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シャンハラ、カシオレハラ、おいしいぞハラスメント 新アルハラのアルコノミハラスメントとは何か?

東龍グルメジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

乾杯でビール

先日<カフェハラとは何か? 怒れるカフェインハラスメントへの強い違和感>という記事を書きました。

パワハラやセクハラなどが社会的に大きな問題となっているところで、今度はカフェインハラスメントという言葉が現れました。カフェインハラスメント自体は理解できるのですが、投稿者の主張に対して異なる見解をもっていたので、記事で取り上げたのです。

その後に、これと似たような食のハラスメントの記事を拝読しました。

 かつて、酒席の1杯目は「とりあえずビール」がほぼ“当たり前”だった。そんな乾杯事情に、最近変化が生じているようだ。

 まず、人気なのはハイボール。原材料となるウィスキーの年間出荷量は前年比108%の成長を遂げた一方で、ビールの出荷量は14年連続で減少。日本人がビールを嗜む量が減っていることは歴然だが、今でも宴席では、「とりあえずビール」の習慣は残っているのだろうか。若い20代、30代のサラリーマンに実情や、この慣習についての意見を聞いた。

(中略)

 お酒はあくまでも宴席を盛る上げるためのもの。同調圧力や慣習に縛られずに楽しみたいという若者は多いのかもしれない。

出典:「とりあえずビール」は時代遅れ? “いきなりハイボール”派の意見

宴会の時に好きなドリンクで乾杯したいが、とりあえずビールという雰囲気があり、ビール以外のドリンクを注文できないというのです。

アルコノミハラスメント

実は私も周りの親しくさせていただいている方から最近同じような話を聞いており、関心のある問題となっていました。

したがって、当記事ではアルコール入りドリンクの嗜好に関連したハラスメントについて考えてみたいと思います。

アルコールに関するハラスメントでは、アルコールハラスメントという言葉があります。

ただ、アルコールハラスメントの定義は以下の通りになっており、飲酒の強要という意味では近いのかもしれませんが、アルコールの嗜好についてまでは言及されていません。

アルコールハラスメントの定義

  • 飲酒の強要
  • イッキ飲ませ
  • 意図的な酔いつぶし
  • 飲めない人への配慮を欠くこと
  • 酔ったうえでの迷惑行為

したがって、アルコールハラスメントとは異なる事象を扱うことになるので、この記事ではアルコールハラスメントと区別するため、便宜的に私が名付けた「アルコールの好みハラスメント」=「アルコノミハラスメント」という言葉を使って区別することにします。

アルコノミハラスメント

  • 時間・場所・場合
  • 性別
  • 見た目

アルコノミハラスメントについては以上がポイントになると考えています。それぞれについて説明していきましょう。

時間・場所・場合

時間と場所と場合、いわゆるTPOでアルコノミハラスメントは起こることがあります。

冒頭で紹介した記事が代表的な例です。会社の飲み会で、最初の乾杯にビールを飲まなければならない圧力が、まさに当てはまります。

会社の飲み会ではなく、何かしら連帯感のあるグループや合コンなどの場でも、最初の乾杯がビールという雰囲気であれば同様です。

しっかりとしたコースを提供するファインダイニングでは、基本的に料理に合わせて様々なお酒が提供されます。

シャンパーニュから始まり、白ワインが続き、フォアグラであれば甘口ワインを合わせ、肉料理で赤ワイン、フロマージュには赤ワインや酒精強化ワイン、食後酒にはバニュルスやソーテルヌなどの甘口ワイン、ポートワインを始めとする酒精強化ワインやグラッパなどの蒸留酒といった流れに なるのです。

ただ、飲食店のコンセプトやソムリエの提案によっては、日本酒を組み込んだり、全てシャンパーニュでペアリングしたりと、セオリー通りではないワインを勧めることも最近では少なくありません。

料理に対して色々なお酒の選択肢が考えられる昨今においては、この料理には必ずこのお酒を飲むべしと強いることは、アルコノミハラスメントにあたるでしょう。

日本料理であれば日本酒、中国料理であれば紹興酒、台湾料理であれば台湾ビール、韓国料理であればマッコリなど、固定概念を押し付けるのも同様であると考えられます。

時間・場所・場合によって最も相応しいと思われるお酒はありますが、それしか許されない雰囲気をまとっていたり、強引さを伴っていたりすれば、アルコノミハラスメントに該当するといってよいでしょう。

性別

性別によってもアルコノミハラスメントは起こります。

代表例として挙げられるのはシャンパーニュ・ハラスメントもしくはシャンパン・ハラスメント、略してシャンハラです。

女性であれば誰しも、シャンパーニュはもちろん、泡物であるスパークリングワインが好きであると決めつけて、それを強いたり茶化したりすることです。

具体的には、シャンパーニュやヴァン・ムスー、カヴァやスプマンテといったスパークリングワインを勝手に注文したり、スパークリングワインを選ばなかった女性に対して「最初はシャンパンでしょう」「どうしてシャンパンを飲まないの」と意見を押し付けてきたりする行為が該当します。

それなりにオシャレなフレンチやイタリアンであればもちろん、大衆的な居酒屋やチェーン店であっても、同じことが起こるようです。

女性誌で「合コンで女性が飲んでいると好印象なお酒」としてスパークリングワインが挙げられたり、ラグジュアリー誌で「今夜はシャンパーニュでデート」といった特集が組まれたり、女性をターゲットにしたレストラン予約サイトでスパークリングワインの特典が付いていたりします。

こういった情報を目の当たりにしていれば、女性であって男性であっても、女性はスパークリングワインが好き、女性はスパークリングワインを飲むべし、というバイアスがかかってしまうのかもしれません。

ロゼワインは、フランスでは白ワインよりもたくさん飲まれていたり、アメリカでも近年市場が拡大していたりしますが、日本ではブームが訪れると毎年予言されつつも、まだあまり飲まれていません。

見た目が淡いピンク色ということもあって、日本ではワイン初心者や女性が飲むものと思われたり、男性が飲むのはかっこ悪いという雰囲気があったりするでしょう。ロゼワインは女性が飲むものであり、男性はあまり好まないものであるという押し付けもアルコノミハラスメントにあたります。

見た目

見た目もアルコノミハラスメントの要素のひとつとなっています。見た目の場合にはおそらく、特に女性が対象になることが多いのではないでしょうか。

例えば、外見が可愛らしかったり、童顔であったりする女性は、甘くて爽やかで飲みやすいカクテルが好きであると思われることが少なくありません。女性が好きなカクテルの代表格であるカシスオレンジに関して、カシオレハラスメントもあると聞きます。

チャーミングな女性が、飲み会やデートの席で、ソルティドッグのような辛口のカクテル、ワインやウィスキーなどをオーダーすると「どうしてカシスオレンジを飲まないの」と尋ねられるというのです。

反対に同じ女性であっても、大人っぽかったり、クールな雰囲気をまとったりしている方であれば、フルボディの赤ワインや度数の高い蒸留酒を飲むものだという思い込みもよくされます。

こういった女性がカシスオレンジをオーダーすると「あなたはカシスオレンジではないでしょう」といわれるのです。

男性に関しては、体育会系のがっしりした人であれば、いくらでもビールが飲めるという印象を持たれたりするでしょう。シニア世代の男性であれば、日本酒や焼酎ばかりを飲みそうで、ソーテルヌなどの貴腐ワインなどは全く飲まないと思われるかもしれません。

男女共に、見た目によってお酒が飲めそうか、飲めなさそうか、飲めるのであれば、こういったお酒を飲んでいそうで、こういったお酒は飲めなさそう、といったイメージがあるかと思います。

しかし、当の本人はこれまでの人生における人付き合いの中で、お酒に関する特定のイメージが持たれていることを十分に自覚しているのです。

酒席のたびにいちいち説明するのも面倒なので、会話の端緒にするくらいであればまだしも、しつこく言及されたり、茶化されたりしたくないと感じています。

おいしいぞハラスメントも

ここまでアルコールを含んだドリンクの嗜好に関するハラスメントについて話を展開してきました。

聞いたところによると、「おいしいぞハラスメント」=「おいハラ」なるものも存在しているといいます。

デートで連れて行ってもらった飲食店で、食べ物だけではなく飲み物も含めて、これがいかにおいしいものであるのか、貴重なものであるのかを力説されたり、ウンチクを延々と講釈されたりし、極めて希少かつおいしいものであると感じなければならない同調圧力を感じるというのです。

こういった事象を鑑みると、私はジェンダー学(女性学)の完全な素人ですが、食においても女性はかくあるべきという姿やイメージが求められるような気がしてなりません。

同じコミュニティで同じお酒を飲む

お酒には長い歴史があり、最も古いとされるワインは紀元前4000年頃からメソポタミア地方のシュメール人によって飲まれ、ビールは紀元前3000年頃から飲まれていました。

古来より様々な地域の文化や風土の中で育まれ、宗教儀式、祝事や慶事で大きな役割を果たしてきましたが、これは同じコミュニティで同じお酒を飲むことによって、絆を深めたり、身内意識を高めたりしてきたことを意味します。

しかし、この現代では、各国において世界の食材が使われ、真空調理や減圧調理、分子調理や単音調理といった先鋭的な調理法が用いられ、料理がボーダーレスとなっているのです。

こういった状況では、ある料理に相応しいお酒の解釈もかなり変容されてきており、正解となるお酒は存在しません。

時代への逆行

食の価値観が多様化していく中で、お酒の嗜好に関するアルコノミハラスメントがあるのは時代に逆行しているといってもよいでしょう。

味覚や嗜好は個人の感覚や経験、考え方や気分によって大きく変わるものです。したがって、最初の乾杯に赤ワインやウィスキーを選んだり、おしゃれなデートで焼酎を飲んだり、コースが終わって食後酒にビールを飲んだりと、これからはますます多様な価値観が認められていくのではないでしょうか。

同席者と共に食事の場を楽しく過ごすためにも、お酒が飲める飲めないというだけではなく、飲めるとしても、何が飲めるのか飲めないのか、何を好んで飲むか飲まないのかも、配慮しなければならない時代になっていると私は思います。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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