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ダルビッシュ有らはなぜ未契約のままなのか?これからどうなるのか?

豊浦彰太郎Baseball Writer
ダルビッシュが未契約なのは昨季ワールドシリーズでの乱調との直接の関係はない(写真:代表撮影/USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

「冬来りなば春遠からじ」。NFLスーパーボウルが終わるとMLBシーズンが到来する。週明けからはスプリングトレーニングが始まる。野球関係の名作も多いエッセイストのロジャー・エンジェルは、「スプリングトレーニングは希望の一語に尽きる」と記した。確かに、例年この時期は前年不振に終わった選手や球団、そしてそのファンまでもが希望に胸を膨らませることが許される季節だ。

しかし、今年に関しては少々事情が違う。キャンプインを直前に控えながら、ダルビッシュ有、ジェイク・アリエタらの実績十分の先発投手、エリック・ホズマーやJD・マルティネスらのスラッガーといった有力FAが、依然未契約のまま残っている。選手組合は、彼らをはじめとする未契約選手のための31カ所目(いくつかの球団はキャンプ施設を共有するので、存在しているのは30カ所ではないが)のキャンプサイトを用意するという話もある。

希望だけでなく、不安そして怒りも渦巻いている。辣腕代理人のスコット・ボラスが「戦力強化を怠るこの現象は球界を蝕むがん」と発言すると、機構側は「契約はオファーされているのにそれを受け入れないだけ、代理人が強欲すぎる」とやり返す場面もあった。決して大げさではなく、1995年春のストライキ明け以降最大の労使関係の危機に瀕している。

この状態をどう理解すべきだろう。FAトップ4が残っていることが「動かないオフ」の印象を強めているが、結構トレードは活発だった。ジャンカルロ・スタントンのマーリンズからヤンキースへの移籍や、中軸級を複数獲得したジャイアンツの積極的な動き、ドジャースとブレーブス間の「不良債権処理」トレードも話題になった。そして何より大谷翔平を巡る大フィーバーもあった(これはトレードではないが)。ボラスが吠えるように各球団が「わざと負けようとしている」とは思えない。では、なぜFA市場は冷え切っているのだろうか。

まずは、戦力編成においても統計学的分析が進み、FAを買い漁るより有望な若手を獲得し育成する方が懸命であるという考えが浸透してきたことが挙げられる。2016年のカブスや昨季のアストロズが、一旦徹底的にチームを解体し有望な若手を獲得し育成することによりチーム力を強化し最終的にはワールドシリーズ制覇を成し遂げたこと、2016年オフに発効された現行の労使協定では年俸総額が一定額を超えた球団に課せられるぜいたく税が一段と厳しくなったことなどもこの傾向に拍車を掛けたと言えるだろう。

また、かつては爆買王だったヤンキースやドジャースが、すっかり小池都知事ばり?のワイズスペンディングに方向転換したため、彼らに追随して無理をする球団が減ったことも、獲得合戦にブレーキを掛けることになった。

いわゆる「2018年問題」も見落とすわけにはいかない。今年のオフにはブライス・ハーパー(ナショナルズ)やマニー・マチャド(オリオールズ)らの若くて実績もトップクラスのFAが多数発生する。クレイトン・カーショウ(ドジャース)も契約破棄条項を行使しFAとなるかも知れない。彼らを獲得したい球団はそれまでは散財を自重する必要があるということだ。

以上が一般的には論じられている要因だが、見落とされている根本的な点があると思う。

それは、FA相場は上がり続けるように思われているがそれは幻想で、本来は変動するものだということだ。したがって、伸びが鈍化するだけでなく下がることもある。不動産や株価と同じなのだ。

依然MLBは増収を続けており、このことは相場上昇を促す要素のひとつではあるが、それ以上に需給バランスが強く影響を及ぼすものだ。外部から結果だけを観れば、あたかもダルビッシュやアリエタらにオファーがない、もしくは少ないかのような印象を持ってしまうが、現実にはソコソコの条件が提示されているはずで、それを選手たちが呑んでいないと考えることは可能だと思う。例えば、ダルビッシュの場合は現在もっとも積極的にアタックを掛けているブルワーズやツインズが提示しているのは4〜5年総額1億ドルと推測されているし、JD・マルティネスに昨季後半所属のダイヤモンドバックスが提示しているのも5年1億ドルと報じられている。絶対的にはもの凄い金額だ。しかし、ストーブリーグの幕開け時点での彼ら(というか代理人)の希望額はともに6年契約で1億5000〜6000万ドルあたりだったとされている。要するに単に「オファー額<選手希望額」というだけだ。

また、選手の能力に関する経済的評価は相対的なものだ。同じFA選手でも、優勝争いが期待できる球団にとっては単年2000万ドル台の複数年契約を提示することすら惜しくないが、再建途中の球団には無用の長物だということは十分あり得る。これを理解していないと、「去年よりも今年は相場が上がらねばならない」と思い込んでしまう。

また、トップ4に関しては、実は結構難しい商品であることも指摘しておきたい。ダルビッシュもアリエタも一流ではあるが、ダルビッシュには故障の懸念が付いて回るし、アリエタも年齢的にはこれから下降線を辿るはずだ。ホズマーとマルティネスは昨季が出来過ぎの感もある。これをコンスタントなものと捉えて良いかどうかは判断が難しい。

スプリングトレーニングが目前に迫ったこの時期まで未契約選手が多数残っている現状は、価値観が進化・変化したために既存の枠組みが足かせになり、需給バランスが少なからず崩れたことによるものだろう。根本的には、2021年暮れに現在の状況を反映した新しい労使協定が締結されることで解決に向かうのだろうが、それまでは相場の伸びは鈍化したまま推移するのではないだろうか。

ダルビッシュに関して言えば、当初の希望水準からはかなり下がるが、ブルワーズやツインズの条件を受け入れるか、またはとりあえず今季はどこかの球団と1年契約を結び、今年のオフに再び勝負に出るかだ。しかし、後者の場合32歳の年齢(今年のオフ時点)で6年以上の契約を狙うのは彼の過去の故障歴も併せて考えると賢明ではないようにも思える。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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