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小学生が床に落としたパンを買い取らされて賛否両論! 5つの考察と最も重要なこと

東龍グルメジャーナリスト
(写真:アフロ)

床に落としたパンを購入

パン屋で買い物することはありますか。

先日、読売新聞が運営する発言小町で気になる記事がありました。

子どもがパンを床に落としてしまった、買い取らせる店は冷たい?/発言小町

小学校低学年くらいの子どもが、パン屋で買い物をしていました。トレーに載せたパンを落としてしまい、拾い集めます。そのままキャッシャーに持って行ったところ、スタッフは様子を見ていたにもかかわらず、交換せずに会計したということです。

この様子が掲示板に投稿されると、たくさんの反響が寄せられました。「スタッフが冷たい」という意見から「全て交換していたら潰れる」という主張まであったといいます。

当記事では、この件について考察していきましょう。

商品を交換した場合の損害

もしも、パン屋がパンを交換し、落としたパンを廃棄したとしたら、どれくらいの損失になったでしょうか。

一般的な飲食店の原価率は30%ですが、パン屋の原価率は10%から20%くらいといわれています。

パンの種類によって、原価率はだいぶ異なりますが、今回はどのようなパンをいくつ落としたのかわかりません。テーブルブレッドであれば原価率は10%前後になりますが、食事系の惣菜パンや甘い菓子パンは20%くらいになります。

パンをつくるには材料だけではなく、人手も必要です。人件費は30%とみなしてみましょう。

業種別主要計数表/中小企業庁

パン屋の一般的な営業利益率は10%から15%ともいわれていますが、中小企業経営調査の結果によると菓子・パン小売業の平均営業利益率は7.4%。

これらの数字を用いれば、もしも原価が安いバゲットを1本落としていたとしたら、その損害は、5本くらいを販売した時の利益分になります。原価が高いソーセージパンや林檎デニッシュなどを1つ落としていたとすれば、7つ分くらいの利益分となったでしょう。

パンの廃棄率

パン屋は一般的に廃棄率が高い業態であるといわれており、その廃棄率は3%から5%程度。廃棄率が高い理由は、バラエティ豊かな品揃えにする必要がある上に、棚が空にならないように多めにつくる傾向にあるからです。

店の規模によって商品数はだいぶ異なりますが、1日に500個つくるとすると、廃棄されるのは15個から25個になるでしょう。食品ロスが起きることは好ましくありませんが、もともと廃棄が多い現状を鑑みれば、落ちてしまったパンを交換したとしても、誤差として受け入れられるようにも感じられます。

愉快犯への対策

今回は、第三者の方が、子どもがうっかり落としたように見えたといっているので、故意ではなく過失だったのでしょう。

ただ、客が落としたものを全て取り替えるという方針になると、愉快犯など故意に落とす客がいた場合に、少なからぬ損害が生じてしまいます。だからといって、ケースバイケースにすると、ある客は交換してもらえたのに、ある客は交換してもらえないことが起こります。客によって応対が異なれば、不公平だといわれて、クレームの原因となるでしょう。

どちらかに方針を決めるべきなので、全て交換すると決めるのは難しいところ。基本的に交換しないとポリシーが定められたら、相手が大人であるか子どもであるかは関係ないので、交換しなかったスタッフが責められるのも酷な話です。

個人事業主の割合

総務省統計局による2016年の経済センサスによれば、日本標準産業分類「5863 パン小売業(製造小売)」の全国10,474事業所のうち、法人は5,381、個人事業主は5,093。

経済センサス/総務省統計局

「58 飲食料品小売業」配下の業種においては、個人事業主の比率はそこまで多くはありませんが、それでも半分近くになります。

当然のことながら、個人事業主は規模が小さく、経営地盤も強くありません。したがって、パン屋の多くがコストに関してはシビアになるのも理解できます。

パン屋の現状

パン屋の経営状況は芳しくありません。

パン製造小売業者の倒産動向調査(2019年)/帝国データバンク

帝国データバンクによると、パン屋の倒産件数は、2019年が31件で、2018年の15件と比べると2.1倍になり、過去最多を更新しました。しかも、業歴別にみると30年以上が11件となっており、全体の35.5%で最多。古くから親しまれているようなパン屋が潰れていることがわかります。

パン屋はもともと薄利多売で、たくさんの商品を用意するだけでも大変ですが、これらに加えて経営も厳しくなっているのです。

パン屋が置かれた現状を踏まえると、パン屋に過失がないのであれば、落としたパンの交換に積極的になれないのも仕方ないのかもしれません。

子どもを褒めるべき

損して得取れ、という言葉があります。落としたパンを交換してあげることによって、損失は生まれますが、客によいサービスをしたことによって、店の価値を高めたり、リピートしてもらったりした方がよいという意見も少なくありません。

ただ、落としたパンを交換した方がよかったか、交換しない方がよかったか、パン屋の行動に正解はありません。

しかし、ただひとついえるのは、パンを落としてしまった後の子どもの行動は正しかったということです。勝手に商品を交換せず、落としたパンを購入したのは、明らかに適切な振る舞いだったでしょう。

落としたパンを交換するべきだったかどうかや、スタッフの対応がよかったかどうかを議論するよりも、子どもを褒めることが最も重要なことではないかと考えています。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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