5年が経過した群馬県の「すき焼き応援県」を応援できない4つの理由

(写真:アフロ)

11月29日は何の日か

先月末の11月29日は、何の日であったか知っていますか。

「いいにく」=「いい肉」ということで、肉に関係した日というのは想像つきそうです。その予想通りで、11月29日は群馬県が制定した「ぐんま・すき焼きの日」だったのです。

群馬県は「すき焼き自給率100%」県として「ぐんまのすき焼き」を県内外に浸透させるため、2014年9月に「すき焼き応援県」を宣言しました。

この活動の一環として2015年に「ぐんま・すき焼きの日」を制定し、普及に励んでいます。

私は、群馬県が活動を開始してから、その動向に興味を持っていました。ただ、5年が経過した今、「すき焼き応援県」はあまりよくなかったのではないかと考えています。

「すき焼き応援県」とは

「すき焼き応援県」とはどういうものでしょうか。

上記の群馬県公式サイトによると、上州和牛、こんにゃく、下仁田ネギ、生しいたけ、春菊など群馬県が誇る食材を用いると、すき焼きに必要なものを全て揃えられることから、「すき焼き自給率100%」県であると述べています。

そこから、すき焼きを応援していこうということで「すき焼き応援県」の宣言につながり、11月29日を「ぐんま・すき焼きの日」に制定するに至ったのです。

ブランド力向上

ブランド総合研究所が行う「都道府県魅力度ランキング」によれば、群馬県は常に最下位あたりに位置しています。

2012年の調査開始以来、41位から47位の間を行き来しており、最新の2019年の調査では45位。

そのため、ブランド力を向上させるためにも、地元の特産物をすき焼きに絡めてPRしようとしたことは想像に難くありません。

施策は十分に理解できるのですが、以下の理由から「すき焼き応援県」という方向性はよくなかったと考えています。

  • 歴史がない
  • 県民が食べていない
  • 食材があっても料理はできない
  • すき焼き店がない

それぞれを詳しく説明していきましょう。

歴史がない

料理を広めていく時に歴史は非常に重要ですが、群馬県にはすき焼きを作って食べてきた歴史がありません。

その土地で長らく食べられてきたり、その地域にだけ特有であったり、地域住民に親しまれたりしてきた料理は、ソウルフードと呼ばれます。

ソウルフードとはつまり、そこで生きてきた人々の命をつないできた重要な食べ物です。もしも、その食べ物がなければ、食べるに困って、その土地の先祖は生きながらえることができなかったかもしれません。

命をつなぐという重要な役割を果たしてきただけに、ソウルフードには多くの工夫が凝らされていたり、食べてきた人の数だけストーリーが紡がれたりしています。

そういった食べ物であるからこそ、他の食べ物とは違って大変思い入れが強く、情報量も多いので、PRではとても強い力を持つのです。

日本で最も古いすき焼き店は明治時代の京都で生まれたといわれており、その前身にあたる牛鍋は幕末の横浜で、さらにその前の杉やき・鋤焼は江戸時代の江戸で誕生したとされています。

群馬県にはすき焼きに関する歴史がなく、すき焼きに対する思い入れもないことは明白です。

そういった状況にあって、どのような背景や熱意を持ってすき焼きを応援するというのでしょうか。

応援というやや控えめな立場に身を置いたのはよかったのですが、群馬県の食材のために、群馬県とは全く関係のない料理を応援するのは、食文化の伝播として正しいとは思えません。

食べていない

次に問題なのは、群馬県民がすき焼きをあまり食べていないことです。

以上の調査によれば、群馬県民がすき焼きを食べる頻度は「食べたことがない」「1年以上食べていない」「1年に1回程度」が44.7%を占めているといいます。つまり、多くの群馬県民にとって、すき焼きを食べることは、かなり稀であるといってよいでしょう。

群馬県にすき焼きの歴史がなかったとしても、群馬県民がすき焼きを大好きであり、消費量が非常に多いのであれば、PRする意味が理解できます。群馬県民の多くがすき焼きを支持しているのであれば、その土地の発祥ではないのに餃子を全面に押し出している宇都宮や浜松のように、受け入れられやすいかもしれません。

しかし、半分近くの群馬県民は、1年に1回すき焼きを食べるかどうかという程度なのです。

群馬県民があまりすき焼きを支持していないのに、群馬県だけがすき焼きを応援しているのは、正しい姿であるとは思えません。

自治体はそこに住む人々が支持しているものを、応援するべきではないでしょうか。

食材があっても料理はできない

群馬県は、上州和牛、こんにゃく、下仁田ネギ、生しいたけ、春菊といった食材が揃っているので、すき焼きに相応しいと述べています。

しかし、残念ながら、食文化という観点からは、直接的に食材と料理は関係ありません。あくまでも、その地域と料理、もしくは、その地域と食材が結びつくべきであり、食材と料理が無理に結びつくのはよくないと考えています。

このような論理がまかり通るとなれば、食材の宝庫となっている北海道はどうなってしまうのでしょうか。

北海道はジャガイモ、タマネギ、ニンジン、トウモロコシ、ダイコン、カボチャ、ブロッコリー、カリフラワーといった野菜から、小麦、大豆、小豆といった穀物、サケ、コンブ、タラ、ホタテ、ウニといった魚介類、肉用牛や生乳などで日本国内1位のシェアを誇ります。

群馬県がとった論理を用いれば、北海道は「カレー応援県」「パン応援県」「うにく応援県」となりうるでしょう。さらにいえば、世界の大豆生産国であるアメリカは「豆腐応援国」「味噌汁応援国」「醤油応援国」となってしまいます。

その地域で生産された食材が、どのようにして、その地域の食品や郷土料理となったかが重要です。

群馬県には、すき焼きに相応しい食材がそこまで揃っていたにもかかわらず、すき焼きが広まりませんでした。「すき焼き応援県」を宣言してからでさえ、群馬県民にすき焼きは広がりをみせていません。

群馬県にすき焼き文化が育まれてこなかったのは、群馬県という土地とそこに住む人々による、すき焼きへの消極的な反対であるのではないでしょうか。

すき焼きの食材があるからといって、すき焼きを応援するというのは、大きな飛躍があるように思います。

すき焼き店がない

そもそも、群馬県はどうして「すき焼き応援県」を宣言したのでしょうか。

多くの人に「群馬県といえばすき焼き」「すき焼きといえば群馬県」というイメージを持たれたとして、すき焼きを食べる時に、全てを群馬県の食材で揃えようとするようには思えません。

すき焼きを食べるからといって、上州和牛を取り揃えようとするすき焼き店や家庭はあるのでしょうか。しかも、上州和牛の年間出荷頭数は松阪牛と同程度の4000頭程度で、決して少なくはありませんが、宮崎牛の13000頭や飛騨牛の11000頭に比べれば、多いとはいえません。

食べログですき焼き店について調べたところ、全国で1920店ありますが、群馬県には僅か26店しかありません。東京422店、大阪224店、神奈川県79店、京都73店と比べると、店数は雲泥の差です。

したがって、群馬県であればすき焼きというイメージが付き、せっかく観光客が訪れたとしても、群馬県ですき焼きを味わえる飲食店が少ないのでは仕方ありません。

「すき焼き応援県」を進めたところで、実際にどのように群馬県の飲食店や生産者に還元できるか、イメージがつかめないのです。

自治体における食のPRのあり方

群馬県が「すき焼き応援県」を宣言してから5年が経ちます。飲食店でいえば、開業から5年も経てば、その生存率は10%とも20%ともいわれている非常に厳しい時期です。

群馬県には素晴らしい食材があります。そして、その素晴らしい食材を用いた、おっきりこみ、焼きまんじゅう、こんにゃく料理、沼田だんご汁、上州太田焼そば、水沢うどんなど、個性的な郷土料理もあるのです。

それにもかかわらず、全く関係のないすき焼きを全面に押し出す必要はあるのでしょうか。

群馬県で生きてきた人々のソウルフードであり、今も群馬県に愛されている郷土料理を、現代風にアレンジして見た目や味付けを新しくしたり、背景を掘り下げて印象に残るようなストーリーを紡ぎあげたりすることこそが、自治体が行うべきことではないでしょうか。