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スマホ・タブレット用半導体はクアルコムだけじゃない

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

最近、半導体の新しい用途はないですかね?と聞かれることが多くなった。そのたびに答えていることは「スマホやタブレットに使われる半導体はアプリケーションプロセッサ(APU)だけでではないですよ。スマホの仕組みを理解すればもっといろいろなところに半導体が使われています。この市場は大きいです」だ。

スマホは世界中でブームになっており、今回の米国でもアップルのiPhoneは相変わらず人気の的だ。次に見かける機種はサムスンだ。逆に言えばアップルとサムスンに納入できるようなチップを開発すればよいのである。彼らの話に耳を傾ければよい。

今回の米国取材でも、欧州、アジアのジャーナリストだけではなく、半導体メーカーやEDAベンダー、組み込みベンダーたちと話をすると、みんなスマホ市場を狙っている。APUと通信モデムで圧倒的なシェアを持つクアルコムだけではない。スマホ内部のテクノロジーや、自分たちの家族がどのスマホを使っているかという話も聞くことができる。日本では、スマホはもうクアルコムの一人勝ちだから、狙ってもしょうがない、という消極的な意見や、世界的なテクノロジートレンドについて行ってはいけないといった意見を述べる学者先生もいる。やはり、井の中の蛙なのだ。

世界の大きなテクノロジーの流れと一緒に乗っていけば必ず一緒に成長できる。誰も見ていない分野に向けることは実は危険が極めて大きい。市場があるかないかわからないからだ。誰もやっていないところで一発当てる、という発想は博打(ばくち)である。マーケット指向の市場経済でマーケットを見ずして、どうして経済成長できようか。

今回の米国取材は、Globalpress Connection主催のEuroAsia 2013をベースにしている。このイベントで話をしてくれる米国の企業は、モバイルコミュニケーションを軸に、スマホやタブレットはいうまでもなく、IoT(最近ではInternet of Thingsとは言わずにInternet of Everythingということが多くなってきた)、通信インフラ系、クラウド、そしてビッグデータ解析といった分野まできちんと見据えて、それに向けたチップを製品化してくる。もちろん、これらのハードに共通する電源用ICもある。クラウドはソフトウエアを貸し出すASP(アプリケーションサービスプロバイダ)ではない。自動化・自律化したシステムをクラウド上に構築することがハードウエアメーカーには求められているのだ。

もちろん、数量の出る分野はスマホそのものだ。ただし、その分、価格は安い。となると、安い価格でも設計・製造できるチップ技術を開発する。一つだけ例を紹介しよう。2001年に設立されたSilego(シレゴと発音)Technology社は、2009年ごろまではインテルのプロセッサ向けのクロックICを作っていた。クロックICとは、文字通り時刻を刻むためのICである。パソコンなどのプロセッサは決まった周波数でさまざまな命令やデータを動かす。その周波数のパルスに同期して働く。従来は水晶発振器から基準の周波数のパルスを発生させ、クロックICがそれを逓倍(テイバイと読む)して、いわゆる1GHzとか2GHzなどと言われているクロック周波数を発生させる。だからこそ、プロセッサを動かすためにはクロックICはプロセッサとセットとして使われてきた。

ところが、インテルは2007年ごろからクロック回路をプロセッサに集積するようになり、クロックICは不要になった。今年発表されている新型プロセッサはすべてクロック内蔵である。シレゴ社はさて困った。このままでは業績は落ちていくだろう。このためには新製品が必要だ。

そこで、シレゴは顧客といろいろな話をしているうちに、スマホのプリント回路基板の面積の無駄を見つけた。抵抗やコンデンサなどの受動部品や、CMOS標準ロジック、単体のトランジスタが結構使われており、数十cm2程度の基板面積を占めていた。スマホは動作時間を延ばすために基板面積を減らしても電池の面積を拡大したい。数十cm2の面積を1~2mm2に減らせばスマホの動作時間を延ばせる。そう考えた。

しかも、新しいプロセッサの開発から製品化までは数年ある。この間はクロックICも生産中のプロセッサに使わざるを得ないはずだ。だからこの間に新型ICを開発しなければならない。シレゴ社が開発したICは何とFPGAである。常識ではFPGAは高価だ。もちろん、ザイリンクスやアルテラのような何百万ゲート以上に相当するようなICは高価である。シレゴのFPGAはわずか数10ゲートもあれば十分、という声に応えた。顧客と話をしていると、「レジスタ8個分だけのICが欲しい」とか「ほんのわずかなカスタマイズだから単体の部品を集めて構成している」といった声を聞いた。こういったわずかな回路を数十ゲートのプログラマブルなFPGAで作れば、どのような客にも対応できる。

この考えがヒットした。2007年~2010年の間は売り上げがフラットだったが、この新型FPGAを出して以来、急速に伸びた。予想通り、クロックICの売上はあっという間に落ちて行き、2013年はピーク時の1/10にまで落ちそうだ。一方、1円単位で勝負する安い新型FPGAは、2009年以降、CAGR(年平均成長率)が46%と驚異的な勢いで成長してきた。この結果、会社全体としても2013年の売り上げは2009年の2倍になりそうだ。

シレゴ社CEOのイルボック・リー氏
シレゴ社CEOのイルボック・リー氏

シレゴの成功は顧客の悩みに耳を傾けたことにある。それを簡単に開発するためのソフトウエアツールも作った。これさえあれば、顧客は自分の好きな回路を簡単にしかも自由に設計できる。回路自身は簡単だから、この設計ツールは慣れると20分くらいで設計が終わるという。客の声に沿ってスマホを理解し、シレゴは市場を見つけた。諦めずにスマホの技術を理解し、市場を見つけることこそ、成功の王道である。ちなみにシレゴの社長は、「自分の名前は、Ilbok Lee(イルボック・リー)と言うが、イルボOKと言ってくれ」と冗談を言い、極めて明るい前向きの韓国系アメリカ人だ。

(2013/10/19)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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