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「国は全く理解していない!」 またも有名シェフによる署名運動が始まった理由

東龍グルメジャーナリスト
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

3回目の緊急事態宣言が再延長

2021年5月28日に東京や大阪、兵庫など9都道府県について、緊急事態宣言が6月20日まで再延長されました。

東京都、大阪府、京都府、兵庫県に関しては、当初4月25日から5月11日にかけて実施される予定でしたが、5月31日にまで延長。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大が収まらず、変異株の感染も増えていることから、再延長に至りました。

東京都を振り返ってみると、2021年1月8日からの2回目となる緊急事態宣言、4月12日からのまん延防止等重点措置を経て、3回目の緊急事態宣言と延長、再延長。飲食店はこの期間中ずっと時短営業が要請されており、4月25日からは酒類の提供も禁止されています。

制限によって売上が落ち込んでいることに加えて、協力金の支給が遅れているのも飲食店を苦境に立たせている大きな要因です。

東京都における未支給の割合は、1月8日から2月7日分が7.6%、2月8日から3月7日分が10.8%、3月8日から21日分と22日から31日分が45.8%。

飲食業界は利益率が10%あれば非常によい方であり、多くの固定費が必要となります。しかし、半年前の協力金ですら支給が完了していない状況であれば、とてもやっていけるものではありません。

飲食店倒産防止対策

新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた2020年3月、国や自治体が不要不急の外出自粛を要請。国民の不安も高まり、人々が飲食店で食事することが憚られたり、飲食店が通常営業を自粛しなくてはならない雰囲気となったりしました。

大手レストラン予約サービスを運営するテーブルチェック(TableCheck)によれば、2020年3月における対昨年比の予約件数は約6割に落ち込み、キャンセル率は約1.8倍に増加。

この状況を打破するために立ち上がったのが、大阪にある「HAJIME」オーナーシェフの米田肇氏。米田氏が発起人となり、内閣総理大臣、自治体へ宛てた「飲食店倒産防止対策」という署名運動を行いました。

署名運動の主旨は、新型コロナウイルスによって売上が減少し、多くの飲食店が倒産するおそれがあるので、家賃と雇用者給与の補助をお願いしたいというもの。

2020年3月29日に署名運動が開始されてから、16万人以上が署名したことからも、多くの賛同が得られたといってよいでしょう。

東京都に対する不満

1回目の緊急事態宣言が奏功し、新型コロナウイルスの感染は2020年10月末までだいぶ落ち着いていました。しかし、11月から新規感染者数が増えていき、2021年1月8日から2回目の緊急事態宣言が発令。

この動きに飲食店は危機感を抱きます。

1月13日には際コーポレーションの創業者である中島武社長が、東京都および小池百合子都知事に宛てて、当時は対象外であった大企業も協力金の対象となるように要望書を提出。「紅虎餃子房」「万豚記」といった飲食店やホテルを国内外に約360施設を展開し、2020年度の売上は210億円を誇る大企業であるだけに注目されました。

同日には、国内外に約1500店舗を擁するイタリア料理のファミリーレストラン、サイゼリヤの代表取締役社長の堀埜一成氏が、国がランチも感染リスクが高いと警告を発したことに対して「ふざけんなよと」と強い口調で抗議。

1月15日に「白木屋」「魚民」などを運営するモンテローザが、東京都内337店舗のうち約18%にあたる61店舗を閉店すると発表したことも衝撃的です。

グローバルダイニングと東京都の溝

他にも同時期に大きなできごとがありました。

1月7日に、グローバルダイニングの創業者であり、代表取締役社長でもある長谷川耕造氏が、緊急事態宣言の期間中も通常営業すると公式サイトに掲載。

同社は映画「キル・ビル」の舞台モデルとなった「権八」、「カフェ ラ・ボエム」「ゼスト キャンティーナ」「モンスーンカフェ」などを展開し、東証2部の上場企業という大手飲食企業です。

東京都は3月18日、時短要請を無視していた27の飲食店に対して、時短営業の命令を出しました。27店のうち26店が、グローバルダイニングが運営している飲食店だったので、グローバルダイニングに照準を定めたといっても過言ではありません。

これに対してグローバルダイニングは3月22日に、行政による過剰な権利制約が続いているとして東京都を提訴。請求額がわずか104円であり、実質的な補償を求めたものではないことからも、東京都と飲食店の溝は深いといわざるをえません。

東京都などに「まん延防止等重点措置」

2回目の緊急事態宣言は2月7日までだったのが2回延長され、3月21日にようやく解除されました。しかし、約3週間後の4月9日には東京都、京都府、沖縄県に「まん延防止等重点措置」を適用することが決定します。

東京都は、期間が4月12日から5月11日、対象地域が東京23区、八王子、立川、武蔵野、府中、調布、町田。飲食店は、営業は20時、酒類提供は19時までに制限されました。

緊急事態宣言が全国で解除され、やっと営業できるかと思っていた矢先に、飲食店は再び苦境に追いやられたのです。

食文化ルネサンスによる署名運動

4月6日には、一般社団法人 食文化ルネサンスが内閣総理大臣に宛てた署名運動を開始しました。

食文化ルネサンスとは、先の「HAJIME」米田肇氏や「シンシア」石井真介氏などの有名な料理人をはじめとし、日本の食を代表する人々が理事に就任しており、国と連携して日本の食文化の発展と推進を担う団体。

署名運動の内容は主に、科学的な根拠にもとづいた対応やガイドラインの策定および査察や認証を行ってほしいというものです。

4月30日にはキャンペーンの賛同者が2万5000人を超え、5月7日には記者会見も行われましたが、国や自治体からは納得のいくような反応がまだありません。

日本飲食未来の会による署名運動

3回目となる今回の緊急事態宣言では、時短営業に加えて酒類の提供も禁止となりました。飲食店は、テイクアウトやデリバリーの実施、時短営業内のメニューやオペレーションの最適化など、あらゆる打開策を考えて必死に努力してきただけに、気持ちが折れてしまいます。

飲食業界が経営的にも気持ち的にも厳しい状況に置かれている中で、また新たな活動が5月16日から始まりました。それは、一般社団法人 日本飲食未来の会による署名運動です。

日本飲食未来の会は2020年12月3日に設立された一般社団法人。「HAL YAMASHITA東京」エグゼクティブオーナーシェフの山下春幸氏が代表理事を務めます。山下氏は素材の命・息吹を最大限に生かす"新和食"の料理人として世界中から注目されており、障害者支援や東日本大震災のボランティア活動から政府関係のアドバイザーなど、幅広く活躍。

山下氏が主導する署名運動の要望は次の通りです。

要望

医師などの専門家委員指導のもと、飲食に特化した「感染対策ガイドライン」の「ガイドライン実行、第三者検査、店舗認証」

認証済み店舗は「営業時間の変更」「酒類販売等の許可」など対策を施し、営業活動をいかなる状況下においても通常に行える事が可能

https://in-mirainokai.org/index.php/signature/

述べているのは、専門家による科学的な根拠をもとにしたガイドラインを策定し、しっかり対応している飲食店は通常営業できるようにしてもらいたいということ。非常に納得できる主張であり、ほとんどの飲食店が同じことを思っているのではないでしょうか。

署名運動の背景などについて、山下氏に話を聞きました。

Q:なぜ署名運動を始めたのですか?

山下氏:今年に入ってからほとんど営業できず、耐えられない飲食店が多くなってきたので、署名活動を考えました。昨年6月に1万5千人を上回る署名嘆願書を東京都小池都知事宛てに提出し、東京都家賃等支援給付金の支給が決定されました。こちらの全国版が今回の嘆願書にあたります。

Q:周囲の反応はどうですか?

山下氏:お客様から、応援したいけれど、店がオープンしていないので、食べに行って応援できないとメッセージをいただいていました。署名活動であれば店のオープンに関係なく応援できるので嬉しいという声をいただいています。

Q:どのような経営状態ですか?

山下氏:売上は通常の52%で、状況はさらに悪化しています。協力金では従業員の給与や家賃をとてもカバーできないので、借入金で毎月しのいでいる状況です。残念ながら、大阪・梅田の阪急百貨店にある「HAL YAMASHITA大阪梅田」は6月末で閉店します。大型商業施設の店舗が中心で、要請を遵守しているので、厳しい経営がまだ続くと覚悟しています。

Q:協力金の支給状況はいかがですか?

山下氏:書類を適切に提出すれば支払われますが、支給までに時間がかかるのは問題です。内容が複雑でトラブルが発生しやすいので、申請が間に合わず、資金が不足して閉店した話もたくさん聞いています。金額もまだ適切ではありません。

Q:飲食業界の動きについて、どのような印象をもっていますか?

山下氏:飲食産業は25兆円の規模を誇る日本の成長基幹産業です。他の産業とも関連していて影響力が大きいだけに、飲食業界も組織としてまとまり、しっかりと意見を伝えるべきだと考えています。

Q:国や自治体に対して、どのように感じていますか?

山下氏:政治は国民のためにあると信じていましたが、街場の状況を全く理解してもらっていないと感じます。私の船も沈みそうですが、仲間と船をつなぎ合わせれば、沈まない大きな船団になるでしょう。不満を抱いているよりも、声を上げて実行してもらうことに注力し、少しでも前に進んでいきたいです。

旭酒造の意見広告

5月24日に「獺祭」で知られる旭酒造が、代表取締役社長である桜井一宏氏の署名も記された意見広告を日経新聞に出稿しました。

<飲食店を守ることも日本の「いのち」を守ることにつながります><私たちは、日本の飲食店の「いのち」と共にあります>といった言葉が人々の心を打ち、大きな話題となったのは記憶に新しいところです。

科学にもとづいた検証と手段

医療ガバナンス研究所理事長を務める上昌広氏は記事で次のように述べています。

コロナ対策が進んだ現在、飲食店が感染拡大に与える影響は限定的であり、たとえばニューヨーク州における新規感染者の感染経路では、飲食店はわずか1.4%と報告されています。しかし、日本では政府や専門家が「飲食店悪玉説」に固執しており、検証されていない仮説によって、飲食店を中心とした規制が国策となっていると鋭く指摘。

飲食店に対する度重なる厳しい規制に対して、飲食業界からいくつもの大きな声が上がっており、専門家からも疑問が呈されています。国や自治体は、飲食店の悲痛な叫びに耳を傾け、科学にもとづいた検証と手段を責任をもって推進する必要があるでしょう。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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