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「未来の野球の実験室」アトランティック・リーグの挑戦

豊浦彰太郎Baseball Writer
ALPBの試合風景(ランカスターのクリッパー・マガジン・スタジアムにて)

5月末に開幕した米独立リーグのアトランティック・リーグ・プロフェッショナル・ベースボール(ALPB)は、MLBとの提携で「ロボット審判」等のユニークな新ルール実験を行うことで知られている。今季は、先発投手が降板すると指名打者も交代となる「ダブル・フック」なるルールも試行されている。また、8月からのシーズン後半戦では、投手プレートを後方に1フィート(約30cm)移動させるという極めてラディカルな試みも実行される。未来の野球の実験室であるALPBとは、どんなリーグなのか紹介したい。

その歴史

今季はアメリカ東部を中心に8球団で構成されるこのリーグは、1998年に6球団で誕生した。四半世紀に満たない歴史だが、新球団の加入や離脱は頻繁で、なんと今季から2球団がメジャー傘下に「昇格」した。その2球団の内のひとつ、サマセット・ペイトリオッツがヤンキースの2A球団となったことにより、ALPB設立時からの球団はなくなった。

独立リーグであるALPBは、メジャーリーグ機構傘下のマイナーリーグ球団とは異なり、「育成」という義務を背負っていない。逆にメジャー経験者が多く、登録選手の概ね6割は、一度はメジャーの舞台を踏んでいる。したがってそのレベルはかなり高く、選手たちはここで活躍し、メジャーはもちろん日本や韓国、台湾、メキシコなどのプロリーグでより良い契約を勝ち取ることを目指している。ユニークなのは、いつどの外部リーグ球団と交渉するのも、契約するのも自由だということだ。かつては晩年のリッキー・ヘンダーソン(史上最多の1406盗塁)が、近年ではリッチ・ヒル(現レイズの先発投手)が、ここでのパフォーマンスを認められメジャー復帰を果たした。渡辺俊介や仁志敏久など、日本人選手の在籍例もある。

夢を追う者、諦める者

ぼくは、2019年の夏にALPBでの新ルール実験を取材したのだが、その際コアなMLBファンなら、ほほぅと感じてもらえるような選手に遭遇した。

阪神でもプレーしたフォード
阪神でもプレーしたフォード

ロングアイランド・ダックスには、2004〜05年はツインズで打線の中軸を担い、08年には阪神にも在籍したリュー・フォードがいた。もう40歳を過ぎており、さすがに本人もメジャー復帰までは視野に入れていないと思うが、ダックスにとってはレジェンド的存在でコーチ兼任。ちなみに今季も現役だ。

初のアフリカ出身メジャーリーガー、ンゴエペ
初のアフリカ出身メジャーリーガー、ンゴエペ

ランカスター・バーンストーマーズには、その2年前に史上初のアフリカ出身(南アフリカ共和国)のメジャーリーガーとして話題になったギフト・ンゴエペがいた。マイナー契約を結んでいたパイレーツから解雇されたばかりで、ALPBで実績を残しメジャー復帰を目論もうというものだった。ぼくが観戦した試合は彼のALPBデビュー2戦目で、初本塁打も放った。しかし、その後彼の夢は成就していない。今季はALPBとは別の独立リーグでプレーしている。

現在は引退しているハーパー兄
現在は引退しているハーパー兄

バーンストーマーズにはもうひとり、ぼくの目を引いた選手がいた。それは、左腕投手のブライアン・ハーパーで、彼の弟ブライスは、言わずと知れたメジャーを代表するスーパースターのブライスだ。2019年、この兄弟はそれぞれ新しい球団と契約を結んだ。弟ブライスはフィリーズと13年総額3億3000万ドルで契約し、キャンプ地フロリダには球団が用意したプライベートジェットで乗り込んだ。それに対し、前年はフィリーズの2A所属だった兄ブライアンの契約先はバーンストーマーズで、シーズン中だけ支払われる月給は2000ドル、ラスベガスの自宅から本拠地ランカスターまでの約3800キロ!を自家用車を運転し移動したそうだ。ぼくが観戦した試合でリリーフ登板したブライアンは打ち込まれた。彼はその年限りで、現役を退いた。

リック・ホワイト会長の功績

ALPBを牽引するホワイト会長
ALPBを牽引するホワイト会長

一昨年現地でインタビューしたリーグ関係者の多くが、「MLBとのパートナーシップは、元MLB機構エグゼクティブのリーグ会長リック・ホワイトの人脈によるところが大だ」と語った。確かにそうなのだろうが、2019年からの新ルール実験のパートナーとしてMLBが同リーグを選んだのは、彼の人脈と政治力に加え、このリーグのレベルが極めて高く、ここでの結果をMLBで置き換えて評価することが可能であったことも見落とせない。もちろん、新ルールゆえ、なるべく傘下のマイナーリーグでの実施は避けたかった、ということもあったと思われる。新ルールにより、選手の成績が過去のそれと全く公平に比較できなくなるのは良くないからだ。

新しい試みの数々

ALPBとMLBのパートナーシップは2019年からの3年契約だ。本来なら、今年が最終年になるはずだが、2020年シーズンはMLB傘下のマイナーリーグ同様にコロナ禍で全日程がキャンセルされた。したがって、今年が2年目だ。今季、ここで試されている新ルールを総括しよう。

ALPBでは球審は「ロボ判定」を参照しボール/ストライクをコールする
ALPBでは球審は「ロボ判定」を参照しボール/ストライクをコールする

「ABS (Automated Ball-Strike System)」

一昨年後半から導入されたいわゆる「ロボット審判」だが、実際の判定は球審が下す。あくまでイヤホンで受け取るAI判断を参照するだけだ。選手や監督には意外に好意的に捉えられている。ある投手は「判定で大事なのは精度以上に一貫性だから」と語っていた。今季はMLB傘下のマイナーリーグLow-Aサウスイーストでも実施される。

「投手は最低打者3人」

先発、救援を問わず、投手はそのイニングを完了させるか、3人の打者との対戦を終えないと原則として交代できない。2020年からMLB でも導入されている。

「ベース拡大」

本塁を除く各ベースが、15インチ四方から18インチ四方に拡大されている。選手の負傷リスク軽減が目的。これも2019年からの継続。今季は、3A全球場でも採用されている。

「イニングブレイク短縮」

一昨年同様に、それ以前の2分5秒から1分45秒に。9イニングで、理論上5分40秒の短縮になる。

「投球間隔は15秒」

今季はLow-Aウェストでも実施される。

「守備シフト禁止」

内野手は投手が投球するまで、内野の土の部分に止まっていなければならない(外野の芝生に立ち入れない)。今季は2Aでも実施される。

「タイブレーク」

延長戦は走者2塁で開始される。すでに昨季からMLBでもパンデミック下での特別措置として導入されている。アメリカの場合、「判で押したようにまず送りバントから」とならないので、個人的には悪くないルールだと思っている。このまま定着もあり得るのでは?

「タイムは1試合三度まで」

延長戦の場合は10回にもう一度。それ以降は3イニングスごとに一度に制限される。

投手交代時以外ではマウンドビジットも制限される
投手交代時以外ではマウンドビジットも制限される

そして、冒頭記した通り、今季からのお目見えが次のふたつだ。

「ダブル・フック(2021年開幕から)」

DH制の有無によるア・リーグとナ・リーグのルールの折衷案でもある。

「投手・本塁間延長(2021年後半戦より)」

近年投手の平均球速が目覚ましく向上し三振が激増している。結果的にアクションが少なくなっている。これを矯正することを目指している。

もちろん、全ての新ルールの試みが日の目を見る訳ではない。2019年に試験的に導入されたもののいくつかは今季は採用されない。その代表例が、2年前にロボット審判と同じくらい話題になった一塁盗塁だ。

これは、三振振り逃げの場面以外でも打者は隙を見て一塁に走れる、というもの。ちなみに成功しても記録上は盗塁ではなく、四球同様にWalkだ(実際は走るのだが)。現場には極めて不評だった。2019年にぼくが現場で取材した計3試合では、5度ほど打者が一塁に走る好機があったが、だれもそうしようとしなかった。これに関しては、あるコーチ曰く「メジャーのスカウトにアピールするために打席に入るんだ。それを放棄して一塁に走って評価されるのか?」

中にはこのようにスベった例もあるが、多くの新ルールはALPBでのトライアルを経て、マイナーリーグでの実施段階に入っている。遠くない将来のメジャーでの採用が視野に入っている、と言えるだろう。全てに共通する思想は、「より多くのアクションを」であり「アイドリングタイムをより少なく」だ。このリーグでのプレー様式は、野球の未来の姿と言っても過言ではない。

パートナーリーグとして

2020年のオフ、MLBはマイナーリーグ組織に大鉈を振るった。階層を簡略化し、各MLB球団傘下をより地理的に合理化した。その結果、42ものマイナーリーグ球団が提携関係を解消された。彼らは大学生のサマーリーグや、MLBドラフトを目指す選手たちの敗者復活リーグとして生き残りを模索することになった。この再編成は、独立リーグであるALPBにも少なからず影響を与えたのだが、それは新たなるチャンスでもあった。

ペイトリオッツの本拠地TDバンク・ボールパーク
ペイトリオッツの本拠地TDバンク・ボールパーク

ホワイト会長は、「それは間違いなく大きな追い風だった」と評価している。まず、APBLのシュガーランド・スキーターズとサマセット・ペイトリオッツ、アメリカン・アソシエーション(AA)のセントポール・セインツの計3球団がメジャー傘下に編入された。今までも、傘下の選手がMLB球団に引き抜かれると、ALPBはホームページで大きく、肯定的に、誇らしげに報じていたが、今度は選手ではなく球団を送り込んだのだ。「これは昇格と言って良いでしょう」と、会長は胸を張る。そして、APBLは、他の独立リーグであるアメリカン・アソシエーション、パイオニアリーグとともにMLBに「パートナー・リーグ」として指定されたのだ。ホワイト会長は「とても名誉なことで、今後MLBとの連携による新たなビジネスチャンスが生まれる」と期待している。

個人的にはなんとか今季中にALPB再訪問を果たし、投手プレート後方移動とダブルフックという今季の新たなルール実験の反響とともに、同リーグの活気を肌で感じてみたいと思っている。そのためには、まずはワクチン接種だろうか。

記事中の写真は著者撮影、ホワイト会長の近影はALPB提供

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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