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デジタルトランスフォーメーションの時代だからこそ、アナログ半導体に注力する

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

アナログ・デバイセズ社が同じアナログ半導体のマキシム・インテグレーテッド社を買収提案した時、TI(テキサス・インスツルメンツ)のアナログ半導体戦略とよく似ているな、と思った。アナログ半導体では、TIは断然トップで2位以下を大きく離している。現在2位のアナデバは、TIという巨人を打倒することが目的ではない。買収した目的は、デジタルトランスフォーメーションへのソリューションを強化するためだ。

図1 アナデバ、マキシムの経営陣 出典:Analog Devices
図1 アナデバ、マキシムの経営陣 出典:Analog Devices

「デジタルトランスフォーメーションなのにアナログ半導体とはいったいどうして?」と思われる方が多いだろう。デジタルという言葉は、現在もっとわかりやすく言えばコンピュータそのものである。コンピュータは実は我々の生活に知らずしらずの内に入り込んでいる。スーパーコンピュータやパソコンだけがコンピュータではない。おうちの電気釜や洗濯機、冷蔵庫にもコンピュータが入っている。最近のお風呂の湯沸かしにも入っている。

今やそこら中にコンピュータ

 電化製品に入っている小さなコンピュータはマイクロコントローラ(通称マイコン)と呼ばれる半導体だ。マイコンは、パソコンやスパコンと同じようにCPU(中央処理装置)とメモリ(ROMとRAM)、さらに周辺インターフェイス回路を1チップに集積したシリコンであるが、演算よりも制御を主目的とする。おいしいご飯の炊き方は、「はじめちょろちょろ、中ぱっぱ、赤子泣いてもフタ取るな」と昔から言われているように、火加減のシーケンスがほぼ決まっている。おいしいご飯のレシピ通りに火加減(ヒーター)のシーケンスをマイコンにプログラムしておく。

ただ、もう少し賢くする。温度センサを付けておき、決めた温度になると、ヒーターに流す電流を適切な値になるまで調整する。それもセンサを複数設置しておけば、ヒーターに流す最適な電流を求めることができるため、ムラのない温度で炊き上げることができる。

センサを付けて環境の状態を認識して、環境そのものを改善するように制御する技術こそ、デジタルトランスフォーメーションである。工場で使えば工場の生産性を上げたり、故障する可能性のある装置を予知保全で守ったりするインダストリ4.0となる。オフィス環境では、センサがまだないためオフィス環境や生産性向上が遅れていた。しかし、最近、日立製作所が職場で働く社員のスマホに内蔵しているセンサのデータを元に、職場が快適になるように可視化するアプリを開発、その専門会社を子会社化した(参考資料1)。

別な表現をすれば、デジタルトランスフォーメーションには必ず、センサとアナログ回路、デジタル変換、コンピュータ回路、デジタル出力あるいはアナログ出力、送受信無線回路などの電子回路や電源回路を使う。デジタル回路のコンピュータ以外は、ほとんどがアナログ回路といってよい。つまりアナログ半導体が必要なのだ。人体も地球も周囲の環境も全てアナログの世界だからだ。コンピュータというデジタル回路で表現できる部分はとても限られている。また、そのデジタル回路でさえ、アナログ回路を1と0で表現したものである。つまりアナログ回路こそが全ての電子回路テクノロジーの基礎となる。このため、アナログ回路に熟知したものはコンピュータの高速化などに貢献できる。

理に適ったアナデバの買収

 アナログ・デバイセズはA-D/D-Aコンバータに強かった。しかし、これからのデジタルトランスフォーメーションのシグナルチェーンを見れば無線送受信回路設計のキモとなるRF回路設計を強くするため、ヒッタイト・マイクロウェーブ社を買収し、電源回路を強化するためリニア・テクノロジーを買収した。そして今回、高速インターフェイスやASSP(専用IC)、低消費電力の電源ICに強いマキシムを買収した。全て自社の弱いアナログ回路を補強するための買収である。

TIがアナログに注力すると決めた後の戦略も同様だった。汎用ロジックや汎用アナログに強かったTIは、高精度に強いバーブラウンを買収し、低消費電力の無線回路に強いチップコン社、電源用半導体に強いナショナル・セミコンダクタを買収した。自分の弱点を補強するため、買収して強化していく。まるで野球のメジャーリーグと同じ考えだ。

これに対して日本企業の買収は、同じ製品を持つ企業同士を合併させて組織の無駄を省くリストラ型だった。銀行同士の合併、半導体企業同士の合併も全く同じ発想だった。これでは世界と真っ向から戦わなければならない半導体企業としては負け戦だった。銀行のように国内だけの企業ならまだマシだったから、財務省も経産省も世界の動向を知らずに日本式で合併させたのである。その銀行でさえも、強い銀行出身者が弱い方を追い出すといった派閥争いに終始し、ビジネス的には成功したとは言えなかった。派閥争いという無駄な社内競争をしている限り、世界企業には勝てない。

今は、本質を見極め、弱点を強化して成長するという世界の方式こそ、生き残る戦略になっている。このためデジタルトランスフォーメーションという新成長分野の本質を見極め、自分の弱点を強化するアナデバの戦略は理に適ったものになり、相乗効果が期待できる。そろそろ、旧エルピーダメモリやルネサスエレクトロニクスから卒業して、世界に勝てる戦略を立てる時期に来ている。旧エルピーダは米マイクロンに買収されて良かったという社員の声をよく聞くようになった。最近は、旧富士通半導体出身者の多いサイプレスには、早くインフィニオンに買収されたいと期待していた社員も多かった。その夢は4月にかなった。日本半導体企業が早く世界ルールに則り、世界と戦えるようになることを望む。

参考資料

1. 日立製作所、幸せの可視化アプリ提供の新会社を設立する(2020/7/8)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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