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中尾ミエ氏が生放送で激怒した「一流ホテルなら注文なしでも水をだせ」は正しいか?

東龍グルメジャーナリスト
(写真:アフロ)

飲食店で無料の水

飲食店に訪れたら、必ず無料で水がでるものだと思いますか。

先日とても気になるニュースがありました。

2021年5月7日に放送されたTOKYO MX「5時に夢中!」でのこと。「ボッタクリに遭ったことはありますか?」というテーマで、金曜レギュラーを務める歌手の中尾ミエ氏が次のように話しました。

放送前日、一流ホテルに訪れて料飲施設で食事していたといいます。遅れてやって来たマネージャーに何を食べるか尋ねますが、時間がないからいらないと回答。中尾氏がサービススタッフに水だけほしいと伝えたところ、何か一品オーダーしないと水を提供できないといわれたといいます。

番組中では、サービススタッフの応対について、一流ホテルなのに何か一品注文しないと一杯の水も飲ませないなんてと怒りをあらわにします。そして、ホテルの名前までも挙げて不満をぶつけたのです。

この中尾氏の発言に対して、一部では擁護する声もありますが、その多くは批判であるといいます。

中尾氏の発言はどこまでが正しいのでしょうか。

私はこれまで飲食店における空間の価値について記事を書いてきましたが、当記事でも改めて説明していきましょう。

空間にもコストがかかっている

一流ホテルやファインダイニングであったとしても、無料で提供する水であれば、水道水であることが一般的です。150ミリリットル程度の上水であれば値段は非常に安いので、水くらい出してもよいのではないかと思うかもしれません。

しかし、コストは水そのものだけにかかっているわけではないのです。料理やドリンクと同じように料飲施設の空間にもコストがかかっています。家賃が必要であり、内装の施工費がかかっており、装飾品およびテーブルやイスの購入費用があり、メンテナンス費も必要であり、水を飲んでいるグラスにもお金がかかっているのです。

光熱費も忘れてはいけません。明かりを点けたり、空調設備で温度を調整したりするなど、電気代も必要。サービススタッフにもコストがかかっています。オーダーをとったり、料理やドリンクをサーブしたり、使った後のテーブルを片付けたりするには、人的リソースが消費されるのです。

ホテルの料飲施設にあるテーブルは、自宅近くにある公園のベンチではありません。慈善活動で飲食店を経営しているわけではないのです。売上につながらない客ではない人に水を無料で提供することは、決して当たり前のことではないと意識しておかなければなりません。

機会を損失する可能性もある

客ではない人が空間を専有することによって、飲食店は新たな客や売上を得る機会も逸してしまいます。

件の状況では、もともと2人でホテルの料飲施設へ訪れることになっていました。したがって、入店する際に、2人で利用するがもう1人は遅れてやってくるとレセプショニストやサービススタッフに伝えていたはずです。

客の人数によって提供されるサービスも異なります。1人であれば1テーブル2席で十分ですが、2人で利用するとなれば2テーブル4席を用意したのではないでしょうか。あくまでも2人の客がいることを想定して空間やテーブルを用意したにもかかわらず、実際には1人しかオーダーしないのであれば、もう1人分の空間が無駄となってしまいます。

本来であれば、売上に貢献できる他の客を入れられたかもしれないと考えれば、飲食店にとっては売上機会を損失したといえるでしょう。

飲食店の経営で、売上に関連する重要指標として挙げられるのが、客席数と回転率、客単価。2人分の席を専有しているにもかかわらず、1人分しか売上がなければ客単価も半分になってしまいます。

オーダーしない人がテーブルにいることは、ハコモノ業態である飲食店にとっては大きな迷惑となるのです。

オーダーしない人を許容すると不公平が生じる

客が飲食店におもねる必要はありませんが、客がいつも完全に正しいわけではありません。飲食店にも客を峻別する権利があります。ましてや、全くオーダーしない人は客ですらありません。

将来の客になるかもしれないので、こういった人にも水をサーブした方がよいという意見もあるでしょう。しかし、オーダーしない人が店内にいてサービスを受けることを許容していれば、売上が下がるどころか、損をしてしまいます。

オーダーしない客を許容してしまえば、売上を補うためにも現在よりも値段を高くしなければならないでしょう。無銭滞在する人のコストが、他の客に転嫁されるのは公平であるとは思えません。

ホテルや飲食店は困窮を極めている

新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて、ただでさえホテルなどの観光業と飲食業界は困窮を極めています。業種別の倒産件数は飲食店が1位、ホテルは3位と、どちらも経営が逼迫していることは明白です。

テレビの出演者であれば、ADにいえば何でも持ってきてもらえるかもしれませんが、ホテルや飲食店では同じではありません。ホテルが苦境に立たされているにもかかわらず、大きな影響力を有するテレビで「水くらいだせ」という不当な発言が放送されたことは極めて残念であると思います。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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