1月中旬に東京ビッグサイトで開催された第12回オートモーティブワールドでは、これから買収されようとする企業の社員が早く買収されたいという声を聞き、彼らの気持ちの高まりを感じ取った。一方で、相乗効果のない事業部門でも買収提案されたら何が何でもそれを手放さない、という日本の企業経営者の姿勢との大きな差を見ることができた。

図 第12回オートモーティブワールドの一風景 筆者撮影
図 第12回オートモーティブワールドの一風景 筆者撮影

ここで買収しようとしている企業がドイツのインフィニオンであり、買収されたいと社員が浮足立って期待が先走っている企業が米サイプレスだ。また、日本の企業経営者とは東芝のトップである。ガラスメーカーのHOYAが東芝の子会社で半導体製造装置を作っているニューフレアテクノロジーの買収を提案した時に示した東芝の経営者はまるで駄々っ子のようだった。

インフィニオンがサイプレスを買収するとクルマビジネスで極めて大きな効果がある。単に売上額の足し算によるものではない。互いに重なる製品はほとんどなく、しかも共にクルマ向け半導体事業に力を入れており、大きく伸びそうなことがはっきり見えるからだ。クルマメーカー(OEM)にはワンストップショッピングで製品ポートフォリオを示すことができ、それらを使ってシステムを提案できるのだ。これからの半導体ビジネスを先導するような仕掛けだといえる。

自動車産業は一番上にOEMがいて、その下にデンソーやボッシュ、コンチネンタルなどのティア1サプライヤ、その下に電子部品や半導体などのティア2サプライヤがいるという産業構造である。最近は半導体メーカーがOEMに直接、新しいシステムを提案するようになってきた。このため、開発するシステムを直接クルマメーカーに提案できることは極めて有利だ。OEMは提案内容のメリットを享受できるだけではなく、新しいハイテクをいち早く取り入れることができるからだ。かつてはBMWが、最近ではAudiが進取の気性ともいうべき新しもの好きなOEMである。

インフィニオンはパワー半導体だけではなく、レーダーやジャイロなどのセンサ半導体も持っており、ハイパワーのパワーマネジメントIC、さらにはセキュリティを担保するセキュリティマイコンにも強い。片やサイプレスはアナログ回路もプログラムできるマイコンのpSoCの評判が良くさまざまなセンサやインターフェイスIC、タッチセンサなどにも応用している。クルマでは、これからのコックピット向けにマイコンベースでグラフィックスを描画できるICや中小のパワーマネジメントICなどもある。クルマへの応用として両社の持つ全ての製品を使ったソリューション提案ができるのが最大の強みだ。このことは買収される側のサイプレスの社員が熟知しており、両社の相乗効果に大きな期待を寄せている。

ビッグサイトで開催されたこの展示会では、出展したサイプレスの社員が買収の決定をまだかまだかと待っている様子を感じ取れた。相乗効果で両社とも強くなれることをよくわかっているからだ。インフィニオンもこれでクルマ向け半導体のトップメーカーになれることで期待に胸を膨らましている。これほど相乗効果が期待できる買収も珍しい。

ところが、東芝の子会社であるニューフレアテクノロジーが買われることに東芝が断固として反対した姿勢は全く理解できない。東芝にとって相乗効果のない部門だからだ。先端半導体製造に必要な電子ビーム露光装置を設計・製造しているニューフレアは、自社内では使い道がない。他社に売るために電子ビーム露光装置を作っている。

ここにガラス製造のHOYAがニューフレアへの買収を提案した。ただ、いきなり買収提案したわけではない。HOYAは2017年からニューフレアとの提携話を東芝に持ち込んできていたが、肯定も否定もしない煮え切らない態度が続いていた。ところが2019年11月にいきなり東芝がニューフレアの株式をTOB(公開株式買付)で買うことを発表したため、そのひと月後にHOYAはニューフレアを買うためのTOBを仕掛けた。

HOYAは半導体製造に必要なガラスマスク(回路パターンを形成したガラス基板)とマスクブランクス(ガラス一面をメタルなどでマスクした基板)を製造しているが、マスクブランクスから電子ビーム露光装置で回路パターンを描く。HOYAは今、外部から電子ビーム露光装置を購入しているが、自社で装置を持っていれば、顧客からの要求で装置を改良したり発展させたりすることができる。半導体の微細化技術は最先端の7nmプロセスから、X線のように波長の短いEUVリソグラフィ技術を使うようになったが、そのマスクも電子ビーム露光装置が製造する。最先端の顧客にも対応でき、HOYAのビジネスは半導体関連分野で広がるはずだった。

東芝にとってはほとんど相乗効果がないのにもかかわらず、ニューフレアを大事に持つ意味はどこにあるだろうか。むしろHOYAは東芝が実施する株価よりも1000円も高く買うわけだから、今のうちに売却する方が良かったのではないか、と考えることはごく自然である。

これまで総合電機の経営者の姿を見てくると、自分で判断もその材料も持っていないのにもかかわらず、事業を手放さず持っていたいという気持ちが強すぎるようだ。例えば、NECは半導体部門をNECエレクトロニクスとしてスピンオフさせたが、株式の8割以上を持っていた。親会社-子会社という関係を維持しているため、人事権も親会社が持つ。子会社が好きなように経営しても親会社が気に入らなければ子会社のトップはすぐに外へ飛ばされる。海外の優良企業の経営者ではこんな非合理なことはありえない。例えばフィリップスから独立したNXPセミコンダクターやリソグラフィのASMLなどは子会社ではなく、フィリップスの持つ株式は10%程度、現在はゼロになっている。スピンオフした以上、自分で稼ぐことが条件である。シーメンスから独立したインフィニオンも同様だ。経営者自身が理解できないビジネスは持たないことが原則だからだ。

日本ではひたすら様々な事業部を天下に収めることが経営者の仕事になっている。しかし、企業を成長させ、社員や株主をハッピーにさせることが経営者の使命ではないか。東芝はこれから10年間、どうやって成長させ社員や株主をハッピーにさせるのか、いつになったらその意志が発表されるのだろうか。

                                                       (2020/01/29)