このところ、シリコンバレーで起業する半導体メーカーが極めて少なくなった。日本では半導体産業が落ち目の産業と言われ続けて何年も経つ。米国でも同じだよ、という声を昨年米国で聞いた。一方で、グーグルやアマゾン、アップル、ヒューレット-パッカードなど半導体とは無縁のシリコンバレー企業が半導体チップを作り始めた。この状況をどう読むか。

図1スタンフォード大学日米技術管理センターのリチャード・ダッシャー教授(筆者撮影)
図1スタンフォード大学日米技術管理センターのリチャード・ダッシャー教授(筆者撮影)

実はこの1年、シリコンバレーの様子を伝えようとして取材したものの、日本人のVC(ベンチャーキャピタリスト)は半導体に対して否定的だった。一方でスタンフォード大学のRichard Dasher教授は、時代の変遷によって半導体の役割が変わってきただけであり、重要な産業であることは間違いない、と肯定的だった。シリコンバレーにはもはや半導体の起業が少なくなってきており、もはやシリコンバレーという名は適切ではないという意見が多かった。ではこの状況をどう読むか。Dasher教授とのディスカッションの中で、「シリコンバレーではなく、イノベーションバレーと呼ぶべきではないか」と仮説をぶつけてみると、まさにその通りだと答えた。

それでもなお、自信がなく、シリコンバレーや半導体産業の状況を見てきたが、アップル社の半導体への本格参入(注)やヒューレット-パッカード・エンタープライズ(HPE)社の自社製半導体チップなどを見ているうちに、半導体はイノベーションのインフラだと確信を持てるようになった。

これまでは半導体は、先端のシリコンチップであることが「価値」を持っていた。14nmや16nm、あるいは10nmプロセスを使った最先端のチップに価値があった。ところがいまシリコンチップに電子回路だけではなくソフトウエアも組み込めるようになった。これからは、半導体はイノベーションのためのインフラに代わってきた、といえるのではないだろうか。チップがなければイノベーションは弱い。しかしチップそのものに価値はもはやない。チップが生み出すデータや情報に価値が移ってきたからだ。

Dasher教授は半導体の専門家ではない。言語学でPh.Dを取り、科学的言語と企業のダイナミズムやイノベーションマネージメントを研究する専門家だ。イノベーションのある分野を常にウォッチしており、半導体での最新の技術であるWLP(ウェーハレベルパッケージング)や新メモリ、3D-IC、ヘテロプロセッサデザインなどもよく知っている。

「今はグーグルやアップル、フェイスブックなどが巨大になった。スタートアップを生み出し成長させる仕組みができ、分野は問わなくなった。シリコンバレーには企業を成功させるためのテクニックがある。常に次の新しいチャンスを探している」と教授は語っている。もはや半導体シリコンに価値はなく、世の中を変える新しい何か(イノベーション)に価値が移り、それを生み出す場所がシリコンバレーだという訳だ。しかも、VCというより大企業がスタートアップを支援することになった。

2018年2月12日の日本経済新聞の1面には、グーグルやアマゾン、フェイスブックなど大手IT企業がベンチャーを買収するようになっている状況は、ベンチャーが育ちにくい面であるというトーンの記事が載っている。しかし、ベンチャーはこれからも生まれていくことは確かである。ベンチャーにVCが資金を出すというよりも、面白いベンチャーがいれば、大手ITが買収してしまうのである。この状況は起業側の意識も変えてきた。ベンチャーも、自分の技術を発展させるためには、資金力のある大手に買収されたいと思っている。ここが日本とは違う。日本には「鶏口となるも牛後となるなかれ」ということわざがあるように、大企業で使われるよりもお山の大将になるべきだ、という考えは根強い。

ただ、シリコンバレーのようなイノベーションの強い社会では、中小も大企業も関係なく水平分業がしっかり根付いており、日本の典型的な親会社(大企業)→子会社(中企業)→孫会社(小企業)→外注請負、といった垂直構造とは無縁だ。シリコンバレーは、お互いに尊敬しあい、人々の差別意識は全くないビジネス環境で、優秀ならば誰でも受け入れる、という世界である(参考資料1)。逆にシリコンバレーで事務所を設け、ビジネスをやっていきたいと願う日本の大企業は、まずその垂直構造の意識を変えなければ絶対に成功しない。起業したばかりのベンチャーや、サプライチェーンの中にある企業を、上から目線で見るようでは失敗することは目に見えている。

シリコンバレーにオフィスを構え情報収集している大企業もある。そこに社長が日本からIT大手を表敬訪問したいと言えば、空港までのお出迎えから始まり、相手の企業へのアポイントメントの取り付け、企業訪問のアテンドなど経営陣の面倒を見ている企業が圧倒的に多いが、このような企業の意識だとシリコンバレーでは成功しない。米国では表敬訪問は無意味だと解釈する企業が多いからだ。何かのテーマを一緒にディスカッションしないのであれば無駄な時間と言われるのがオチである。社長が一人で勝手にふらっと来るとか、一人で極秘に相手の企業に行くとか、夕方や朝、現地法人を訪れて食事をとりながら状況を把握する、といったトップのいる社長がシリコンバレーでは当たり前。シリコンバレーの企業とビジネスを始めるなら、この程度の一人行動ができるように経営陣が意識を変えるべきだろう。

米国のベンチャー企業は、優れた技術やビジネスモデルを持っていれば、大企業でさえ尊敬の目で見る。日本とは違う。シリコンバレーの意識は中身が問題なのだ。

イノベーションは、2000年までの半導体、2010年代のソフトウエアから、これからはシステムの時代を迎えている。つまり、半導体というハードウエアとソフトウエアの両方をテクノロジーとして持ち、さらにそれらを使ってサービスやビジネスモデルと一緒にシステムを構築していく方向に向かっている。今や半導体やソフトウエアはイノベーションのインフラとなった。ここから、医療、教育、製造業、農業、公共事業、運輸・交通、小売り・問屋、流通などありとあらゆる社会でイノベーションを起こすことができる時代になった。これを人はデジタル変革、デジタル化と呼ぶ。シリコンバレーは世界に先駆けるイノベーションバレーへと変わった。

注)AppleはiPhone開発時からアプリケーションプロセッサ(CPUにGPUや画像処理プロセッサなど異なるプロセッサを集積した半導体)は自前で開発してきた。CPUコア部分はARMからライセンス供与を受けたが、動作速度が不十分だったためIntrinsity社を買収しドミノロジック回路を導入、少ないトランジスタ数でCPUを動作させることでGHz動作を可能にした。その後、iPhone7で導入したセンサフュージョンのマイコンの外部購入を止めAPU内部への集積に変え、2017年になってGPUコアであるImagination TechnologiesのPowerVRのライセンスを断り自社開発に変えた。電源用ICともいうべきPM(Power Management)ICもDialog Semiconductorを切り、自社開発に持ち込んだ。昨年暮れには量子フィルムを使うイメージセンサを設計するファブレス半導体メーカーのInVisage Technologies社を買収した。Appleはこれまでソニー製イメージセンサを使ってきたが、Appleがこの技術をうまく使いこなせれば、ソニーを切る可能性もある。

参考資料

1. シリコンバレーは世界一差別のない所(2015/03/01)

                                                       (2018/02/14)