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「インフィニオンが設立したオーストリア300mm新工場は欧州の野心」

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

ドイツのインフィニオンがオーストリアに2番目の300mm工場をオープン、そのセレモニーでインフィニオン関係者だけではなく、オーストリア連邦政府やフィラハ市長、欧州委員会(EC)をはじめ欧州全体がこの工場開設を祝い、半導体産業を盛り上げることで一致した。「いよいよ欧州のキャッチアップが始まった」と表現する人もいて、欧州は半導体の世界シェアを今の10%から2030年に20%へ上げるという目標に本気で取り組んでいく姿勢をうかがい知ることができた。

図1 薄い300mmウェーハを生産するインフィニオンの関係者たち 真ん中がインフィニオンCEOのラインハルト・プロス氏、右が同COOのヨッヘン・ハネベック氏、左がインフィニンオーストリアCEOのザビーネ・ヘーリシュカ氏 出典:Infineon Technologies
図1 薄い300mmウェーハを生産するインフィニオンの関係者たち 真ん中がインフィニオンCEOのラインハルト・プロス氏、右が同COOのヨッヘン・ハネベック氏、左がインフィニンオーストリアCEOのザビーネ・ヘーリシュカ氏 出典:Infineon Technologies

これは、インフィニオンがオーストリアのフィラハに300mmウェーハのプロセス工場をオープンし、セレモニーをリアルとバーチャルのハイブリッドで開催した9月17日に欧州やオーストリアの関係者たちが話していたシーンである。インフィニオンは300mm工場をすでにドイツ国内のドレスデンに持っているが、今回は2番目の工場をオーストリアのフィラハ市に設立した。この工場の特長は、300mmウェーハといっても髪の毛(直径70~100ミクロン)よりも薄い厚さのウェーハを扱うこと。つまり、数十A(アンペア)以上の電流をオンオフできるパワー半導体を生産するのであるが、この半導体は厚さが薄ければ薄いほど熱を外へ排出できる。だからこそ、インフィニオン側は、髪の毛よりも薄い300mmウェーハを扱う工場であると何度も表現した。

2018年に工場建設に着手

 工場建設に着手したのは2018年。2022~23年ごろから本格的に立ちあがるEV(電気自動車)需要を見据えて、パワー半導体の需要拡大をビジネス機会だと捉えたからだ。翌年は世界半導体産業が2017~18年のメモリバブルが弾けて落ち込んだが、インフィニオンは売上額を落とさなかった。

今回、予定よりも3ヵ月前倒して工場を稼働させた。今が半導体不足の真っ最中だからである。

 この工場オープンに際して、インフィニオンはオープニングセレモニーを開催、その様子を日本からもバーチャルで見ることができた。本来なら出張でオーストリアまで行かなければならない所、新型コロナによりバーチャル開催となったため、日本からでもセレモニーに参加・取材できた。

 オープニングセレモニーでは、ECの委員の一人ティエリー・ブルトン氏のビデオで参加し、彼は「半導体は今やあらゆる産業に欠かせない重要なモノになった。クルマや航空機、スマートフォン、パソコンなどさまざまな応用に使われている。産業だけではなく社会にも浸透してきた。ところが今は半導体不足を迎えている。欧州はまだ十分な半導体を持っていない。今回インフィニオンが新工場を設立したことは強く歓迎する」と述べている。

 さらにはEC関係者の中には、「新しい工場は欧州の野心(ambition)である」と表現する人もいた。

 オーストリアのフィラハ市長も「フィラハの市民の65%はハイテク企業に勤めている。既存のインフィニオンの工場を拡張して新工場を作ってきたことは、フィラハはインフィニオンと一緒に歩んできたといえる」と表現した。今回の工場建設には延べで180万時間を要し、900名が建設現場で働いた。使ったコンクリートは7万立方メートル、使用した鉄鋼は1.5万トン、工場に這わせたケーブル接続の長さは1500kmにも及ぶ。この1年間は新型コロナ禍の中で作業したが、作業者を突き動かしたのは「フィラハの思い」だったとしている。

 

半導体はカーボンニュートラルにも欠かせない

 セレモニーに先駆けて開かれた記者会見では、インフィニオンのCEOであるReinhard Ploss氏は、「(同社は)モビリティ(自動車や電車、航空機などの輸送手段)やエネルギー効率を上げるための半導体で成長してきた。これまで(DRAM子会社キモンダの倒産という)経営危機があったが長期的な視点で投資してきた。新工場で何を作るかは、製品と応用で決まる。EVやソーラー、風力など高電圧で少ないロスが求められる分野、デジタル化とそのための電源に向けたICなどの半導体を生産する。さらに地球温暖化という大きなロスにも挑戦している。300mmの薄いウェーハは成長を続けるためのカギとなる」と述べている。

 半導体はあらゆる産業だけではなく社会を賢くするスマート化の頭脳となり、パワー半導体はその手足となる。人間の手足にも脳に匹敵するような神経があり、脳(MPUやMCU、SoC)と、手足を動かす筋肉(パワー半導体)は近くにいて連携しているとも言われているように、MCUとパワー半導体がEVやソーラー、ロボットなどの機械を動かすのに威力を発揮する。インフィニオンがサイプレスを買収した動機の一つはマイコン(MCU)を充実させたかったことがある。

 賢いクルマ、すなわち自動運転車や、賢いエネルギー、すなわちロスの少ない効率の良いエネルギーの実現は、カーボンニュートラルを実現する技術でもある。消費電力を下げて省エネを推進する重要な技術が半導体でもある。欧州の人たちの話を聞いて、半導体は、EVを発展させるだけではなくカーボンニュートラルを実現する手段でもあることを彼らはよく知っていると思った。

 翻って日本はどうか。半導体の世界シェアが10%まで落ち、ICのシェアとなると6%まで落ちている。これを救おうという意思は未だに総合電機からは出てこない。半導体に政府が肩入れすることを良く思わない人たちが総合電機に大勢いるからだ。半導体は外から買えばよいという態度でいる限り、IT/エレクトロニクスは世界に負けたままから抜け出せない。GAFAMに匹敵する企業が日本から生まれないことにもつながっている。

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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