日米野球は楽し

日米野球には風物詩としての魅力もある。(写真:アフロ)

満員の観客のほとんどが最後まで見守っていた。これ以上はないドラマチックな幕切れだった。ドームから気圧差で押し出されるファンはみな満足げだ。「いやー、すごいゲームでしたね」。

撮影 : 豊浦彰太郎
撮影 : 豊浦彰太郎

ぼくは日米野球が好きだ。初めて球場で観戦したのは1971年のことで、小倉球場(現北九州球場)でのオリオールズ対巨人戦だった。殿堂入りのフランク&ブルックス・ロビンソンのプレーに興奮した。その試合の先発投手は、これまた殿堂入りを果たすジム・パーマーだった。監督のアール・ウィーバーだって殿堂入りしている。今にして思えば、凄いメンバーだった。この頃の日米野球で来日する球団(当時は単独球団だった)は、まさに黒船だった。

あれから半世紀近い年月が流れた。日米野球も相当変わった。今回などは、ぼくが見届けてきた中では最もショボいメンバーだ。一応、メジャー・リーグに関しては専門家のつもりでいるが、それでも「これ、だれ?」という選手もいる。

しかし、それを嘆いても仕方ない。本来なら、日米野球はその役割を終え、歴史の中の出来事として語られる対象のはずだった。21世紀に入ったあたりから、かつてのような正真正銘のMLBオールスター編成は難しくなった。メジャーリーガーの年俸がうなぎのぼりで、故障のリスクも語られるようになったからだ。2006年あたりはそれがかなり極まった感があり、NPBプレーヤーからも「出たくない」と辞退が相次いだ。そして、日米野球は中断された。

それが2014年に復活した。背景には侍ジャパンの常設化があった。しかし、これを成り立たせるにはワールドベースボールクラシック(WBC)をはじめとする国際試合がある程度の頻度で開催されなければならない。しかし、そのWBCは4年に一度しかない。それ以外の年は、台湾、豪州、メキシコなど格下のナショナルチームとオープン戦を組んで、ファンの関心を繋ぎ止めるしかない。しかし、繰り返しすぎると飽きられるし、格下相手では選手のモチベーションも上がらない。

で、日米野球である。侍ジャパンが(メンバーはともかく)メジャーリーガーに挑むのである。これは、まだまだ「売れる」コンテンツだ。

かつての日米野球は主役がメジャーリーガー達で、彼らに日本で試合をさせるために巨人なり、巨人・◯◯連合軍だとか、全日本が急遽編成されたものだった。しかし、いまや主客は逆転した。メジャー選抜は、侍ジャパンという存在あってこその「咬ませ犬」なのだ。だから、投手陣が無名だらけで、ミッチ・ハニガー程度が4番でも興行上まあなんとかなるのだ。逆に言うと、侍ジャパンというブランドが確立されてなかったら、今回の来日メンバーでは日米野球は到底成立しない。

8日の巨人とのエキシビションでは東京ドームの観客は2万6000人だったが、9日の侍ジャパン対MLB選抜では4万4000人が詰めかけた。この差は、(木曜日と金曜日の違いもあるが)侍ジャパンの集客力だ。MLBチームは、両日とも同じなのだから。

撮影 : 豊浦彰太郎
撮影 : 豊浦彰太郎

MLBがドリームチームではないのは仕方ない。ないものねだりをしても始まらない。もう諦めた。

しかし、ビミョウな選手たちは一生懸命プレーしてくれている。結構全力疾走も励行してくれていると思う。ぼくは、2011年秋のMLB選抜の台湾ツアーも観戦したが、その時の選手たちは明らかに手を抜いていた。それからすると、やはり野球強豪国の日本にはそれなりのリスペクトがあるのだと思う。

また、侍ジャパンのメンバーに選ばれること自体がステータスとなったおかげで、日本の選手たちの真剣度もかなりのものだ。

その昔は「黒船」たちが日本のプロ野球を鎧袖一触にし、彼らはお決まりの社交辞令で「◯◯選手は素晴らしい。アメリカに連れて帰りたい」と出来もしないことをしゃーしゃーと語っていた。それはそれで、大リーグ好きのぼくにはマンネリ的安心感があったが、すっかり様変わりした日米野球を今も野球シーズンが終わったこの時期に楽しめるのは良いことだ。そして、時には今回のような素晴らしいゲームに遭遇することもある。

今日はドームを出ても外は暖かったが、日米野球を観戦し終えてドームから一歩出ると、木枯らしが吹いて「ああ、今年の野球も終わりなんだな」とちょっぴりメロウになったりもする。ぼくはそれも好きだ。

撮影 : 豊浦彰太郎
撮影 : 豊浦彰太郎