韓国政府が半導体技術者の海外企業への転職や技術供与を阻止する法案を提出することになった。2月5日に日本経済新聞が報じた。半導体世界トップのサムスン電子などの技術者を中国企業がスカウトする事例が増えていることに対処するものだ。核心技術を海外に流出させた場合、刑罰を「懲役3年以上」に厳罰化するなどの技術流出防止策を打ち出す。

80年代後半は日本のエンジニアがサムスンに

 かつて、サムスンは日本の半導体企業に対して、技術者を土日のアルバイトとして韓国に連れてきたことがある。1980年代後半の日本の半導体が世界一になった頃の話しだ。これは有名な逸話だが、当時安月給の半導体技術者に対して土日のアルバイト代で月に40万円を払っていたといわれる。実際、大手電機メーカーからそのまま韓国に住み着いて、コンサルティング業という肩書を持つ元エンジニアもいた。

 その前にサムスンはこれからの成長産業としてDRAMメモリを開発・製造することを決めていたため、日本の半導体メーカー(事実上、大手総合電機メーカー)たちを1軒1軒回り、ライセンス供与してくれるように依頼していた。しかし半導体部門を持つ総合電機メーカーは全てサムスンの依頼を断った。このため、サムスンは仕方なくマイクロンからDRAMのライセンスを受けた。後になってみれば結局、これが奏功した。

 DRAMというメモリはシリコンウェーハから出発する製造プロセスがその歩留まりを大きく左右するため、ライセンスを受けても実際に細かいノウハウを知ることはできない。そこで、日本の半導体技術者に目を付け、土日のアルバイトで教えを請うことになった。

細かい製造ノウハウは日本、応用はマイクロンから

 サムスンのしたたかな所は、細かい製造ノウハウは日本から受け、将来花開く応用分野はマイクロンから得たことに尽きる。というのは、マイクロンはDRAMに積極的に力を入れると宣言した1984年からコンピュータのダウンサイジングのメガトレンドをしっかりと見据え、将来はメインフレームからパソコンが主流になるという流れを捉えていたからだ。マイクロンは米国の大手半導体メーカーが日本勢に押されてDRAM事業を止めるのに対して、84年にこれから強化すると言い出したのだ。このため当時は実力がまだ弱く、DRAMを手掛けていたモステック社やインモス社から優秀なエンジニアを採用するなどしてDRAMを強化し出したばかりだった。

 余談だが、アイダホ州に本社を構えるマイクロンが2種類のチップを世に出したという逸話も有名だ。2種類とは半導体チップとポテトチップのこと。

図1 マイクロンの東広島工場 撮影筆者
図1 マイクロンの東広島工場 撮影筆者

 これに対して日本の半導体はコンピュータのダウンサイジングの動きを知らずに相変わらず高価なメインフレーム向けのDRAMを作り続けて90年代に突入した。マイクロンはインモスの天才設計エンジニアの知恵を活用、パソコン向けにいかに低コストで作るかに集中してきた。銀行や基幹産業などに使われるメインフレームコンピュータ向けのDRAMには誤り訂正や冗長回路などを集積したりしていたため、チップ面積は大きくなっていた。これに対してパソコンはちょっとしたフリーズのようなソフトエラーに対しては再起動するだけで済むため、DRAMチップには余計な回路を搭載しない方針を、筆者が取材した84年にすでに打ち出していた。

 1995年にサムスン、その後マイクロンが256MビットDRAMをリリースした時になって初めて日本の半導体メーカーはこんな安い価格では作れない、とショックを受けた。サムスンが発表した時は、「韓国は人件費が安いからね。DRAMでわが社は安売り競争しない」と国内半導体メーカーのトップは平然と筆者に語った。DRAMの製造コストに占める人件費は、ある業界コンサルタントによると、5~8%しかない。つまりDRAM製造には人件費はほとんど関係しないのだ。だから人件費の高い米国マイクロンが発表した安いDRAM製品に日本の半導体企業はびっくり仰天した。黒船到来とかマイクロンショックとか言われた。逆に言えば日本の半導体経営者がDRAM原価について無知だったといえる。その後の日本半導体の凋落とサムスンの快進撃は周知のとおりである。

 今回、韓国が中国企業を意識して技術者をつなぎとめる政策を打ち出したことに対して、日本政府はこれまで何の手立ても講じてこなかった。民間企業の施策に補助金を出すことをしてこなかったツケが日本の半導体を弱くした一因でもある。今回、韓国政府は、核心技術を持つ企業に対して、技術者をつなぎとめるための補助金制度も創設するとして、高度な技術者に支払う特別手当の内3割を政府が負担するという。日本政府は、民間企業が複数社集まりコンソーシアムを作れば補助金を出したが、コンソーシアムは官僚の天下り先としても機能した。