なぜThe Okura Tokyoのロビーは5階にある? 新生オークラの食がすごい

The Okura Tokyo/著者撮影

昨秋オープンしたThe Okura Tokyo

日本のホテル御三家といえば1890年開業の帝国ホテル、1962年開業のオークラ、1964年開業のニューオータニ。

この中で、昨年秋に華々しくオープンしたのがオークラの旗艦ホテルであるThe Okura Tokyo(ジ・オークラ・トーキョー)です。

2015年8月31日にホテルオークラ東京本館が建替え工事のために閉館した際には、その日本の美を体現した調度品や内装を惜しむ声が国内外から挙がり、大きな話題となりました。

そして、どのような新しいホテルができあがるのかと大きな期待が寄せられる中で、2019年9月12日15時にThe Okura Tokyoが開業したのです。

現在のオークラの食

ホテルオークラ東京開業当時の総料理長であった小野正吉氏が、黎明期から日本のフランス料理界を引っ張ってきた偉人であるだけに、オークラの食は注目されています。

オープンから9ヶ月が経過し、訪れたゲストのフィードバックによって料理やサービスがアレンジされ、オペレーションも慣れてきたところではないでしょうか。

軌道に乗り始めてきたところで、オークラの食がどのようになっているのか、興味がもたれるところです。

最上階に唯一あるレストランの鉄板焼「さざんか」、オークラの食の根幹をなすフランス料理「ヌーヴェル・エポック」、世代を超えて圧倒的な支持を得ている中国料理「桃花林」、新しく鮨や割烹カウンターを備えた日本料理「山里」を詳しく紹介していきましょう。

鉄板焼「さざんか」

素晴らしい眺望と広い空間@さざんか/著者撮影
素晴らしい眺望と広い空間@さざんか/著者撮影

「さざんか」はホテルにおける鉄板焼の先駆けです。

1964年東京五輪開催に際し、夏季限定で営業していた「テラスレストラン」の鉄板焼コーナーとして始まった後、日本料理「山里」の中で鉄板焼コーナーとして営業しました。

1990年4月には本館10階に場所を移し、鉄板焼「さざんか」として独立し、2015年9月に別館3階で営業。そして、2019年9月にThe Okura Tokyoのオークラ プレステージタワー41階に場所を移して営業することとなったのです。

80という席数は、鉄板や焼き手が必要となる鉄板焼においては、驚くべき最大級の規模。個室も5つあり、14名まで利用できる大きな部屋もあります。

スタッフの紹介

銘柄牛のサーロイン(手前)と特選和牛のフィレ(奥)@さざんか/著者撮影
銘柄牛のサーロイン(手前)と特選和牛のフィレ(奥)@さざんか/著者撮影

マネージャーを務めるのは伊藤純雄氏。1961年生まれで、1988年3月にホテルオークラ東京へ入社し、日本料理「山里」の鉄板焼コーナーに配属されました。2000年7月に九州・沖縄サミットの首里城晩餐会で、アメリカ大統領のビル・クリントンのサービスを担当し、2006年6月まで焼き手を担当。

以降はオープニングの指導者として出向するなど後進の育成にも尽力し、現在は「さざんか」マネージャーだけではなく、料飲部料飲サービス課副課長も務めています。

新しくなったところ

舌平目のグラタン さざんか風@さざんか/著者撮影
舌平目のグラタン さざんか風@さざんか/著者撮影

「さざんか」は最上階にある唯一のレストラン。東京都心から北側と西側を望める地上約190メートルもの高層ビューを得られたのは、以前から新しくなった大きなところです。

1人の焼き手が対応できるのは2組から3組といわれる鉄板焼にあって、80席もあるのは非常に多いといえますが、席が詰め込まれているわけではありません。通常の鉄板焼カウンターの間隔よりも2割から3割は広く、贅沢な空間を有しています。個室も5部屋あり、そのどれもがデザート用の転卓テーブルまで備えるほどの広さです。

鉄板焼プレートに加えて、グリルパンも設置されているので、ゲストの好みに応じた調理法が可能となっています。テーブルウェアも一新されており、有田焼とマイセンなどのプレートを用いているので、料理が華やかに映えているのです。

コンディメントも、力強さとまろやかさを携えたフランス・ブルターニュ地方のゲランドのフルール・ド・セル、ワサビ、爽やかな柚子胡椒と新しくなりました。

色々なものが刷新されていますが、今回の目玉ともいえるのが、オークラこだわりの特選和牛。「さざんか」で提供されているのは、但馬牛を素牛とし、島根県の松永牧場で肥育された雌牛で、飼料や飼育方法が独自のものとなっています。

もともと以前から特選和牛の構想はあったといいますが、まるごと一頭購入することから、どのように使うかが議論されていたということです。しかし、新しくオープンするにあたり、よいものをよく知っているオークラのゲストのために提供する運びとなりました。

変わらない伝統

薄切り 特選和牛リブロース 特製たれ焼き@さざんか/著者撮影
薄切り 特選和牛リブロース 特製たれ焼き@さざんか/著者撮影

「薄切り 特選和牛リブロース 特製たれ焼き」は鉄板で薄切りの牛肉を大葉、白髪ねぎ、ローストしたニンニクを巻いて焼き上げた「さざんか」オリジナルの一品。こちらのメニューはファンが多いということもあって完全に引き継がれています。

卵を入れ、紅生姜を添えるガーリックライスも、これまでの伝統を踏襲しました。鉄板焼のガーリックライスはバリエーションが豊富であり、たとえば、卵を入れるかどうかだけでも、かなり分かれるところ。卵を入れて紅生姜まで添えるガーリックライスは珍しいだけに、ゲストにとっては貴重な体験となることでしょう。

焼き手がサービススタッフという位置づけになっているのも、オークラの鉄板焼ならでは。サービススタッフが焼いているという考え方をしているので、焼き手がしっかりとサービスも行うので、一貫した食体験を提供できるのです。

これから

ガーリックライス@さざんか/著者撮影
ガーリックライス@さざんか/著者撮影

今後については、現在いる2人の女性の焼き手を増やしていきたいといいます。

銘柄牛のグランドフェアは引き続き2ヶ月毎に行っていき、色々な牛肉を楽しめる機会をつくっていきたいということです。

黒毛和牛が世界的に注目されていく中で、圧倒的な眺望や無二の空間を獲得した「さざんか」の需要がますます高まっていくことに違いはありません。

ヌーヴェル・エポック

3年以上の長期熟成したポメリー@ヌーヴェル・エポック/著者撮影
3年以上の長期熟成したポメリー@ヌーヴェル・エポック/著者撮影

フランス料理「ヌーヴェル・エポック」は、ホテルオークラ東京開業当時の総料理長である小野正吉氏の系譜を引くフランス料理店です。

「ヌーヴェル・エポック」は「新しい時代」を意味しており、「古きよき時代」を意味するフランス料理「ラ・ベル・エポック」を継承しながらも、ヘルシー&ガストロノミーをテーマに進化しました。

56席と高級フランス料理店としては大きな広さとなっており、10名まで利用できる個室1部屋が設けられています。

スタッフの紹介

爽やかな柑橘の香る桜鱒のマリネ “ベルヴュ風” オシェトラキャビアのクレームとともに@ヌーヴェル・エポック/著者撮影
爽やかな柑橘の香る桜鱒のマリネ “ベルヴュ風” オシェトラキャビアのクレームとともに@ヌーヴェル・エポック/著者撮影

シェフの重責を担うのは1974年生まれの高橋哲治郎氏。有名ホテルやフランスの名店で修行し、2007年に株式会社ホテルオークラ東京へ入社。「ラ・ベル・エポック」や宴会部門などで腕をふるった後、「ヌーヴェル・エポック」シェフに抜擢されました。日本におけるフランス料理の三大料理コンクールのひとつである「エスコフィエ・フランス料理コンクール」で2012年に3位を獲得するなどの受賞歴もあります。

シェフパティシエは青森昌之氏。ホテルオークラ東京に入社した後、渡仏して有名店で修業します。帰国して町場の洋菓子店で勤務しますが、その実力を買われて、The Okura Tokyoオープンに合わせて再びオークラに戻りました。

マネージャーは1970年生まれの長沼康二氏。1991年にホテルオークラへ入社し、宴会部門や「ラ・ベル・エポック」などオークラの洋食を担うレストランでサービスに従事。2019年から「ラ・ベル・エポック」でマネージャーを務め、「ヌーヴェル・エポック」でも引き続き同職を務めます。

新しくなったところ

フォワグラのローズ仕立て “ピエール・ドゥ・ロンサール” 魅惑な香り漂う蝶々のクルスティアン@ヌーヴェル・エポック/著者撮影
フォワグラのローズ仕立て “ピエール・ドゥ・ロンサール” 魅惑な香り漂う蝶々のクルスティアン@ヌーヴェル・エポック/著者撮影

「ヌーヴェル・エポック」はThe Okura Tokyoのレストランの中でも、特に新しくなったといえるレストランです。

フランス料理では、ワインは料理とのマリアージュで非常に重要な役割を担いますが、The Okura Tokyoのためだけに3年以上も長期熟成させたポメリーやクリュッグといったシャンパーニュを嗜むことができます。どちらともマグナムサイズで熟成されており、表面積が大きいことから通常ボトルよりも味わいに奥行きがあるのが特徴。

グラスはThe Okura Tokyoのロゴが入ったオーストリアのグラスメーカー「ロブマイヤー」の特注品。飲み口が反り返った美しいチューリップ型で、エレガントに香りがとれます。

内装も大きく変わりました。以前は重厚なアール・ヌーヴォー様式でしたが、「ヌーヴェル・エポック」は、「The Okura Tokyo」のロビーを手掛けた建築家である谷口吉生氏によって設計され、ロビーから店内に流れるように続く和を意識した空間となっています。直線的で欄間があったり、窓の強化ガラスが障子風にデザインされたりしているのです。

テーブルウェアも一新され、プレートはフランスのサフラン、ベルナルド、ジョーヌ・ド・クローム、肉料理のナイフは新潟県燕市の藤次郎によるオリジナル製品。

スタイルも大きく変わり、アラカルトの提供はやめ、高橋氏の世界観が存分に表現されたコースのみを提供するようになりました。ありとあらゆるゲストに対応するため、アラカルトを残すホテルが多い中にあっては、新時代のホテルフレンチであるといえるでしょう。

メニューは2ヶ月毎に新しくなりますが、高橋氏は新潟、石川、九州に足を運んでいるなど、常に生産者と密な対話を行っています。

変わらない伝統

「蝦夷鮑のココット蒸し焼き 海藻と日本酒の芳醇な薫り」のサーブ@ヌーヴェル・エポック/著者撮影
「蝦夷鮑のココット蒸し焼き 海藻と日本酒の芳醇な薫り」のサーブ@ヌーヴェル・エポック/著者撮影

フランス料理の真髄であるソースはあまり変えておらず、あくまでも小野氏が生み出したソースのベースを踏襲。素材からの旨味を引き出し、現代風により軽やかでヘルシーに仕立て上げています。

サービススタッフがテーブル前で行うデクパージュも引き続き力を入れており、ワゴンを運んでいって目の前で取り分けたり、仕上げの調理を行ったりと、できたてには妥協しません。

これから

くまもとあか牛フィレ肉のポワレ カシスの酸味をほのかに感じるソースとともに@ヌーヴェル・エポック/著者撮影
くまもとあか牛フィレ肉のポワレ カシスの酸味をほのかに感じるソースとともに@ヌーヴェル・エポック/著者撮影

高橋氏は「シェフに指名されると思わなかったので驚いた」といいますが、今後のアイデアは実に豊富です。

現在は褐毛和牛である熊本県のあか牛を使っていますが、今後は日本各地の和牛も使用したり、日本古来の料理法として麹を用いたメニューを開発したり、日本酒と親和させたりすることを考えています。

以前と同じように、海外から話題性のあるシェフを招聘してコラボレーションし、高橋氏の料理と交互に提供していくことも計画。

由緒正しきオークラフレンチの伝承者である高橋氏の料理がどのように進化していくのか、今後も注視していきたいです。

中国料理「桃花林」

酔っ払い伊勢海老@桃花林/著者撮影
酔っ払い伊勢海老@桃花林/著者撮影

中国料理「桃花林」は日本で初めてとなるホテル直営の広東料理店です。400種類を超えるアラカルトメニューがあり、中国料理の多様さを肌身で感じられる名店。

1962年にホテルがオープンした時からあり、日本人が大好きな中国料理ということもあって、実に多くの人々に親しまれています。

144席という広さを有し、個室も8室設けられているので、親類や友人との集まりから重要な接待まで、色々な用途で利用できるでしょう。

スタッフの紹介

卵の白身入り燕の巣のスープ@桃花林/著者撮影
卵の白身入り燕の巣のスープ@桃花林/著者撮影

キッチンを司るのは、1983年に19歳で入社した中国調理総料理長の陳龍誠氏。1991年に27歳でグアムホテルオークラ「桃花林」料理長、2004年に39歳でオークラ千葉ホテルの総料理長、そして2011年に46歳でホテルオークラ東京 中国調理総料理長に就任します。

2014年に調理師関係功労者厚生労働大臣表彰、2017年に東京都優秀技能者(東京マイスター)知事賞を受賞するなど、輝かしい実績も誇るのです。

マネージャーを務めるのは石坂実氏。一度ホテルオークラを退社した後、2007年10月に再入社しました。2012年7月に「桃花林」アシスタントマネージャーへ就任し、2016年7月にマネージャーへ昇格。陳氏とも長い付き合いなので、キッチンとホールのチームワークは抜群です。

新しくなったところ

牛バラ肉のココット焼き 高菜入り細花巻添え@桃花林/著者撮影
牛バラ肉のココット焼き 高菜入り細花巻添え@桃花林/著者撮影

「桃花林」には数十年来のゲストがついているので、そこまで思い切ったことはできませんが、それでもオープンを機に様々なことが行われています。

ワゴンを新しくして以前よりも多くデクパージュを行い、ゲストの前で魅せるサービスに注力するようになりました。陳氏が考案した「酔っ払い伊勢海老」は食味がよいだけではなく、ゲストの目の前で伊勢海老を紹興酒に酔わせるので非常に見応えがあります。

レンゲも薄くなり、持ちやすく食べやすくなりました。料理のプレゼンテーションも変わり、より見た目の印象がモダンに。フルーツはなるべくそのままの形を見せるようにし、イメージが膨らむようにと工夫しています。

キッチンにはオーブンが導入されました。こんがり焼く手法は中国料理であまり見かけられないだけに、新しいニュアンスが感じられることに間違いありません。

「牛バラ肉のココット焼き 高菜入り細花巻添え」はアメリカ産牛のショートリブをココットに入れてオーブンでじっくりと焼いているので、見た目も味わいも洋風料理のようです。添えられた細い花巻をスープにつけて食べるのは洒落ています。

広東料理は塩が重要なので、原点に戻り、ご飯に合いそうな塩梅にしたということです。海老やネギなど、基本になる食材のクオリティを上げることによって、料理の質のボトムアップも図りました。

ショップの「シェフズガーデン」では、これまでも「桃花林」の料理がテイクアウト用に販売されていましたが、「チャーシュー細切り葱入りつゆそば」といった新たな定番メニューも加わったことは特筆するべき点です。

変わらない伝統

野菜つゆそば@桃花林/著者撮影
野菜つゆそば@桃花林/著者撮影

大皿で運んで来てサービススタッフが取り分けるサービスは変わりません。中国料理は大皿で提供され、客が自分たちで取り分けるといったイメージがあるにもかかわらず、顧客目線に立ったサービスが引き続き行われているのは素晴らしいところです。

甕出し紹興酒も以前と同じスタイルで、目の前で汲んで提供しています。個室でゲストの要望に応じたオリジナルのコースを提供するのも同じです。

引き続きランチもディナーも2回転するほどの人気ぶりですが、それでも値段を上げていないのは良心的であるといえます。このスタイルはレストランのみならず、着席スタイルの宴席でも同様。

これから

パパイヤの器入り杏仁アイスクリーム(手前)とカスタード入り胡麻付き揚げ菓子(奥)@桃花林/著者撮影
パパイヤの器入り杏仁アイスクリーム(手前)とカスタード入り胡麻付き揚げ菓子(奥)@桃花林/著者撮影

オーブンを用いた料理を増やしたり、杏仁豆腐を大きな器に入れて約8種類のフルーツを用意したりするなど、ワゴンサービスをさらに拡大するということです。

メニューは月替りで新しくなり、料理長おすすめが2ヶ月に1回、グランドメニューが4月と10月に入れ替え、アラカルトはその都度入れ替えていきます。

オリジナルのテーブルウェアもレストランの意匠をデザインに取り入れるなど、チームとしてまとまりのある「桃花林」。「日本における最高の中国料理」を目指すと明言する陳氏によって、引き続きその歴史は紡がれていくでしょう。

日本料理「山里」

出汁@山里/著者撮影
出汁@山里/著者撮影

日本料理「山里」は1962年のホテルオープン時からあるレストランで、正統派の日本料理でありながらも、気軽に楽しめる「ホテルの和食堂」をコンセプトに掲げています。

会席料理が供されるダイニングエリア40席に加えて、ホテル和食堂の醍醐味を体験できるコの字型の割烹カウンター10席、鮨エリア20席(カウンター12席、テーブル8席)、天ぷらカウンター12席を擁し、それぞれが独立していながらも、ひとつの店で様々な日本料理が味わえるのです。

和室1部屋を含む5部屋の個室も設けられています。本館7階にあった茶室「聴松庵」が移設され、静謐な空間の中でお茶を嗜むこともできるようになっており、施設面で大きく飛躍しました。

スタッフの紹介

くじら(尾身) 芹とろろ 生姜醤油 黒大蒜@山里/著者撮影
くじら(尾身) 芹とろろ 生姜醤油 黒大蒜@山里/著者撮影

澤内恭氏が上席執行役員 和食調理総料理長を務めます。1976年にホテルオークラに入社してから和食一筋の料理人生。1994年にホテルオークラレストラン千葉の和食調理長、2004年にホテルオークラ東京の和食調理長、2009年に和食調理総料理長を歴任。2010年には「APEC首脳会議」晩餐会の会席料理を監修するなど、国を背負う重責を担ったこともあります。

女将は青木優佳氏。2001年ホテルオークラ東京に入社して「山里」に配属。2007年からアシスタントマネージャーを務め、2016年にはホテルオークラアムステルダムへ出向し、The Okura Tokyoオープンから現職に就きます。

オークラの日本料理を知り尽くした澤内氏と青木氏による盤石の体制であるといってよいでしょう。

新しくなったところ

焼毛ガニ 味噌和え@山里/著者撮影
焼毛ガニ 味噌和え@山里/著者撮影

「山里」は大きな変化がなかったレストランであるといわれていますが、実際には色々な点が新しくなっています。

建物の造りでいえば、5階のメインエントランスを介さずに、4階の車寄せから個室へと直接アクセスできるようになったことで、利用範囲がだいぶ広がりました。以前は茶室が別の階にありましたが、現在は茶室「聴松庵」が「山里」内に設けられているので、行き来しやすくなり、利用しやすくなっています。

既存の天ぷらカウンターだけではなく、鮨カウンターが「山里」内に設けられるようになったことも、ゲストの利便性を高めたといってよいでしょう。

そして、今回の目玉といえば、澤内氏が「おいしいものを少しずつ食べていただきたいので、オープンが長年の悲願であった」と述べる割烹カウンター。

食材の全てが割烹カウンター専用に仕入れられていることに加えて、テーブルウェアも有田焼から九谷焼、美濃焼や笠間焼など、各地の陶磁器が割烹カウンター専用に取り揃えられているのです。

最大の特徴は、カウンターを挟んでゲストと相対する料理人が調理してサービスし、割烹だけで完結させること。10人以下のゲストのためだけに、カウンターに2人の料理人、炭火焼き器を備えた奥の焼き場に1人の料理人が立ちます。

毎月基本となる約15品が決められ、その日その日によって最適なものにアレンジ。作り手によるおまかせとなりますが、ゲストの好みによって品数から食材まで、何でも対応してもらえるのです。

〆のお食事に2、3種類が用意されているのも、他にはないユニークな特徴。

オリジナル日本酒である兵庫県姫路市「龍力 純米大吟醸 山里」を始めとして、全国から集められた60種から70種の日本酒が取り揃えられています。江戸切子や薩摩切子のグラスで飲めるのも風情があってよいでしょう。

変わらない伝統

和牛ひれ(常陸牛) 照り焼 辛子@山里/著者撮影
和牛ひれ(常陸牛) 照り焼 辛子@山里/著者撮影

割烹カウンターは新しい試みばかりですが、「山里」としては変わらないところがたくさんあります。

100種類以上の一品料理からオーダーメイドのコースまで幅広く用意し、様々な年代や目的に合わせ、ゲストに寄り添うホテルの和食堂というコンセプトは変わりません。

オークラのエスプリともいえる水が流れる軌跡を表現した庭園も同様で、5部屋ある個室のうち4部屋から望めるようになっています。

これから

小柱 天ばら 塩昆布 切り胡麻 芹@山里/著者撮影
小柱 天ばら 塩昆布 切り胡麻 芹@山里/著者撮影

澤内氏は「たとえていうならば、少しずつ階段を上っていけばいい。これまでと基本的に同じだが、幅を広くし、食材を増やしていきたい」と述べます。

割烹カウンターを新設した「山里」からは、ますます目が離せないでしょう。

ロビーが5階となっている謎

The Okura Tokyoは17階建てのオークラ ヘリテージウイングと41階建てのオークラ プレステージタワーを擁していますが、共にロビーが5階となっています。全階に入居しているホテルであれば通常、ロビーが1階や2階となっていることがほとんどなので、5階となっているのは珍しいことです。

その理由は、これまでのゲストが迷わないようにという配慮から。以前この場所にあったホテルオークラ東京 本館では、ロビーが5階となっていたので、その伝統を踏襲したのです。

では、どうしてホテルオークラ東京 本館では、ロビーが5階となっていたのでしょうか。

1962年のオープン当時、ホテルオークラの建設用地は、東京都の緑地指定によって制限を受けていたので、6階の高さまでしか建てられませんでした。しかしその規模では、オリンピック需要に応えられる500以上の客室数にはなりません。

そこで、敷地内の最も高いところに正面玄関を設け、そこをロビーにして解決したのです。それによって、地下4階から地上6階という構造となり、全部で10階建てという大規模なホテルを建設することができました。

こういった経緯があって、敷地内で最も低いところを1階にした時に、ロビーが5階となったのです。

第2の創業ともいえるオークラの食

ここまで紹介してきたように、「ヌーヴェル・エポック」はコース料理のみに特化したり、「さざんか」はオークラこだわりの特選和牛を提供したり、「桃花林」はプレゼンテーションを刷新したり、「山里」は割烹カウンターを備えたりしています。

それぞれのレストランは伝統を守りながらも新しい要素を取り入れており、これまで以上にゲストを魅了するようになったといって間違いありません。

The Okura Tokyoは4年もの期間を経てオープンしましたが、第2の創業ともいえるほど革新されたオークラの食は、そのよき伝統を携えながら、これまで以上に美食の歴史を刻んでいくことになるのではないでしょうか。

※営業時間については公式サイトをご確認ください。