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ゴディバのバレンタインデーに「日本は、義理チョコをやめよう」は本当に正しいか?

東龍グルメジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

ゴディバの広告

バレンタインデーの2月14日が間近に迫り、多くの人は既にチョコレートを用意していることでしょう。

朝日新聞デジタルで<「義理チョコやめよう」ゴディバが広告 称賛も反発も>という記事が配信されていますが、ベルギーの高級チョコレート「ゴディバ」が2月1日に義理チョコを否定する広告を出稿し、大きな話題となっています。

 「日本は、義理チョコをやめよう」。ベルギーの高級チョコレートブランド、ゴディバを輸入販売するゴディバジャパン(東京都港区)が、14日のバレンタインデーを控えた1日に日本経済新聞に掲載した広告が話題だ。その通りと歓迎する人もいれば、複雑な思いを抱く人も……。

出典:「義理チョコやめよう」ゴディバが広告 称賛も反発も

記事では、義理チョコに辟易する女性のコメントやTwitterでの好意的な反応を挙げる一方で、チョコレート菓子を主商品とする製菓会社による戸惑いの声も紹介しています。

中立的な構成で好ましいと思いますが、賛否両論を起こしたこの件に関しては、複数の立場から改めて考えてみる必要があると思います。

  • チョコレート業界
  • 消費者
  • メディア

チョコレート業界

「日本チョコレート・ココア協会」の公式サイトにも紹介されているように、日本におけるバレンタインデーは1950年代に現在の形に至ったとあります。

バレンタインデーは、女性から男性にチョコレートを贈ると共に愛を告白する日として定着させ、1980年代に入ってからは義理チョコとホワイトデーも広まり、2000年代に入ってからは友達にも贈る友チョコや、自分自身へのご褒美として購入する自分チョコも普及し始めてきました。

また、2003年に開催が始まったチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」も、現在では規模を拡大して全国を巡るまでとなり、2018年1月22日から28日に新宿NSビルで開催された回では、のべ7万人もの人々が訪れたという見込みです。これは、チョコレートがそれだけ日本人に注目されており、日常的にも非日常的にも購入され、食される食品となった証左でしょう。

ここまでチョコレート文化が広まり、バレンタインデーが深く浸透したのは、チョコレート業界の努力や戦略が実を結んだと考えてよいと思います。

チョコレート業界がチョコレートの消費を増やすことを考えるのは当然のことです。「日本チョコレート・ココア協会」の役割としても、1つ目に<チョコレート・ココアの普及・消費促進のための広報活動>が挙げられています。

チョコレートを扱う企業としては、自社の売上を増やしたいことは理解できますが、他のチョコレート商品を否定するようなプロモーションを行うことにはあまり賛同できません。何故ならば、日本におけるバレンタインデーの文化は、日本独自のものであり、チョコレート業界が少しずつ築き上げてきたものだからです。決して、たったひとつの企業が作り上げた文化ではないだけに、自社のチョコレート商品を有利にしたいがために、他のチョコレート商品を貶めるようなことは好ましくないでしょう。

日本は世界でも稀有なグルメ大国であり、飲食店の数もミシュランガイドでの星の数も、世界有数です。こういった観点からすれば、チョコレートの未来を考えた時に、食が発展している日本のグルメの中でチョコレートが存在感を示していくためには、チョコレート業界が全体で力を合わせていくべきであると考えています。

消費者

消費者からすればどうでしょうか。朝日新聞デジタルの記事で、義理チョコが面倒だと思う女性のネガティブな意見が述べられているように、義理チョコによい印象を持っていない消費者からは賛同されています。

女性からすればお金がかかったり、手間を要したりするので、義理チョコ文化がなくなればよいと思う人もいるでしょう。男性からしても、明らかに気を遣ってもらっていることを居心地悪く感じたり、ホワイトデーにお返しするのを面倒くさがったりする人がいます。

ただ、凸版印刷株式会社が行った最近の調査によると、バレンタインデーは身近な人に愛情や感謝を示せるよい機会だと考える人も少なくありません。日本では義理チョコや友チョコも一般的になっているだけに、義理チョコを渡しづらくするような雰囲気を醸造することで、逆に渡してはいけないのかと困惑する人もいるでしょう。

日本におけるバレンタインデーの原点である本命チョコに回帰しようとするのは構いませんが、いきなり義理チョコをやめようというのは性急過ぎます。本命チョコだけを渡す人は少ないだけに、義理チョコを渡す人に対する配慮も必要です。

メディア

<恵方巻の大量廃棄から考える、私たちに必要な3つの変化>でも述べたように、メディアは何かが流行していると発信したり、これから流行しそうだと発信してトレンドを作ることが使命です。協賛している企業が有利になるような企画を作ることも、営利団体としては重要なことでしょう。

このような観点からすれば、メディアとしては、バレンタインデーで本命チョコ、義理チョコ、友チョコ、自分チョコと様々な切り口からコンテンツを作ることができた方が扱い易くてよいです。また、協賛している企業には大きな製菓メーカーも多く、大衆的なチョコレート商品もたくさん販売しているだけに、一部の高級チョコレートメーカーばかりを取り上げるのは難しいと思います。

メディアのコンテンツを視聴、閲覧する消費者の側からしても、全て本気の本命チョコばかりを紹介されたとしても、肩肘が凝ってしまうのではないでしょうか。

義理チョコをやめよう

今回のゴディバの広告は大きな話題となり、本命チョコとしての存在感を改めて示した格好となりました。しかし、毎年多くの海外チョコレートブランドが日本へ上陸する中で、日本に上陸したチョコレートブランドの先駆けとして、再び注目されるために、これだけ強烈なコピーを打ち出したように思えます。

これが大きな話題となり、改めてバレンタインデーについて考えるきっかけになったのは悪いことではありませんが、それによって、日本のバレンタインデー文化を否定したり、チョコレート業界全体によくない影響を与えたりしたのは残念です。

アメリカや中国では男性が女性に贈り物したり、フランスでは男性が女性に花を渡したり、台湾やメキシコでは男女でプレゼントを交換したりするなど、そもそもバレンタインデーは世界各地で慣習や熱心さも違っているだけに、日本独自の進化が誤っているとすることは何もないでしょう。

義理チョコや友チョコに義務感が生じるのは問題ですが、恥ずかしがり屋の日本人がさりげないチョコレートのコミュニケーションを通して、愛情や感謝の気持ちを表現できるバレンタインデーは素晴らしい食文化であると私は考えています。

全ての義理チョコをやめる必要はないので、「日本は、義理チョコをやめよう」ではなく「日本は、無理な義理チョコをやめよう」くらいであれば、チョコレート業界も消費者もメディアも、みんな喜んで賛同するのではないかと思う次第です。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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