Yahoo!ニュース

拡大を続ける「いきなり!ステーキ」のデリバリーサービスが成功しない3つの理由

東龍グルメジャーナリスト
(写真:アフロ)

「いきなり!ステーキ」がデリバリーサービスを開始

PR TIMESから配信されたプレスリリースにあるように、「いきなり!ステーキ」が2018年6月18日にデリバリーサービスを開始しました。

立川店(銀のさら・ファインダイン併設店)においては、『銀のさら』の配送網と『ファインダイン』の注文システムを活用し、「いきなり!ステーキ」のデリバリー注文に対応いたします。

赤坂店と新橋店(ファインダイン)においては、『ファインダイン』の配送網と注文システムにて、「いきなり!ステーキ」のデリバリー注文に対応いたします。

出典:PR TIMESに配信されたプレス

「いきなり!ステーキ」のデリバリーサービスは、「銀のさら」「釜寅」「すし上等!」などの自社デリバリーブランドやレストランのデリバリー代行サービス「ファインダイン」を運営し、宅配を得意とする「ライドオンエクスプレスホールディングス」との提携によって成り立っています。

対応しているのは、赤坂店、新橋店、立川店であり、注文は電話もしくはインターネットで「ファインダイン」のプラットフォームを利用して注文することになります。

この「いきなり!ステーキ」のデリバリーは成功しそうでしょうか。

200店舗近くに拡大

まず「いきなり!ステーキ」の現状についてまとめます。

「いきなり!ステーキ」の特徴は、前菜もなしにいきなりステーキだけを注文できること、リブロースは300グラム、その他の肉は200グラムから量り売りとなっていること、ステーキを立食することが挙げられるでしょう。

これまでのステーキハウスとは異なる特徴が多くの人に受け入れられ、かつ、値段もリーズナブルであることから人気を博し、2013年12月に銀座へオープンしてから、現在までに全国で200店舗近くを出店するに至っています。

「いきなり!ステーキ」を運営する「ペッパーフードサービス」代表取締役である一瀬邦夫氏は、「いきなり!ステーキ」の店頭や広告の商材写真によく登場していますが、この写真はインパクトがあるだけに、訪れたことがなくても知っているという人は多いのではないでしょうか。

肉マイレージカード

2014年7月には「肉マイレージカード」を発行し、顧客の取り込みを強めました。「肉マイレージカード」は食べた肉のボリューム1グラムを1ポイントとして、蓄積したポイントによって、メンバーカード、ゴールドカード、プラチナカード、ダイヤモンドカードとランクアップしていきます。

「ランクアップ特典」としてランクアップする毎に割引クーポンが付与されたり、「バースデー会員特典」として誕生日月にプレゼントがあったり、「ランク会員特典」としてドリンクが1杯無料となったりするなど、優待も豊富です。

2017年10月には300万枚を発行し、2018年1月で420万枚を発行するに至るなど、ますますファンを増やしています。

このように好調な「いきなり!ステーキ」は、2018年度に200店を出店する予定であり、現在の店舗数をこの1年でいきなり倍増させるなど、強気な戦略を立てています。

デリバリーサービスの詳細

では、本題に戻りましょう。

「いきなり!ステーキ」によるデリバリーサービスはどういったものなのでしょうか。メニューの内容や値段、1グラム単位の単価も以下に記載します。

デリバリーサービス

  • リブロースステーキ

300グラム 2571円(税込み)/1グラム 8.57円

400グラム 3428円(税込み)/約1グラム 8.57円

  • サーロインステーキ

200グラム 2037円(税込み)/1グラム 10.185円

300グラム 3056円(税込み)/約1グラム 10.186円

  • ヒレステーキ

200グラム 2236円(税込み)/1グラム 11.18円

300グラム 3354円(税込み)/1グラム 11.18円

  • ヒレステーキ重

2160円(税込み)

  • ライス

218円(税込み)

出典:ファインダイン

次が、デリバリーサービスで対象となっている商品の店舗における値段です。こちらも1グラムあたりの単価も併せて記載します。

店内

  • リブロースステーキ

300グラム 2070円(税込み)/1グラム 6.9円

400グラム 2760円(税込み)/1グラム 6.9円

  • サーロインステーキ

200グラム 1640円(税込み)/1グラム 8.2円

300グラム 2460円(税込み)/1グラム 8.2円

  • ヒレステーキ

200グラム 1800円(税込み)/1グラム 9円

300グラム 2700円(税込み)/1グラム 9円

  • ヒレステーキ重

販売なし

  • ライス

218円(税込み)

出典:いきなり!ステーキ

デリバリーサービスと店内とでは、ステーキに関しては値段が異なっていますが、ライスに関しては値段が同じです。また、「ヒレステーキ重」はデリバリーサービスのみの商品となっています。

値段を比べてみると、デリバリーサービスでは2割から3割程度、金額にして400円から700円程度が上乗せされています。「いきなり!ステーキ」単体で鑑みると、デリバリーサービスにしては良心的な価格であるように感じられるでしょう。

ただ、デリバリーサービスの対象地域が狭いので配達に時間がかからないこと、「ファインダイン」は複数の飲食店のデリバリーサービスを併せて行っていること、客から別途配送サービス料15%を取ることから、これでも十分に採算は取れていると考えられます。

デリバリーサービスの懸念点

「いきなり!ステーキ」は勢いがあり、デリバリーサービスも話題となっていますが、私は以下の懸念を持っています。

  • 客層の違い
  • 特徴の喪失
  • ファンのモチベーション低下

それぞれについて説明していきましょう。

客層の違い

「いきなり!ステーキ」に訪れる人は、立食であることも厭わず、前菜やスープがなくてもよいのでいきなりステーキをたくさん食べたいという人が多いです。

理由は次の通り。これまでのオーセンティックなステーキハウスはいわゆる高級レストランであり、落ち着いた雰囲気で前菜から組み立てて、ゆっくりと料理が提供され、デートやビジネスランチにも向いていました。しかし、こういったコンセプトに対するアンチテーゼとして「いきなり!ステーキ」が登場したので、支持者はこれまでのオーセンティックなステーキハウスとは反対の要素を好んでいるのです。

客の男女比が7対3となっていることからも、できるだけ安い値段でとにかく肉をたくさん食べたい男性がメイン層となっていることが分かります。

一方で、デリバリーサービスを請け負う「ファインダイン」は<地元レストランの料理を出来たてのままお届けする>をコンセプトにし、「焼肉トラジ」「赤坂 中国料理 榮林」「キムカツ」「ユーゴ・デノワイエ エビス」など、ファインダイニングとまではいかないものの、それなりにオシャレでデートにも使えるようなレストランを扱っています。

インターネットにおけるデリバリーサービスという観点で鑑みると、「ファインダイン」のユーザーの男女比は発表されている数字が見当たらないので不明ですが、同様のサービスを行う「出前館」では女性が通常で55%、LINEとの協業で72%と、女性の比率が高くなっています。

「いきなり!ステーキ」が参画したので「ファインダイン」を新しく利用する人はいるかもしれませんが、既存の「ファインダイン」のユーザー層とはあまり重なっていないでしょう。

オシャレなレストランの料理を気軽に注文したい「ファインダイン」で、どれだけの人が肉をがっつり食べたいと考えているのか未知です。

特徴の喪失

「いきなり!ステーキ」の大きな特徴として、肉のブランドや部位によって、最低グラム数と1グラムあたりの値段が定められており、客が好みのグラムを指定できることが挙げられます。

一方、デリバリーサービスではリブロースステーキは300グラムおよび400グラム、サーロインステーキは200グラムおよび300グラム、ヒレステーキは200グラムおよび300グラムが用意されており、店内で食べるように量り売りとなっていません。

店内で食べる時の最低グラム数と、それよりも100グラム多いグラム数となっているので、店内で注文される時のボリュームゾーンをほぼ抑えているように思います。

しかし、もとからこの最低グラム数が多いという声も聞かれる中で、デリバリーで軽くさっと食べたいので100グラムから150グラムでよいという人や、コアなファンで400グラムよりも多い分量を食べたい人には向いていません。

また、「いきなり!ステーキ」は目の前で焼いている様子が見えることも特徴となっています。カットされた肉が焼かれるダイナミックな工程を目の前で見られたり、肉が焼かれて褐色になる時のメイラード反応による牛肉香が漂ったりすることによって、単価を抑えた手頃な肉も、よりおいしいと感じられるようになります。

デリバリーサービスでは、温度は調整されますが、もちろん目の前で調理されることはなく、弁当として配送されます。「いきなり!ステーキ」のリーズナブルなステーキを、より上質なものへと印象付ける実演の要素がなくなると、食べた時の食味はだいぶ異なってくるのではないでしょうか。

好みのグラム数だけではなく、焼き加減も指定できなくなります。個人の好みの焼き加減に対応することはステーキハウスでは一般的なことなので、「いきなり!ステーキ」が作り上げてきたリーズナブルながらもしっかりとしたステーキが食べられるという印象は崩れてしまうでしょう。

ファンのモチベーション低下

「肉マイレージカード」は400万枚以上を発行するに至っており、非常に利用されています。今回何グラム食べたか、これまでに何グラム食べたかは、ファンの間でよく話題に上っています。

スマホのアプリ「いきなりステーキ公式アプリ」では、「総合」「重量級」「月間」で食べたグラム数のランキング「肉マイレージランキング」が発表されており、自分は今何位であるのかと、注視しているファンも少なくないでしょう。

「肉マイレージカード」で肉マイルを貯めることは、コアなファンであればあるほど重要なことになっていますが、デリバリーサービスでは肉マイルを貯めることができません。

デリバリーサービスの対象地域は赤坂、新橋、立川の周辺にだけ限られており、配送範囲も狭いだけに、肉マイルを貯めたいファンであれば、デリバリーサースを利用するのではなく直接店舗へ訪れて肉マイルを貯めようとするのではないでしょうか。

前例のない挑戦

肉マイルを貯めたいファンは、デリバリーサービスを利用するのではなく店舗へ訪れとなると、あまりファンでない人にデリバリーサービスを利用してもらわなければなりません。しかし、先に述べたように「ファインダイン」のユーザー層や、そもそもデリバリーサービスを使う客層は、「いきなり!ステーキ」の客層とあまり合致していないように思います。

冒頭で触れたように、「いきなり!ステーキ」は今急速に店舗を拡大しており、「肉マイレージカード」によるファンの囲い込みを行いながらも、「黒烏龍茶」などをプライベートブランド(PB)化するなど、コスト調整も行っています。

こういった延長線上で、これまで以上にスケールメリットを活かすため、デリバリーサービスが始められたと考えていますが、この戦略は功を奏するのでしょうか。

私はステーキを、落ち着いたステーキハウスで、コース仕立てでゆっくりと味わって食べたいです。そのため、「いきなり!ステーキ」がオープンした当初は、成功するのかと半信半疑でしたが、広く支持されて見事にここまで拡大してきました。

ステーキをデリバリーサービスで食べるという今回の挑戦も難しいことですが、是非とも同じように成功してもらいたいと思っています。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

東龍の最近の記事