Yahoo!ニュース

勝手に出されたウェルカムシャンパンが4千円で困惑! 問題を理解するための考察

東龍グルメジャーナリスト
(写真:イメージマート)

レストランでの乾杯

レストランで食事する時に、乾杯をしますか。

私はお酒、特にワインが好きなので、最初にシャンパーニュを飲むことが多いです。そのため、乾杯のシャンパーニュ=ウェルカムシャンパンについて書かれた、ある記事が気になっていました。

予約時に聞いていない「ウェルカムシャンパン」代金、支払わなくていい?/弁護士ドットコム

弁護士ドットコムに寄せられた相談です。

相談者が、インターネットで36,000円のディナーを予約して訪れたところ、スタッフから「ウェルカムシャンパンです」といわれてドリンクが提供されました。食べ終えて会計すると40,000円が請求されており、最初に飲んだグラスシャンパーニュの4,000円が追加されていたということです。

大橋賢也弁護士は、ウェルカムシャンパンは客が注文したものではなく、値段も伝えていなかったことから、売買契約が成立しておらず、代金を請求できないと述べています。

この事案について考えていきましょう。

どのようなレストランか

ディナーコースで36,000円とは、どれくらいのレストランでしょうか。

2021年4月1日からは消費税も含めた商品の総額表示が義務化されているので、36,000円は税込みであると考えられます。通常のファインダイニングであれば、サービス料が10%から15%追加されるものですが、こちらはサービス料も含まれていました。

最近では東京のレストランもだんだん値段が高くなっていますが、海外に比べればまだ安いといえます。ミシュランガイドの星付きレストランであっても、ディナーコースがサービス料別で20,000円以下という店は少なくありません。

それだけに、ディナーコースが36,000円という金額であれば、星付きレストランであったり、食通の心を掴むような名店であったり、コアなファンだけが知るクローズドなレストランであったりと、かなりのファインダイニングであると推察されます。

ドリンクメニューが渡される場合

相談があった事案では、ウェルカムシャンパンが勝手に提供されていましたが、通常はどういう流れになっているのでしょうか。

ファインダイニングでの流れは、おおよそ次の通り。

まず、予約時にコースが確定されている場合と、予約時にコースが確定されていない、もしくは、ウォークインの場合とに大別されます。

テーブルに案内されて着席すると、前者であれば、予約したコースを説明されて、ドリンクメニューが渡されます。後者であれば、ドリンクメニューが渡されてドリンクを決めてから、料理メニューが渡されて料理を決めるという流れが多いです。気が利かなかったり、商売っ気がなかったりするレストランであれば、客から伝えられない限りドリンクメニューを渡さないこともありますが、ファインダイニングであれば極めて少数です。

渡されたドリンクメニューには値段が記載されているので、オーダーすれば請求されるのは明白でしょう。女性用のメニューや幹事以外のメニューには、料金が記載されていないこともありますが、 場の中心となる幹事には値段が知らされているので、問題はありません。

ドリンクメニューが、ブラックボードに記載されていたり、QRコードを読み込んだ先に表示されていたりする場合もありますが、流れは同じです。

ドリンクメニューが渡されない場合

ドリンクメニューが用意されていないファインダイニングもあります。

ボトルワインのリストであれば、まずメニューが用意されていますが、グラスワインに関しては、日々フレキシブルに提供しているのでメニューを作成していないケースがあるのです。その場合には、ドリンクのオーダーは、サービススタッフと口頭でやりとりが交わされます。

ドリンクメニューが用意されていなくても、通常であればドリンクのオーダーを訊いてくるものです。希望を伝えれば候補を挙げてもらえ、希望がなければ最適なドリンクを類推してくれたり、シャンパーニュをはじめとしたスパークリングワインを勧めてくれたりします。アルコールドリンクを好まない場合には、ティーやモクテル、スパークリングウォーターが提案されるでしょう。

いずれの場合でも、口頭でのやりとりにおいて、具体的な値段が述べられることはほぼありません。もちろん、値段を訊けば答えてくれます。しかし、生々しい金額を口に出すのは野暮なことであり、ダイニングやテーブルの雰囲気が壊されかねません。

そのため、ゲストが値段を訊いたり、スタッフが値段を明示したりすることは、ほとんどないのが実情です。

売買契約

冒頭で紹介した見解においては、レストランでは、提供する料理やサービスと値段が提示され、それが了承された上で、売買契約がされるとありました。

ただ、先に述べたように、ドリンクメニューが渡されない場合においては、値段が不明確なまま提供されることが少なくありません。

ここは法的な定義と実情に乖離があると感じられます。

予約について

この事案では、インターネットで飲食店を予約したとありました。

インターネットでの飲食店予約では、席だけの予約と、席とコースの予約、席とコースとドリンクの予約に分かれています。コースを予約していない場合には、着席してからアラカルトでオーダーするか、もしくは、当日でも選択可能なコースを選ぶことになるでしょう。

予約には、滞在時間90分や1ドリンクオーダー必須といった条件が付されていることもあります。

もしも1ドリンクオーダー必須ということであれば、最初にドリンクを注文する流れになるでしょう。

ウェルカムドリンク

そもそも、ウェルカムドリンクはどういったものでしょうか。

ウェルカムドリンクは、提供者がゲストに謝意を示すためにふるまわれるドリンクです。したがって、華やかなシャンパーニュをはじめとしたスパークリングワインや優美なカクテル、アルコールが苦手な方のためにはモクテルやソフトドリンクが供されます。

レストランのプランでは、コースに乾杯のドリンクが無料で付いていれば、「ウェルカムドリンク付き」や「ウェルカムシャンパンをサービス」といった文言が用いられているものです。

したがって、サービススタッフから、ウェルカムシャンパンといわれてシャンパーニュがサーブされたのであれば、料金が発生しないものと認識するのは仕方ありません。

シャンパーニュの値段

ウェルカムシャンパンの代金は1杯4,000円であったとされていますが、値段は妥当でしょうか。

どのシャンパーニュが提供されたかは記載されていないので、一般論として考えていきます。

通常であれば、ワインは仕入れ価格の2倍から3倍前後の値段に対して、5杯から10杯どりくらいにした値段を設定します。ちなみに、仕入れ価格は、小売価格の7割から9割です。

1杯4,000円であるとすれば、シャンパーニュの卸価格はおおよそ6,666円から20,000円。これくらいの仕入れ値であれば、ビンテージやプレステージの価格帯になってきます。

6,000円台であればまだしも、卸価格で10,000円を超えるようなシャンパーニュがグラスで提供されることはなかなかありません。ホテルの大規模なプロモーションであればともかく、街場の個店で、ウェルカムシャンパンのようなハウスシャンパーニュとして提供するのは難しいです。もしかすると、手頃なシャンパーニュを1杯4,000円で提供していたのではないかとも感じられます。

最初に提供されるシャンパーニュは普通、ゲストにとって手が届きやすい値段に設定されるもの。ファインダイニングであったとしても2,000円前後が多く、せいぜい3,000円くらいです。最初のシャンパーニュが1杯4,000円という値付けも腑に落ちません。

ゲストに喜んでもらうためのウェルカムシャンパン

これまで考察してきたように、当事案におけるウェルカムシャンパンは、提供方法から値付けまで納得いくものではありませんでした。内容を鑑みれば、消費者庁に苦情が寄せられてもおかしくないほどです。

ファインダイニングに限らず、飲食店においては、料理とお酒のマリアージュが、食体験をより高めてくれます。アルコールが飲めない方であったとしても、モクテルやティーをはじめとしたノンアルコールドリンクと合わせれば、料理の佳味がより引き出されることでしょう。

飲食店にとって、ウェルカムドリンクは客単価を向上させられる貴重な商品です。ウェルカムドリンクはそもそも、ゲストに喜んでもらうためにあるもの。相談者が述べたようなことを行っている飲食店が存在しているとすれば、自身の店についてはもちろんのこと、飲食業界や日本の食文化のことを考えて、是非とも改めていただきたいと願っています。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

東龍の最近の記事