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偉大な実験?それとも・・・NPBを選択した米ドラ1右腕、代理人、ホークス、それぞれの目論見とリスク

豊浦彰太郎Baseball Writer
新しい街での生活も、スチュワートにとって大きなチャレンジだ(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

昨年の米アマチュアドラフトでブレーブスから1巡目、全体でも8番目の指名を受けた当時高校生の右腕カーター・スチュワートが、福岡ソフトバンク・ホークスと契約するようだ。契約条件は6年総額700万ドル(約7.7億円)を超えるという。この前例のないディールの選手、代理人、球団各々の戦略とリスクについて、明らかになっている情報を元に推測してみたい。

なぜNPBを選択?

まずは、スチュワート本人だ。19歳の彼は長身痩躯の本格派だ。前述の通り昨年のドラフトで1巡目指名を受けたが、その後の身体検査で右手首に故障が見つかり、ブレーブスは1巡目指名に対するMLB推奨契約額の498万ドル(約5.5億円)を大きく下回る200万ドル(約2.2億円)程度しか提示しなかった。

目論見が外れたスチュワートサイドは契約を見送り、短大に進んだ。短大の場合は1年生のシーズンにドラフトの対象になれるためだ。しかし、一般的に若年の速球派投手は育成過程での故障のリスクが大きいとされている。すでに「傷モノ」のレッテルが貼られたスチュワートは、その資質はだれもが認めるところながら、来月のドラフトでも前年のブレーブス提示額を上回る条件を引き出すのは難しい、とされていた。

仮に、スチュワートが今回のドラフトで200万ドルの契約金でメジャー球団入りしたとしよう。その先順調に成長したとして、彼はいくら稼げるだろうか(ここでの試算においては、インフレを無視し、日米の球界ルールにも変更がないものとする)。

日米、どちらでより稼げるか?

なにせまだティーンエイジャーだ。メジャー昇格までは3年くらいは要すると考えるべきだろう。その間のサラリーは月数千ドルだ。昇格後も最初の3年間は原則として年俸調停権を持てないため、メジャー最低年俸(現在は55万ドル)を受け入れるしかない。調停権を得た4年目以降はそれなりに上昇するはずだ。数百万ドルかもしれないし、パフォーマンスによっては1000万ドル以上も夢ではない。しかし、本格的に稼げるのはFA 権を得てからになるので、それはメジャーで6年、プロ入り後9年を過ごしてからになる。

ということは、彼の活躍度合いによらずはっきりしているのは、プロ入り後の6年間に於いては、契約金200万ドル、マイナー3年間でのせいぜい数万ドル、そして昇格後3年間合計での165万ドルで、合算すると365万ドルプラスアルファ。ということは約4億円だ。

一方、ホークスとの契約においては、6年間であきらかにそれを上回る7.7億円が保証される。この金額は、彼がアメリカで本来の契約金498万ドルを得てその後6年を順調に過ごした際に得られる金額を若干上回る。こうなると、海を渡る意義も出てくるというものだ。

NPBでずっと過ごしていれば7年目以降も年俸は4〜5億円がせいぜいだろうが、6年契約が終わる頃にはホークスにポスティングを要求するだろう。彼のアドバイザーのスコット・ボラスはすでにそれを明言している。それをホークスが受けるかどうかは別問題だが、6年間しっかり活躍してくれれば、ホークスとてその後故障に見舞われるリスクを負うくらいなら、しっかりポスティングフィーをもらいメジャーに移籍してもらった方が良い、という考えは十分成り立つ。ポスティングフィーは現在の日米間のルールでは契約額により変動することになっているが、2000万ドル(約22億円)級となる可能性もある。

ホークス、ボラスの試算

ホークスも、スチュワートがしっかり活躍するという前提に立てば、初期投資の7.7億円は彼のフィールド上のパフォーマンスとそのマーケティング効果を考えれば、十分元が取れる、と踏んだのかもしれない。そして、その後にはポスティングフィー収入が待っている。

マーケティング効果に関して言うと、スチュワートは先発投手なので毎試合彼目当ての観客が訪れるわけではないが、その話題性は年間シートの販売や球場内の広告営業にポジティブな影響をもたらすはずだ。そして、ホークスという球団の露出増、さらなるイメージアップという効果も付いてくる。そして、6年目終了時にはアメリカに返してやればそれこそwin-winだ。そうなれば、今後ともアメリカの有望株が次々と同球団の門を叩くことになるかもしれない。

スチュワートの背後にいる辣腕代理人のボラスに関しても触れなければならない。スチュワートは現時点ではアマチュアなので、代理人と契約することはルール上できない。しかし、彼らはアドバイザーという位置付けで有望な学生に唾をつけるのがこの世界の実態だ。

そのボラスからすれば、スチュワートの経済的利益はかれの報酬に直結する。今回のホークスとの契約を纏めあげることにより、少なくともプロ入り後6年間に限定すれば、より高額な報酬を得られることが確約されたのだ。加えてこの手法は、代理人にとって新しいビジネスモデルになる可能性がある。

そこにはリスクも

ここまでは、スチュワートもホークスもボラスも良いことばかりでwin-win-winのようにも見える。しかし、リスクは確実に存在する。

スチュワートは才能に溢れた若者だ。これに関しては議論の余地がない。しかし、それはあくまでベースボールプレーヤーとしてのことだ。彼自身は19歳の若者、いや少年で、全くの世間知らずと見るべきだろう。そんな彼にとって、NPBでのプレー環境以前に日本というアメリカとは全く異なる価値観や文化を持つ国での生活は大きな負担となることは間違いない。

もちろん、NPBには外国からやって来る若い選手たちが多くいる。しかし、主として中南米の貧しい環境で育ち、なんとか日本で一旗揚げようとするハングリーな彼らと、すでにエリート中のエリートのスチュワートは全く立場が違う。プライドはすでにスーパースター級のはずで、かつ社会人としては全くのベイビーなのだ。

ホークスは育成に定評があるし、スチュワートの環境適応にも相当の注意を払うだろうが、最終的には本人次第だ。彼が日本では、野球以前にホームシックで使い物にならなくなる、という可能性も皆無ではない。

壮大な徒手空拳?

そう、この太平洋を跨ぐビッグディールはスチュワートの「潜在力」に支えられた徒手空拳と言えなくもない。あまりに多くの仮定の上に成り立っているのだ。

ホークスがまだプロでは一球も投げていない未成年の外国人に7.7億円もコミットするリスクの大きさは、昨年オフに巨人がFAの丸佳浩獲得合戦を勝ち抜くために25億円をつぎ込んだのとは全く違う。丸のケースは、金額は超弩級でもその実力が実績により証明されていたのだから。

将来メジャーにポスティングで高く売れるだろうというのも皮算用だ。その前に故障で使い物にならなくなっているかもしれない。

スチュワートも、まずはNPB入りして確実に稼ぎ、その先はポスティングを使いFAとしてメジャー入りを果たし天文学的な契約を手に入れようとしているだろう。しかし、それ以前に文化の違いを克服できず、契約を破棄して帰国するかもしれない。そうなると、彼の選手生命自体にも影響が出そうだ。

結局、代理人(いや、アドバイザー)のボラスだけは、堅実に直近数年間の利益を堅実なものとし、将来のビジネスモデルへの実験を行うという実利を得たが、スチュワートとホークスはそこに存在する価値をシェアしたのではなく、まだありもしない将来の仮定の利益のためにそれなりのリスクを背負うことになった、とも言えるのではないか。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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