Yahoo!ニュース

”テネリフェを変えた”。スペイン初ゴールを生んだ柴崎岳の変化。

豊福晋ライター
スペースへと走る柴崎。受け手としてのプレーでもチャンスに絡む。(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

中盤でMFティロネがボールを持つと、柴崎岳は走りはじめた。

視線の先にはペナルティエリアが映る。頭のなかには、すでにゴールマウスが描かれている。

中央からエリア内左へ、斜めに走っていく柴崎の一瞬の加速に、裏をとられたアルコルコンのDFは対応できなかった。届いたスルーパスを左足でダイレクトで合わせると、ボールはゴールへと吸い込まれていった。

ロサーノとアーロンに抱きつかれ、やがてチームメイトが集まってくる。

テネリフェでの初ゴールは、柴崎が25歳になった日に訪れた。

「いつかは決まるだろうなと思っていました。みんな誕生日だと言ってくれるし、決められてよかった」

アルコルコンとの試合は柴崎にとって5試合連続となる先発出場だった。マルティ監督は柴崎に絶大な信頼を置いており、ムルシア戦で先発起用して以来、彼を中心にした布陣を組んでいる。

いつかは決まると思っていた、と柴崎本人が言うように、ここ最近は多くの場面で決定機に絡んでいた。惜しいシーンも何度もあった。アルコルコン戦は、トライし続けたことがようやく結果につながった試合だった。 

柴崎の先発定着で変わりつつあるテネリフェ

“柴崎がテネリフェを変えた”と言われる。

テネリフェのサッカーは縦に速いスタイルだった。

中盤でパスをつないで相手守備陣を崩していくのではなく、できるだけ手数をかけずに、チームの得点源である2トップ、ロサーノとアマトを目指すー。良くも悪くも、基本的には前線の個に依存したサッカーでシーズンを戦ってきたわけだ。

変化が見えはじめたのは、マルティ監督がそこに柴崎を組み入れてからだ。

中盤でのポゼッションも上がり、柴崎、アイトール、ティロネらを中心にショートパスで崩す場面が増えた。中盤でつなぎ、最後は柴崎からFWロサーノへスルーパス、というパターンは終盤戦のテネリフェのひとつの形になっている。

柴崎の加入直後、マルティ監督はこう語っていた。

「このチームには攻撃的なパサー、組み立て役がいない。柴崎はチームに欠けていたピースだった」

指揮官の頭にあったのは、ポゼッションを高め、中盤で主導権を握り攻めていくサッカーだ。前線の個だけで攻めるサッカーだけではどこかで行き詰るという危機感もあったのかもしれない。マルティ自身、現役時代は中盤の名選手だった。より中盤に比重を置くサッカーを目指すため、柴崎のようなタイプが必要だと感じていたのだろう。

テネリフェの新たなスタイルは賛辞を浴びることになる。

ラジオ局『カデナ・セル』で毎試合現地から中継するラケル記者は言う。

「ガクが入ったことで攻撃のクオリティが一気に上がった。彼が入ることでパスもスムースに回るし、内容もよくなったと思う」

テネリフェの地元メディア『デポルプレス』のイバンは続ける。

「ガクは技術的にも高いし、何よりサッカーセンスが抜群だ。彼がうちのスタイルを変えたんだ。1部で通用するレベルにあるのは、ガクとアマトだけ。プレーオフでも決定的な仕事をしてくれるはずだ」

現場でテネリフェを見る多くの関係者が、訪れた変化を好意的に受け止めている。

メディアプンタとしての柴崎

チームだけではない。

柴崎自身のプレーにも、たしかな変化が見える。

初得点を決める前週のこと。柴崎はこんな話をしてくれた。

「自分は基本的にはパサー、パスの出し手だったんですけど、ここでは受け手にも回らないといけない。その中で、ずいぶんボールも回ってくるようになった。よくなってきていると思います」

ここ数試合の柴崎の「受け手」としての意識の高さには特筆すべきものがある。

足元でパスを受けるだけではなく、タイミングを見計らい、サイドのスペースやディフェンスラインの裏へ。動き出しを見てもらえずにボールが届かないことも多いが、それでも果敢に走っていく姿が目立つ。

基本的にスペインではトップ下、いわゆる”メディアプンタ”の選手にはアシストよりも得点を求める。メディアプンタはミッドフィルダーではなくフォワードに分類され、パスを出してチャンスを作るのは当然のこと、シュートを放つフォワード的な動きも求められる。

まさにテネリフェの4−2−3−1システムのメディアプンタ、柴崎に期待されていることである。

「チームがやりたいことを表現する」

過去の日本代表の試合でも証明しているように、元々柴崎には後方からスペースに走りこみ得点に絡んでいくセンスがあった。

その才能がスペインに来て、テネリフェというチームの中でさらに磨かれつつある。

クールにボールを散らすだけではない。1部昇格を夢見るテネリフェの観客が目にしているのは、組み立て、走り、エリアに飛び込んでいく姿だ。柴崎は言う。

「連携は見ての通りだと思いますし、1試合1試合良くなっていると思います。スペインのサッカーにも徐々にフィットしてきている。一番はチームがやりたいことを表現すること。チームに求められていることをできているのが、今日のゴールだったり、チャンスを作れていることにつながっていると思います」

テネリフェに加入し4ヶ月が経とうとしている。積み重ねてきた連携は形になり、ゴールという結果にもつながった。この流れのまま、1部の扉を開くことができるのか。

柴崎がテネリフェを変えた。

そしてそのチームの中心で、柴崎自身も変貌を遂げつつある。

ライター

1979年福岡県生まれ。2001年のミラノ留学を経て、ライターとしてのキャリアをスタート。イタリア、スコットランド、スペインと移り住み、現在はバルセロナ在住。伊、西、英を中心に5ヶ国語を駆使し、欧州を回りサッカーとその周辺を取材する。「欧州 旅するフットボール」がサッカー本大賞2020を受賞。

豊福晋の最近の記事