空飛ぶクルマを3回目の起業に選んだ日本人女性実業家

 8月2日金曜日に日本の官公庁が提案する「空飛ぶクルマ」の記者発表会でのプレゼンを聴き、翌週月曜日にNECの我孫子工場での実験を見た時、技術とインフラ、エコシステムなどのロードマップが示されず、全く遠い非現実的な話だと感じた。どんなに早くても2030年代にならないと実現は無理だと思った。

 ところが9月13日にEDA(Electronic Design Automation)企業最大手のSynopsys社が主催するユーザーズコンファレンスSNUG Japan 2019の基調講演で、日本人女性実業家のカプリンスキー真紀氏(図1)のプレゼンテーションを聴き、その後のQ&Aでのディスカッションを通してみると全く違った思いをした。空飛ぶクルマは2020年代の中ごろには第1弾が始まり、その次の段階で2030年代に実用化する、というロードマップを同氏が示した。

図1 日本人女性実業家のカプリンスキー真紀氏は3度目の起業で空飛ぶクルマを事業化 撮影:筆者
図1 日本人女性実業家のカプリンスキー真紀氏は3度目の起業で空飛ぶクルマを事業化 撮影:筆者

 空飛ぶクルマは、クルマ同士あるいはクルマと建物や木々、電線などとの衝突を絶対に避けなければならず、自律運転が必須となる。衝突すれば地上に落ちてしまい、地上の人間や建物ともさらに激突するからだ。自動車事故と違い、人間の不注意は絶対に許されない。このため、個人が運転するのではなく、ボタン一つで自律運転できなければ実用化は無理である。

 真紀さんは、完全自律運転はまだ先の話であるため、まずはプロのパイロットが操縦する、バスや電車での駅に相当する、ヘリポートよりも小さなヘリパッドを介在する、というシステムを想定している。彼女の提案する空飛ぶクルマ「Aska」は、電動式垂直離着陸機eVTOL(Electric Vertical Take-off and Landing)と、電動式短距離離着陸機eSTOL(Electric Short Take-off and Landing)の両方の機能を持つ。eVTOLだと、離陸時のエネルギーが極めて大きすぎるからで、離陸場所によってはeSTOLを使えるようにしておきたいからだ。米国のシリコンバレーに在住する彼女によると、ヘリパッドの概念は空飛ぶクルマの第1歩のインフラになるという。

図2 空飛ぶクルマ「Aska」の想定デザイン 出典:NFT Inc.
図2 空飛ぶクルマ「Aska」の想定デザイン 出典:NFT Inc.

 なぜ空飛ぶクルマの事業会社を起業したのか。真紀さんは理系ではない。高校卒業後、すぐに英国へ渡り、懸命に勉強して大学に入学し心理学を学んだ。その後はイスラエルの大学院で実験心理学を勉強した後、日系企業に入った。しかしその企業は撤退したため、自分で起業した。のちに結婚相手となるガイ・カプリンスキー氏と共に事業を立ち上げたものの、大変苦労した。しかし、事業が安定したころにガイと結婚し、3人の子供をもうけた。起業して10年たった頃、日本で起業したいと思い、アプリケーションソフトを開発するプラットフォームの会社を興した。IoTデータを分析し可視化するというソフトウエアプラットフォームだ。最初の4年間で貯金を使い果たしたものの、IoT時代だったことで600万ドルの資金調達に成功、2017年にその事業をGEに売却、3回目の起業となった。

 空飛ぶクルマの事業会社はNFT Inc.と名づけ、Next Future Transportationから命名した。空飛ぶクルマを手掛けるのは、通勤時間を短縮し、家族と一緒にいる時間を長くしたいという、3人の子供の母でもある女性ならではの発想からだ。

 当初は、ヘリパッドを利用し、ヘリパッドからヘリパッドへ移動する。自宅からはヘリパッドまでクルマで行き、空飛ぶクルマに乗り換える、という現実路線で行く。NFT社が手掛けるAska(日本語の「飛鳥」から命名)は、折り畳み式の翼を持ち、陸上ではクルマとして機能し、離陸するとドローンあるいはミニ飛行機として機能する。

 Askaは1回の充電で240kmの飛行を目指す。これは、競争する対象があくまでもクルマであり、飛行機ではないことから、30km~300kmの移動距離を想定している。300km以上だと航空機の方が圧倒的に有利であるため、300km以内の移動に使うと、ターゲットは明確だ。

 但し、ビジネスとして成り立たせるためには、ヘリポートと契約し、サブスクリプションモデルで月額450ドル程度に収めるように機体やヘリポートの技術開発を進める。すでに空の交通整理を行うベンチャーもシリコンバレーに登場しているという。これによってフライトルートを確保し、現実路線を進める。市場投入時期は2025年を目指す。

 機体の開発は外部に依頼するが、共同で常にコミュニケーションを取りながら進めている。自律飛行のためにセンス(検出)&アボイド(回避)技術を1台ずつ搭載する必要があり、外部企業とパートナーシップを結び協力しているという。クルマ用の半導体設計に強いSynopsysに、セキュリティ面で期待しているとし、自動車の機能安全とセキュリティのシステムをAska開発に生かしていくという。真紀さんは来年にはテスト飛行にこぎつけたいとする。

 Askaの開発やインフラとの協調で現実路線から進めていくのに対して、日本の空飛ぶクルマプロジェクトは、ドローンの無人運転から始まり、次に有人運転へと言うだけで、センス&アボイドのような衝突防止技術については全く言及すらしていなかった。ドローンの自律運転とは、離陸直後の地面からの風の跳ね返りによる姿勢制御のことを指していた。ある意味、日本のプロジェクトは安全面に関してもまだ言及されず、絵に描いた餅を見せつけられただけ、という発表会であった。未来に向けた事業を進める姿勢に大きな温度差を感じた。

 シリコンバレーでNFT社を起業したが、社員には米国人に加え、日本人もイスラエル人もおり、多様化による力を取り入れている。もちろん女性社員が多いことは言うまでもない。シリコンバレーのハイテク企業は多様化そのもので、ある調査会社の調べによると、ハイテク企業における米国国籍を持つエンジニアと非米国籍のエンジニアとの比率は半々、女性正社員と男性正社員との比率も半々である(参考資料1)。

参考資料

1. 「どっこい、シリコンバレーの隆盛は10年以上続く、SVL Groupが調査」、セミコンポータル、(2012/05/02)

                                                       (2019/9/23)