

撮影:津金壱郎
撮影:津金壱郎