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64ビットRISC-Vマイクロプロセッサを出荷したルネサスが大きく変身

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

 Armに代わる無料のCPUコアとして注目されているRISC-Vコア。この64ビット版の汎用マイクロプロセッサ(図1)をルネサスエレクトロニクスが開発、サンプル出荷を始めた。RISC-V(リスクファイブと発音)はフリーのCPUコアであり、OSのLinuxのようなフリーのオープンソースである。誰がこれを使って開発してもライセンス料は要らない。

図1 ルネサスがサンプル出荷した64ビットRISC-Vマイクロプロセッサ 出典:ルネサスエレクトロニクス
図1 ルネサスがサンプル出荷した64ビットRISC-Vマイクロプロセッサ 出典:ルネサスエレクトロニクス

 ただし、ゼロからCPUコアを使えるレベルまで開発しようとすると長い期間がかかり、ビジネス機会を失ってしまう恐れがある。そこで、マルチコアやパイプライン構成にも対応して使えるレベルのRISC-Vコアをすでに設計している企業の製品を利用すると最も手っ取り早い。ルネサスは台湾のIPベンダーであるAndes TechnologyのRISC-Vコアを利用して64ビットのマルチコアを導入したマイクロプロセッサを開発した。ルネサス自身がフリーのRISC-Vコア(OSで言うところのマイクロカーネルのようなもの)を使ってマイクロプロセッサやアプリケーションプロセッサを開発する能力はもちろんあるが、T2M(Time-to-Market)を優先して、今回はAndesから購入した。当然、完全フリーのRISC-Vコアも開発も始めている。

 ルネサスはこれまでArmコアのSoC(システムLSI)や独自のコアでのマイコンなどを開発してきたが、これまでの製品にRISC-Vの選択肢も増やした。ITやエレクトロニクス産業ではArmからRISC-Vへ移行するものではなく、共存すると考えられている。RISC-Vはフリーとはいえ、実用的な性能・機能を満足させるためにはこれをコアとして半導体回路やソフトウエアを開発しなければならない。そのためのエコシステムがとても重要なカギを握る。

 Armが圧倒的に強いのは、1000社からなるパートナーのエコシステムを構築しているからだ。新製品を開発発表しても、すぐにソフトウエアを作ってくれるパートナー企業がいる。実はルネサスも独自コアやArmコアを中心としたパートナーエコシステムができている。ここにRISC-Vも加えることで、パートナー企業が集まりやすい環境がある。

顧客がすぐ使える環境を作ること

 今回、発表した64ビットRISC-Vコアのマイクロプロセッサは、顧客のためにソフトウエアを書いてくれるパートナー企業が必要となるが、そのためのルネサス全体のエコシステムを広げていく。ルネサスは単なるチップ設計・製造だけではなく、リファレンスデザインボードやソフトウエアも一緒に提供し、顧客はそれをすぐに試すことができる。半導体メーカーにとって今や単なるチップ売りではなく、チップをどう使えば機能や性能を発揮できるかを示すためのソリューションも提供しなければならない。メモリのような大量生産品ではそのようなソリューション提供は要らないかもしれないが、SoCソリューション提供がビジネスのカギを握る。

 この考えは実は、SoC以外の半導体にも広がっている。よく、技術で勝ったのにビジネスで負けた、という言葉があるが、実は応用技術で負けていることが多い。すなわち応用技術を提供していないからビジネスを取れないのである。例えば、GaNという新しい半導体は、開発の段階を通り越してビジネスの競争段階に入っており、スマホの急速充電に多数使われている。この市場ではNavitas社がトップであり、電源の小型化、効率化ではPower IntegrationがGaNデバイスのトップ企業である。つまり、使い方を熟知しているメーカーがデバイスの応用を示し顧客がすぐに使えるボードを提供した企業が勝ち組になる。GaNビジネスは初期に開発した企業がもう完全に抜かれた状況になっている。

シリコンバレー流ビジネスを持ってきた

 ルネサスが今回、時間をかけてまでフリーのRISC-Vコアでプロセッサを開発するのではなく、使えるレベルに完成させたAndesのRISC-Vコアを使ったことはT2Mの点で理に適っている。そしてフリーのRISC-Vコアを使えるレベルまでブラッシュアップする作業は時間をかけて進めていく。この2段階の開発を進めるという考えは実はシリコンバレーからもたらされたものだ。つまり今回の開発を指揮してきた産業・IoT向けグループのリーダーであるSailesh Chittipeddi氏は、買収した旧IDTの経営陣の一人だった。ルネサス社員のなかで今や日本人が50%を切る状況になり、ルネサスは海外の知恵を採り入れ、海外企業と渡り合える企業に変身した。

 これまで何回かSaileshさんの話を聴いて、とてもアンテナが高く、情報収集能力の高いことを理解できた。最先端のテクノロジーやITトレンドを即座に取り入れて指揮するという、このやり方こそシリコンバレー流儀といえる。2021年に前年比39%成長したルネサスはもはや、昔のダメルネサスではなくなった。今後の成長が楽しみだ。

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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