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学生アスリートに立ちはだかる“就活の壁”に挑む 二十歳の挑戦者・小武芽生 [クライマーズファイル]

津金壱郎フリーランスライター&編集者
W杯ではリーチ差に苦戦することもあるが、豊かな発想力で課題を攻略する小武芽生(写真:田村翔/アフロスポーツ)

2020年を見据えはじめたクライミング選手たち

 2016年夏に東京オリンピックでの実施種目に決定して以降、注目度が高まっているスポーツクライミング。今年10月に第1期五輪強化選手として男女それぞれ6名が選ばれ、11月からは日本が世界から後れをとるスピード種目の強化プロジェクトも始まった。

 さらに、12月6日からの3日間は、第1期五輪強化選手に加え、フランス代表やオーストラリア代表を迎えての合同合宿を都内で実施し、東京五輪で実施される複合種目を想定したトレーニングが行われた。

 自国開催での成功に向けて着々と準備が進んでいるが、4年に1度の大舞台を見据えているのは、なにも五輪強化選手だけではない。ほかの選手たちも各自の課題に取り組みながら2020年を目指している。

 そのひとりである小武芽生が、この秋冬に力を注いで取り組んでいる課題が就職活動だ。都内にある女子栄養短期大2年生の小武は、春先から同級生たちが就活に励むのを尻目に、2017年シーズンは精力的に大会に出場してきた。

「試合の写真を見ると、どう登るか考えているだけなのに怒っているような顔で写っているんですよね。今日は練習終わりでスッピンだけど怖い顔に写さないでくださいね」と笑う (c)ICHIRO Tsugane
「試合の写真を見ると、どう登るか考えているだけなのに怒っているような顔で写っているんですよね。今日は練習終わりでスッピンだけど怖い顔に写さないでくださいね」と笑う (c)ICHIRO Tsugane

スポーツクライミングも就職活動も。アスナビとの出会い

 1月のボルダリング・ジャパンカップで6位、3月のリード日本選手権で7位になると、4月から8月まではボルダリングW杯で世界を転戦。南京大会で決勝進出するなど、W杯年間ランキングを前年20位から11位へと大きくステップアップさせ、日本人女子選手では野口啓代、野中生萌、尾上彩に次ぐ成績を残した。

 一方で大学の授業、トレーニング、そして大会に追われる彼女が、就活のために自己PRや志望動機を練る時間などあるはずもなかった。ボルダリングW杯のシーズンが一段落した8月になって初めて、来春の短大卒業後に競技へ専念できる環境を求めた小武は、『JOCアスナビ』を利用して就職活動を開始した。

『アスナビ』とは、公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)が実施するトップアスリートの就職支援ナビゲーションで、2010年にオリンピックやパラリンピックを目指すトップアスリートの生活環境を安定させ、競技活動に専念できる環境を整えるために立ち上げられた。

 来春に東洋大を卒業する陸上100mで日本選手初の9秒台を記録した桐生祥秀のような知名度と実力を兼ね備えた一握りの選手を除けば、多くの競技でほとんどの学生アスリートは就職活動に頭を悩ませている。そうしたなか、企業に支援を呼びかけ、アスリートとマッチングするアスナビが誕生してからは、これまでに同制度のもとで124社・団体で計184名(※来春採用内定選手含む)のアスリートが就職を決めている。

「アスナビのことは中学生のときにネットのニュースで見て知っていました。でも当時は、スポーツクライミングはオリンピックと関係ない競技だったので、「こういうのもあるんだなあ」と思ったくらい。今年になって同級生たちが就活を始めるのを見て、「私はどうしよう」と考えたときに、アスナビの利用を決めました。スポーツクライミングが東京オリンピックの実施種目に決まって、せっかくアスナビ制度が利用できるようになったし、クライミング界では誰もアスナビを使ったことがなかったことも大きな理由ですね」

 アスナビに登録できるのは、オリンピック・パラリンピック競技の強化指定選手と、各競技団体(NF)が推薦した卒業を控える学生アスリート。登録選手は勤務地などの希望条件を書いたエントリーシートをJOCアスナビのサイトで公開し、企業を集めた説明会の壇上で自己PRする。小武も10月に2度、リードW杯の合間を縫うように説明会に参加して自らプレゼンテーションを行った。

「2度目の説明会は中国でのリードW杯直後だったので、帰りの飛行機のなかでスピーチ内容を考えて暗記していました。人前で喋るのは苦手ではないので、説明会は新鮮で楽しかったです。スポーツクライミングの映像を流しながら競技の説明もしたのですが、飛んだり、跳ねたり、ぶら下がったりという目新しさもあって、多くの企業の方に興味を持って頂いた手応えがありました」

身長154cmと体格には恵まれていないものの、高い柔軟性を生かしてリーチのハンディを克服 (c)Eddie Fowke / IFSC.
身長154cmと体格には恵まれていないものの、高い柔軟性を生かしてリーチのハンディを克服 (c)Eddie Fowke / IFSC.

競技を継続しながら働ける環境を求めて

 小武が参加した2度の説明会には、陸上・走り高跳び、競泳、ライフル射撃、体操トランポリン、ボッチャ、ビーチバレー、競歩の選手たちも参加。普段ならあまり接点のない他競技の選手と交流を持てたことで、小武は「LINEのグループを作って、練習方法や就活などの情報交換をしています。貴重な体験になった」と振り返る。説明会に一緒に参加したメンバーのなかで、競歩の渕瀬真寿美が就職内定第一号になった。

「渕瀬さんは2回とも説明会は一緒だったのでうれしいです。私のところにも数社からお話を頂いています。今後はもう説明会には参加せず、アスナビで私を担当してくださっている方と相談しながら、条件などを詰めていくことになります」

 栄養学に興味があって学校を決め、学んできたが、就活のプライオリティー最上位は「競技を継続できる環境」と小武は言う。

「競技を辞めた後は栄養士の資格を活かしながらクライミングに携る仕事をしたいなと漠然とは考えていますが、いまは業種にこだわってはいないです。会社といい関係を作っていきながら、スポーツクライミングでもっと上を目指したいと思っています」

 スポーツクライミングは東京五輪で実施されるものの、その先のオリンピックで実施されるかが決まるのは2020年末。2024年パリ五輪の開催国フランスはスポーツクライミングの第1回W杯(リードとスピード)開催を主導した国だが、だからといってスポーツクライミングが開催都市の提案する追加種目になるとは限らない。それでも小武は、「新しい扉を開きたかった」と続ける。

「スポーツクライミングの場合、学生のうちに世界1位のレベルに達していないと学校を卒業した後も競技を続けるのは厳しいんですね。卒業してから成長する人だっているはずなのに、競技を続けられる環境はほとんどない。クライミングジムで働きながら大会に出るケースもありますけど、クライミングジムで働いていても大会のために休みが取れなかったり、仕事が忙しくて競技から離れてしまう人もいる。

 だから、競技に専念できる環境を手に入れる選択肢がほかにもあることを、これから卒業する選手たちに伝えたかった。いまは関係ないと思ったとしても、パリ五輪でスポーツクライミングが実施されることになった時に、私のようにアスナビのことを思い出してもらえればいいなって」

 就活というトンネルの出口が見え始めた小武が、再び来春以降も世界で戦うには2月のボルダリング・ジャパンカップ(以下BJC)で上位の成績を残さなければならない。短大生活も卒業を残すだけで、さぞかしトレーニングにだけ専念できていると思いきや意外な答えが返ってきた。

「年末年始は北海道の実家に帰る予定ですけど、それ以外は普通に学校があるので、すぐに東京に戻らなきゃいけないんです。授業はあるし、テストもあるし、栄養士実力認定試験やフードスペシャリスト資格認定試験もある。でも、いままでもそのなかでやってきているので。BJCでは表彰台に立てるように頑張ります」

 小武は2012年に初めてBJCに出場してから過去5大会(2015年は不出場)のうち、決勝に3度進みながらも、いまだ表彰台に立った経験はない。最後に来年の抱負を訊いた。

「最近は月日が経つのが早いんですよね、本当に。だけど、まわりの人たちからは、二十歳からはもっと早くなるって聞いているので、一日一日を大切に過ごしていきます」

画像

(c)ICHIRO Tsugane

小武芽生(こたけ・めい)

1997年5月18日生まれ、北海道出身。身長154cm。

小学5年生でクライミングを始め、高校1年の2013年に全日本クライミング・ユース選手権リード競技大会ユースAで優勝。その後1年間のアメリカ留学を経て、2016年に女子栄養短期大に進学したのを機に上京。ボルダリングW杯は2016年中国・重慶大会4位、2017年中国・南京大会6位。

フリーランスライター&編集者

出版社で雑誌、MOOKなどの編集者を経て、フリーランスのライター・編集者として活動。最近はスポーツクライミングの記事を雑誌やWeb媒体に寄稿している。氷と岩を嗜み、夏山登山とカレーライスが苦手。

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