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たどり着いたスペインで香川真司が描く未来。

豊福晋ライター

スペイン、サラゴサー。

チームに合流したばかりの香川真司は、8月17日のサラゴサの開幕戦にむけて新たなチームメイトたちと練習に励んでいた。

移籍決定から開幕まで、ほとんど時間はなかった。実戦をこなす間もなく迎える開幕戦はほとんどぶっつけ本番だ。それでもビクトル・フェルナンデス監督は重要な初戦で香川を起用する意向を見せている。

町の期待も高まっている。サラゴサにとっては今季の補強の目玉だ。入団会見には平日にも関わらず、5千人を超えるファンがスタンドを埋め拍手を送った。試合でデビューする時、その熱はさらに高まるだろう。

過去に何度も公言しているとおり、スペインは香川にとって憧れであり、最終目標の地でもあった。新たなスタートを前に彼はいま何を考えているのか。

「入団会見ではすべてを伝えきれなかった」と香川はいう。通訳を挟んだ約30分の会見では収まりきれない思いがそこにはあった。

香川はスペイン移籍について率直に語り始める。

「最初はスペイン1部のクラブを探していました。他国からもオファーを受けていて、条件面ではよりいいものもあったけれど、ベストはスペインだった。昔からの夢だったし、2018年ワールドカップが終わり、あらためて自分が次の成長をするためには、スペインしかないと」

しかし移籍市場は望み通りにことが進むほど甘いものではない。契約直前まで行くものの、最後の最後で話が消えていく。そんなことを何度も経験した。

これまで歩んできたキャリアにプライドはあった。ドルトムントとマンチェスター・ユナイテッドという、ドイツとイングランドのビッグクラブでプレーした事実は日本サッカー史に残り続ける。しかし30歳の日本人選手にとって移籍市場、特にスペインのそれは甘くなかった。

「楽観的だったんです。18年の夏も必ず移籍できるだろうと思っていた。絶対に必要としているクラブはある、評価してくれるクラブはあるだろうと。でもスペインは外国人枠が3枠で、ヨーロッパで活躍し続けることが一番難しいリーグ。半年でダメだったら、クラブは外国人枠を使いたいから放出される世界なので」

最優先はスペイン一部だったが、熱意を見せるサラゴサに香川の気持ちは揺れていった。

「さらに待つこともできたんです。興味を持ってくれるクラブもあったし、市場はまだあいていました。おそらく他の国に行っても普通にプレーはできたと思う。でも、はたしてそれを3〜4年続けられるのか。1〜2年はある程度のパフォーマンスを残せる自信はある。でも長期的にみて、2022年ワールドカップまでを含めたプランがもてるのかと考えた時、正直、自信がもてなかった。でもそれがスペインだとしたら、長期的なイメージがもてた。移籍は自分の思いだけでは成り立たない。欲してくれるクラブがないとプレーできないし、自分を評価してくれるクラブでプレーできるのがどれだけ幸せなのかを改めて感じた。ここからまたチャレンジして這い上がっていくのが自分らしいなと。30歳にしてのこの挑戦は自分が試されている。ダメだったらアウトで、ここでまた評価を得れればダイレクトで上に行けるわけで、その先に代表やワールドカップが確実に見えてくる。ここからの戦いで勝ち取っていきたい」

目指す1部昇格と二桁の結果

スペインサッカーのイメージはある。

00年代中盤に目にしたバルセロナのサッカーは鮮明に記憶に残っている。彼はイニエスタやチャビら、技術とセンスに長けた小兵が席巻したバルサを10代の頃に目にした世代だ。

ドルトムントとマンチェスターUで共にプレーしたスペイン人選手たちの印象も強い。テクニカルで、ショートパスをつなぎ、リズミカルに展開していくサッカー。元サラゴサのアンデル・エレーラに、マタ、デ・ヘア、ミケル、アルカセル。言葉も国籍も違うが、なぜか彼らとはうまがあった。

彼らから話は聞いていたが、実際にサラゴサの練習を経験して驚いたこともあった。

「初めての練習という意味では、ドルトムント、マンチェスターU、ベシクタシュを含め、今まで行ったクラブの中で一番の衝撃を受けました。足元の技術が非常に高い。スペイン人特有の、シンプルにパスをつなぎながらいい距離感でボールを回していく。自分の中でも、スペイン2部はどんなレベルなのかなという疑いもあったんです。でもしっかりとした技術のある選手が多いなと感じました。スペインは夢と言い続けてきたけど、なぜここまで惹かれるのか、その答えが今ここにある。それを探しにきたんです。実際に来ないとその答えはわからないし、ようやくたどり着いたという思いは強いです」

サラゴサでのプレーのイメージもできている。ビクトル・フェルナンデス監督はトップ下など2列目で起用する意向で、練習でも中央でのプレーが多い。描いているのは相手エリア付近で存在感を出すことだ。

「ショートパスを主体に組み立てていくので、自分の良さはいきやすいのかなと。早い展開でボールを回しながらゴール前に入っていく。よりバイタル付近でプレーできそうですし、ピッチの最後の3分の1でボール受けた時に、ラストパサーや仕留める選手が欠けていると監督も言っていたので、それを自分が担っていかなきゃいけない。シーズン42試合の中で、ゴール、アシスト両方で二桁を狙いたい。それができればチームとしても上に行けると思っている。岡ちゃん(マラガ)や岳(デポルティーボ)との対戦も、昇格候補のライバルでもあるし個人的に楽しみです」

日本代表とこれから

考えているのはサラゴサの1部昇格だが、長く背負ってきた日本代表のことは常に頭にある。来年には東京五輪も開催される。オーバーエイジについてはこれからの1年、多く議論されることだろう。

「代表は監督が変わり、若い世代が出てきて新しい競争が生まれている。もちろん僕自身もその競争に挑まなきゃいけない。五輪に関しては監督が必要としてくれるならば、自分の国でやれる五輪はおそらく一生に一度ですよね、もちろん出ますよ。ただ今の段階で、あのポジションは久保くん、(堂安)律、三好だったり、本当に素晴らしいクオリティを持った選手たちがいるから、あまりイメージはしていない。どちらかというと次のワールドカップをイメージしてどう戦っていくか。まずはこの1年、サラゴサでしっかりと試合に出続けて、目に見える結果を残すこと。ここで結果を残して代表に呼ばれたい。途中出場が続く中で呼ばれる代表よりも、勝ち取った中で呼ばれる代表でありたい」

代表の若手という意味では、久保建英も今季からスペインでプレーする。18歳でレアル・マドリーに移籍した彼の存在は刺激になるのだろうか。

「あの年齢であれだけのクオリティというのは、やっぱり特別だと思っています。日本人がレアルでどこまでやれるのか。それだけのクオリティを持っていると思う。これだけ騒がれているけれど、しっかりとした人間性を持っているなというのは第一印象で感じました。将来を含め、彼の周りにいる人間が非常に大事になっていく。自分自身の目標をもって日々やり続けていけるか。うまく適応していければ、あのサンティアゴ・ベルナベウでプレーしていけると思うし、ぜひレアルで勝ち続けてほしい」

人生で初めてというさっぱりとした短髪が陽光を浴びて金色に輝く。プールサイドの水しぶき。黄金色のセルべサを手にしたバカンス客。夏の景色の間を香川はゆっくりと歩いていく。聞きなれないスペイン語も、長いシエスタも、21時過ぎに始まる夕食も、やがて彼の日常になるだろう。

「いまはワクワクした自分と、不安な自分がいます。ここにきて1週間足らずですし、試合もしてない、ぶっつけ本番で挑むので。僕にとってはこの1年が勝負。もしこれがうまくいかなかったら、もう日本に帰るだけだと思っている。それくらい強い気持ちで戦いたい。ハセさん(長谷部誠)が「選手は30代に入ってからが経験を含めてより上手くなる」と言ってたんです。同感ですね。30歳をこえた今も、ここから3〜4年でベストを作り出していけると感じている。試合に出続けていたら、まだ僕は進化していくと強く思っているので。21歳で海外に出てきた時のような気持ちじゃないけど、ワクワクしていて、これからの未来が楽しみです」

表情は晴れている。たどり着いた場所で、香川は胸の高まりと共に開幕戦に挑もうとしている。

ライター

1979年福岡県生まれ。2001年のミラノ留学を経て、ライターとしてのキャリアをスタート。イタリア、スコットランド、スペインと移り住み、現在はバルセロナ在住。伊、西、英を中心に5ヶ国語を駆使し、欧州を回りサッカーとその周辺を取材する。「欧州 旅するフットボール」がサッカー本大賞2020を受賞。

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