冬限定のご馳走、ジビエを分かった気でいませんか? 一流フレンチの料理と哲学
狩猟が解禁
狩猟が解禁され、本格的にジビエシーズンが始まっています。
日本では11月15日から2月15日までが狩猟解禁期間です。ジビエにあまり馴染みのない日本でも、期間限定といった特別感、野鳥や野獣の力強い味わいに惹かれ、コアなファンがいます。ジビエは味がしっかりしているのでワインとのマリアージュも楽しめるでしょう。
ジビエとは
ジビエとは何でしょうか。一般社団法人日本ジビエ振興協会の公式サイトには以下のように説明されています。
昔はフランスであれば貴族しかジビエを口にできませんでしたが、今の時代であれば、誰でもジビエを口にすることができます。
ジビエは「力強く生命力に溢れた冬季限定のごちそう」であり、「森からの贈り物」であるとは、ジビエの口福を体験したことがある人であれば、誰しもが思うことではないでしょうか。
ジビエの種類
ジビエにはどのような種類があるのでしょうか。
シカは比較的多くの日本人が食したことがあるジビエでしょう。フランス料理が好きであれば、マガモ、山バト、山ウズラ、イノシシ、野ウサギあたりは味わったことがあるかもしれません。
国によって事情が異なるのも興味深いところです。
例えば、ニホンライチョウは日本では天然記念物になっているので狩猟できませんが、フランスではライチョウの狩猟に制限はありません。反対に、ヤマシギは日本では狩猟が制限されていませんが、フランスでは保護鳥に指定されているので、狩猟することができないのです。
自然の野生鳥獣の命をいただくという特徴から、その土地によって狩猟できるジビエは違っています。
2014年の「今年の一皿」に
一時期に比べれば、ジビエブームは落ち着いたように感じますが、以前に比べればだいぶ浸透してきたように思います。
ジビエが広く伝わるようになったのは、2014年からぐるなびが毎年発表している「今年の一皿」の影響も大きいのではないでしょうか。
最初となる2014年の「今年の一皿」に「ジビエ料理」が選ばれたからです。
選定理由は以下の通り。
国がジビエを提供する枠組みについて指針をだしたことを背景として、飲食店や流通の動きが活性化したり、消費者が安心して食べられるようになったりと、ジビエが日本人にとってより身近に感じられるようになったことが大きいのではないでしょうか。
ジビエに力を入れているフランス料理
ジビエ料理に伝統とバリエーションがあるのはフランス料理です。
フランスでは、黒トリュフや白トリュフ、アスパラガス、オマールブルーなどに加えて、ジビエも重要な季節の食材となっています。
旬の食材に敏感な一流のフランス料理人は、どのようなジビエの哲学を持ち合わせ、どのようにしてジビエを調理しているのでしょうか。
ジビエを提供する一流料理人の料理と哲学を紹介します。
レ セゾン/帝国ホテル 東京
「レ セゾン」は「ミシュランガイド東京 2019」でも引き続き1つ星を獲得している、帝国ホテル 東京が誇るメインダイニングです。
フランス・シャンパーニュ地方を代表する名店「レ クレイエール」でシェフを務めたティエリー・ヴォワザン氏が腕をふるい、本物のフランス料理を味わえる貴重なレストランとして、高い評価を受けています。
以下の記事でも紹介している通り、黒トリュフのフェアを行ったり、海外の有名シェフとコラボレーションしたりと、ゲストのために様々なプロモーションを行っているのも見逃せません。
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フランスの旬を感じさせる料理を常に生み出すヴォワザン氏は、フランス料理で重要な文化を担うジビエに関しても力を入れています。
そのヴォワザン氏が今季提供しているジビエメニューにはどういった特徴があるのでしょうか。
コース
季節の味わいを楽しめるコース「LA SAISON DES SAISONS」は、次の通り。まさにジビエ尽くしとなっています。
LA SAISON DES SAISONS
- 猪のゼリー寄せ モンブランに見立てて
- 雌雉のヴルテと甘く仕上げた玉ねぎのロワイヤル
- ルジェの松笠焼きと烏賊のファルシ
- 殻付きのまま火をいれた鮑 アーティチョーク・ポワヴラード ヘーゼルナッツ風味 ソースシヴェとアンチョビクリーム
- 山ウズラのパイ包み焼きキャベツのデュクセル、ラール、ジュドトリュフ
- ベルナール アントニーさんのチーズ
- 栗の花から採ったハチミツのクレームブリュレとレモン
- カフェとショコラ
コースには、イノシシやキジ、山ウズラといったジビエがふんだんに組み込まれています。
フランスでよく使われている高級魚で日本では「ヒメジ」と呼ばれている「ルジェ」やアワビなど、魚介類も非常に存在感があります。ジビエはもちろん、ジビエ以外も十分に楽しめるコースになっているといってよいでしょう。
また、別のコースでは、ライチョウを使った「雷鳥のインペリアル風」がメインディッシュとして提供されています。
ジビエメニュー
「猪のゼリー寄せ モンブランに見立てて」はサングリエ(大人のイノシシ)を赤ワインと香辛料でマリネした後、弱火で6時間も煮込み、煮汁でゼリー寄せにした料理です。とても手間を掛けているだけあって、まろやかな味わいとなっています。トリュフ風味のビネグレットがよいアクセントです。
「雌雉のヴルテと甘く仕上げた玉ねぎのロワイヤル」はキジのガラで出汁をとってスープに作り上げています。中にはキジの腿肉のコンフィと胸肉のムースがあり、キジの上品な味わいを様々な調理方法で楽しむことができる一品です。
「山ウズラのパイ包み焼きキャベツのデュクセル、ラール、ジュドトリュフ」はヴォワザン氏のスペシャリテ。山ウズラの腿肉、フォアグラ、マッシュルーム、豚の背脂でソテーしたチリメンキャベツの細切りのパイ包み焼きです。ナイフで切ると様々な食材が顔を覗かせ、豊かな香りが広がります。
「雷鳥のインペリアル風」は完成までに4日間を要する一品。ライチョウを赤ワインと香味野菜で一晩マリネした後、12時間火入れし、ライチョウの内蔵や豚の脂と共に、クレピネットで包み込んでいます。
こだわり
今年のジビエについて、ヴォワザン氏は「ジビエの質や量は例年通り。今年はスペシャリテである山ウズラのパイ包み焼きをメニューに入れているので、是非とも楽しんでいただきたい」と説明します。
「帝国ホテル 東京ではブッチャーが肉をしっかりと管理している。ジビエは毛がついたままで入荷し、1週間熟成させているので、旨味が深まっている」と肉のプロフェッショナルがいるアドバンテージについて触れます。
こだわりに関しては「来日してから12年間ずっと毎年シーズンになるとジビエを提供している。フランスではおいしいジビエをゲストに届けるのは一流店として当然のこと。日本でも同じようにしていきたい」とフランスの一流料理人ならではの矜持を述べます。
今回のコースだけでも、3種のジビエ、3つの料理が提供されていますが、数あるフランス料理店の中でも、これだけのジビエの量と質を取り揃え、毎年フェアを行っているところは、そうありません。
毎年豪華なジビエコースを提供できているのも、帝国ホテル 東京がヴォワザン氏の哲学やポリシーを大いに尊重し、互いにとてもよい関係が築けているからでしょう。
ジビエの思い出については「祖母が作ってくれたジビエ料理が思い出に残っている。小さい頃は3世帯で住んでいて、祖母が日々の食事を作ってくれていた。山ウズラ、キジ、野ウサギなどのジビエ料理も得意であった。数あるジビエ料理の中でも、ジビエとキャベツのココット鍋、野ウサギの煮込みは、今でも鮮明に覚えている」とフランスの家庭ならではの思い出を語ります。
ヴォワザン氏にとってジビエとは何かという質問に対しては「ジビエとは自然を尊重すること。ジビエを食べると、ジビエたちが生きていた環境や周りにあるものの香りがする。自然そのものを感じることができる」と真摯に話します。
最後に、来年はどうするかと尋ねると「もちろん来年も引き続きジビエ料理を提供していきたい」と笑顔で答えてくれたので、ヴォワザン氏のジビエ料理を毎年食べに訪れるゲストにとっては、一安心ではないでしょうか。
AZUR et MASA UEKI(アズール エ マサ ウエキ)
カルフォルニア・ナパバレーの名門「Azur wines(アズール ワインズ)」は2016年のベストワインメーカーに選出された注目のワイナリーです。フランスで高い評価を得ていたワインメーカーJulien Fayard(ジュリアン・フェイヤード)氏がナパバレーに魅了され、2012年にわずか5ヘクタールから始めたワイナリーがここまで成長したことは稀にみる成功であるといってよいでしょう。
この「Azur wines」が尊敬の念を持ってフレンチの鬼才とよばれる植木将仁氏を招聘し、2017年3月1日西麻布にオープンしたのが「AZUR et MASA UEKI(アズール エ マサ ウエキ)」です。
植木氏は生産者とも交流が深く、食材に精通した料理人で、故郷である石川県の金沢や能登を中心とした地域の食材を用いて、物語性に溢れる料理を展開します。
この植木氏が紡ぎ出すジビエ料理とはどのようなものなのでしょうか。
コース
「AZUR Course(アズール コース)」は月替わりで全11品が提供されるコースで、植木氏のクリエーションを余すところなく体験できます。
今季のジビエ料理が含まれたコースは以下の通りでした。
AZUR Course(アズール コース)
- 来たれ愛しい人
アミューズ
- 甘美なる憂愁
フォアグラのキャラメリゼ 車海老 ショコラシャンティ
- 幸いなる出会い
香箱蟹と白子のグラタン 椎茸 シェリーオニオン
- 清澄
シャンピニオンコンソメ
- 東光西風
寒鰆 オランデーズタプナード カラスミ紅芯大根
- 北の国から
羅臼昆布 もずく 醤 抹茶泡
- 荒波を乗り越えて
能登イノシシの藁焼き 沢野ごぼう 零余子 銀杏
- 静かなる微笑み
イクラ 大葉 ジェノベーゼリゾット
- 湖畔に想い浮かべて
洋梨の香の物のスープ ヨーグルトシート 新生姜 レモン
- 編み物日和
発酵ぶどうと和栗のヴァシュラン
- 小さな宝石たち
プティフール
メニューには詩を読んでいるかのように美しい料理名が並べられており、その下には構成された食材が記載されています。フォアグラ、車海老、カラスミといった高級食材、香箱蟹、白子、寒椿といった旬の食材が目を引くでしょう。
ジビエメニュー
「能登イノシシの藁焼き 沢野ごぼう 零余子 銀杏」は能登島のイノシシを使ったジビエ料理です。昆布で包んだままテーブルまで運び、そこで開いて中から料理が現れるといったプレゼンテーションも好評を博しています。
バラ肉は昆布で〆て、真空調理65度で14時間じっくりと熱を加えた後にローストしています。ロース肉は2日間昆布で〆てから藁焼き。異なる部位を食べ比べる楽しみがあるのはもちろん、肉を無駄なく使うといった植木氏のこだわりがあります。
昆布の旨味がイノシシの旨味に調和して、より肉がおいしく感じられるのは興味深いところでしょう。
ただ、イノシシを昆布で〆るのは非常に珍しいことです。そのことを尋ねると植木氏は「能登島にはもともとイノシシがいなかったが、海を渡って生息するようになった」と意外なことを話し始めます。
続けて「能登島にはイノシシの好物であるムカゴ、ゴボウ、ギンナンが豊富にあるので、餌を求めて泳いで渡ったのではないかといわれている。そのイノシシの物語から、能登の名産物のひとつである昆布をイノシシに合わせてみたら、同じ土地の素材なのできっと合うと考えた。付け合せにはイノシシの好物であるムカゴ、ゴボウ、ギンナンを添えている」と説明します。
昨季のジビエ料理について尋ねると「実は昨季もイノシシの料理を提供していたが、もっとオーソドックスなものであった。しかし、地元の方にイノシシが能登島に渡った話を聞いて、その様子や状況を自分の中で咀嚼していった。その結果、素材に対する理解がより深まり、今季のような新しいイノシシ料理を生み出すことができた」と振り返ります。
植木氏はテロワールを大切にする料理人ですが、その土地のことをよく知ることは料理人にとっては非常に重要なことではないでしょうか。
こだわり
ジビエはどのように食べるのがおいしいかと尋ねると「牛豚鶏といった養殖された肉は長い時間かけるよりも、さっと作った方がおいしい。一方、ジビエに関しては生命力が強く、味わいも深いので、じっくりと時間をかけた方がおいしくなる」とジビエに精通した植木らしい哲学を披露します。
「料理とワインはタイヤの両輪。鉄分が多いジビエには、しっかりとしたボディのAzur winesの赤ワインと相性が抜群によい」とワイナリーレストランならではの素晴らしさについても言及します。
ジビエに対する考え方を訊くと「ジビエは尊い命をいただいているので、決して無駄にしてはならない。謙虚な気持ちで、素材をより素晴らしくすることが使命」と明確に答えます。
背景については「表参道でレストランを営んでいた2001年の頃に、イノシシを扱いたいと考え、知り合いにマタギを紹介してもらった。イノシシは脂身がおいしいなど、ジビエの特徴を教えてもらったり、山に一緒に登ったりして、マタギの方と親睦を深めた。しかし、残念ながら、マタギの方は2年前に亡くなった。これまで教えていただいたことを生かし、ジビエに対してより本気で向かい合い、もっと掘り下げていこうと決心した」と述懐します。
ジビエのシーズンはまだ続きますが、「年が明けたら、青首鴨を使いたい。世界料理学会でも発表した青首鴨の治部煮を提供する予定なので、今から楽しみにしていただきたい」と力強く述べます。
最高の食味のひとつとされる青首鴨がどのようにして石川県の郷土料理になるのか、鬼才・植木氏のジビエ料理には引き続き注目したいです。
ありがたみを感じる
野生鳥獣が増えすぎてしまうと、人々に損害を与えることもあります。
こういった獣害の対策として、野生鳥獣を駆除することは有効ですが、その際にジビエとしていただくことによって命の尊さも改めて実感することができるでしょう。
ヴォワザン氏も植木氏も、ジビエを扱うことは「自然や命を尊重すること」と述べています。家畜では命の尊さや食材のありがたさは確かに感じにくいかもしれませんが、狩猟を経て提供されるジビエは、少し前まで自然の領域に存在していた野生鳥獣を人間が意図的に捕えたものなので、命を絶ったという実感は湧きやすいでしょう。
人々が口にする肉は食べられて当然のものではないと認識し、ありがたみを感じて無駄なく食すことは、生命の本質を味わうという意味で、何よりも偉大な美食であると私は考えています。