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ホテルの中国料理フェアがうまくいかない理由。成功しているフェアはどれか?

東龍グルメジャーナリスト
ヒルトン東京「王朝」の「干し貝柱と叉焼入り炒飯」

多くのホテルで様々なフェア

多くのホテルで様々なフェアが行われており、これまでにも、他にはない注目のフェアを記事で紹介してきました。

中でもフランス料理のフェアは最も多く取り上げており、意外な料理人とのコラボレーションや壮大な規模の提携、まだ注目されていない地域の料理や食材など、それぞれのホテルが知恵を絞ったフェアを行っています。

フランス料理では多くの興味深いフェアがありますが、その一方で中国料理はそこまで注目に値するものがありませんでした。

それはどうしてでしょうか。

中国料理はフェアが難しい

私は、中国料理のフェアに関して時々相談を受けることもありますが、実は中国料理はフェアを行うことが最も難しいジャンルのうちの1つであるのです。

その理由は、中国料理が「日本人が最もよく知り、馴染みのある外国料理」だからです。予想していない変わった料理が提供された場合に、フランス料理であれば、フランス料理はこういうものであると言われたら、ほとんどの日本人は納得して受け入れるでしょう。

しかし、中国料理であれば、ほぼ全ての日本人が小さい頃から何かしら食べているだけに、逆によく知らない中国料理をそう簡単に受け入れることができません。

例えば、日本では焼き餃子が一般的ですが、中国や台湾では水餃子や蒸し餃子がポピュラーです。しかし、日本人は焼き餃子に慣れ親しみ過ぎているために、中国料理ではこうなのだと言われても簡単には受け入れたり、馴染んだりすることができないのです。

こういった背景があるため、中国料理でフェアを行っても、前衛的であれば、知っている中国料理と違うと敬遠され、かと言って、普通のものを提供していると新鮮味がなく、興味をそそりません。

成功しているフェア

こういった状況にあって、ここ最近ホテルが行っている中国料理のフェアで、シリーズ化されて成功しているフェアが3つあります。

3つのフェアについて、それぞれキーワードは次の通りです。

  • 本場
  • 日本の地域
  • 物語性

それぞれどういったフェアなのか紹介していきましょう。

本場/グランド ハイアット 東京「チャイナルーム」

ワンハーバーロード式 パパイアの器蒸しスープ
ワンハーバーロード式 パパイアの器蒸しスープ

グランド ハイアット 東京「チャイナルーム」では2017年4月13日から6月30日にかけて、美食の香港でも食で名高いグランド ハイアット 香港「ワンハーバーロード」のシェフを招き、日本の食材で本場の味を再現するフェアを行っています。当初は5月31日までだったところを、好評のため1ヶ月延長しました。

「ワンハーバーロード」は香港でも非常に知名度の高い一流中国料理店であり、伝統的でありながらも家庭的な広東料理を提供しています。その味をできるだけ忠実に再現し、期間限定のコースや飲茶を含めたアラカルトメニューを提供しているフェアなのです。

2016年から開催

オイスターソース煮鮑をのせた土鍋仕立て炒飯
オイスターソース煮鮑をのせた土鍋仕立て炒飯

フェアは2016年から行われており、フェアで提供されたメニューのいくつかが「チャイナルーム」のグランドメニューとして組み込まれたり、調理スタッフの技術向上につながったりするなど、集客以外にもよい効果が現れています。

昨年の成功があったおかげで、今年のフェア開催も2017年3月頃に決まり、「ワンハーバーロード」のシェフが日本に1週間訪れました。料理長の小池克昌氏は昨年のフェアを経験し、2016年9月に「ワンハーバーロード」へ研修に訪れていたので、今年はよりスムーズに進められたと言います。

贅沢な料理の数々

活オマール海老とヤマイモ キヌアの伊勢海老スープ煮込み
活オマール海老とヤマイモ キヌアの伊勢海老スープ煮込み

いくつか注目の料理を紹介しましょう。

「燕の巣、松茸とクワイの海老餃子」は、中国料理で高級食材の定番である燕の巣と日本料理の高級食材の定番である松茸を、「ワンハーバーロード」で定評のある点心に仕立てました。

「ワンハーバーロード式 パパイアの器蒸しスープ」はパパイアをスープの器に用いた先進的な料理で、内側の果肉もおいしく食べられます。

「国産牛サーロインのオイスターソース炒め バスケット仕立て」は中国料理の牛肉料理では珍しく遊び心を効かせた一品で、米粉で作ったバスケットに国産牛サーロインが載せられています。

「オイスターソース煮鮑をのせた土鍋仕立て炒飯」はアワビを丸ごと1つ使った炒飯で、最後の締めには贅沢すぎるほどです。

こういった魅力的なメニューがありながらも、小池氏は今回の目玉を「活オマール海老とヤマイモ キヌアの伊勢海老スープ煮込み」であると答えます。その理由を「中国料理では普段オマール海老を使うことがない。オマール海老のポテンシャルを最高に引き出すために研究したので、是非とも味わっていただきたい」と述べます。

伊勢海老とオマール海老を合わせるのは、「ワンハーバーロード」らしい豪華な着想であり、日本にいるだけではこういった発想は思い浮かばないのではないでしょうかか。

本場とのコラボレーション

中国料理のフェアを行うのであれば、本場で評価の高い中国料理店とコラボレーションを行うのが王道ですが、そういった中国料理店とコラボレーションを行うのは、そう簡単なことではありません。

こういったことができるのは、グランド ハイアット 東京が、全世界に700ものホテルを擁し、多くの一流中国料理店を持つハイアットグループであったからでしょう。

日本の地域/ハイアット リージェンシー 東京「翡翠宮」

オードブル盛り合わせ
オードブル盛り合わせ

ハイアット リージェンシー 東京の中国料理「翡翠宮(ひすいきゅう)」では2017年8月1日から10月2日まで、熊本の食材と郷土料理を堪能できるコース料理「熊本料理祭」を開催します。

中国料理では、日本の地域や食材にフォーカスしたフェアが行われることは少ないです。中国料理なので、中国の地域や食材をテーマにしたフェアが行われるのは当然と言えば当然のことでしょう。

しかし、ここはあくまでも日本であり、多くの料理が日本の食材を使って中国料理として提供されます。そういった意味では、日本の地域や食材にフォーカスを当てて、そこから中国料理を組み立てる試みがあってよさそうなものですが、実際のところほとんどありませんでした。

料理長が熊本県出身

熊本県産あか牛とトランペット茸の炒め 赤酒の香り
熊本県産あか牛とトランペット茸の炒め 赤酒の香り

そういった状況で、「翡翠宮」はどうして「熊本料理祭」を開催したのでしょうか。

理由は、中国料理長である林浩勝氏が熊本の天草出身であり、食材の宝庫と言われている熊本の名産品を自身の中国料理に取り入れたいと思っていたこと、これに加えて、他にはないフェアを行いたいと考えていたことから、熊本に焦点を当てたフェアを始めたのです。

1回目は2015年7月~8月に行われ、熊本の食材を知り尽くした林氏による斬新な料理が好評を得ました。その後で、熊本大地震が起こり、2016年7月に一夜限りのチャリティーディナーを開催し、必要経費を除いた売上を全て熊本県に寄付しました。そして、引き続き今年も行われる運びとなったのです。

当初、「熊本料理祭」は熊本地震とは全く関係なく始まりましたが、熊本地震が起きた後では、林氏もホテルスタッフも食を通じて熊本の復興を強く願っており、以前にも増して力を入れています。

中国料理と熊本郷土料理の融合

天草大王鶏と高菜のあんかけ御飯、水餃子 辛子れんこん風味
天草大王鶏と高菜のあんかけ御飯、水餃子 辛子れんこん風味

それぞれの料理は林氏の熊本愛に溢れています。

「オードブル盛り合わせ」では熊本城をイメージした器と盛り付け方で6品を提供しました。

「熊本県産車海老と白身魚のスパイシー揚げ」では熊本県産の車海老、白身魚を使用し、中国料理風の味付けに天草の特産品であるあおさ海苔を合わせています。

「熊本県あか牛とトランペット茸の炒め 赤酒の香り」は熊本の褐毛和種ブランド「あか牛」を炒め、同じく熊本名産の赤酒で風味付けて仕上げました。

前回は辛子れんこんを小籠包にしましたが、今回は「水餃子 辛子れんこん風味」にしてバリエーションを広げ、デザートには郷土菓子「いきなり団子」をアレンジして「さつまいもと生クリームの求肥大福 晩白柚の香り」に創り上げています。

(これらの料理は全てディナーコースのメニュー)

中国料理に、熊本の食材と郷土料理を組み合わせた創作料理で、本場の中国料理とは違うところもありますが、日本の郷土料理とのフュージョンなので、むしろ日本人にはしっくりとくる味わいではないでしょうか。

食材の確保に苦労

林氏が「熊本料理祭は熊本の食材にとことんこだわっているので、食材の確保が最も難しい。ただ、生産者と深い絆を築いているので、どうにか仕入れることができている」と述べるように、中国料理であるのに、あえて日本の特定地域にこだわっているので苦労もしていますが、そういった苦労や熊本への愛があるからこそ、他のフェアと差別化できていると私は考えています。

こういった取り組みを見て、他のホテルの中国料理でも今後、日本の特定地域に焦点を当てたフェアが行われるようになるかも知れません。

物語性/ヒルトン東京「王朝」

特製冷菜盛り合わせ
特製冷菜盛り合わせ

ヒルトン東京「王朝」は2017年4月25日から6月21日にかけて、中国王朝時代の食物語「西遊記」を開催しています。

ヒルトン東京と言えば<いざ!デザートブッフェは撮る時代へ>でも紹介したように、マーブルラウンジのデザートブッフェで物語性を取り入れて、新たなトレンドを開拓しましたが、この中国料理においても上手に物語性を取り入れました。

8回目の食物語

2016年から次のように、1つのテーマを2ヶ月間かけて、食物語フェアを行っています。

  • 楊貴妃
  • 長安シルクロードの旅
  • 三国志
  • 西太后
  • ラストエンペラー
  • 秦の始皇帝
  • 乾隆帝
  • 西遊記
  • 楊貴妃の夏(予定)

日本人でも誰でも知っているような人物や物語なので、どのような中国料理に仕上げられているのか、期待させられるのではないでしょうか。また、これまでは実際に実在した人物などをテーマにしていましたが、今回の「西遊記」は中国四大奇書として挙げられる伝奇小説なので、これまで以上に自由度の高い内容となっています。

生き生きとイメージが浮かぶ料理

干し貝柱と叉焼入り炒飯
干し貝柱と叉焼入り炒飯

「西遊記」フェアではどういった料理が提供されているのでしょうか。

「特製冷菜盛り合わせ」では立てた生春巻で孫悟空が400年間も封じられていた五行山をイメージしました。

「車海老、金目鯛、アオリイカの炒め、海老味噌香るチリソース」では白骨と3度戦ったことから海鮮3種を使い、如意棒を細い春巻で表現しています。

「黒鮑の柔らか煮 干し海老入りホワイトソース」は沙悟浄をテーマにした海鮮料理で、カッパの頭を上から見た様子を黒鮑と海藻で模しました。

「干し貝柱と叉焼入り炒飯」では、猪八戒は豚ということでチャーシューを使った炒飯を作り、さらには豚が大好きなトリュフを組み合わせて洋中折衷の料理に仕上げています。

「フルーツ入り杏仁豆腐、桃まんじゅう」では、悟空が食べ荒らした不老長寿の桃から連想して寿桃と、孫悟空が生まれた果実が生い茂る花果山をイメージしてフルーツを合わせました。

物語に登場する人物やエピソードが頭に浮かんでくるのではないでしょうか。

テーブルに置かれたメニューには、全ての料理に関する物語の説明も記載されているので、読みながら食べてより楽しいひとときを過ごせることでしょう。

継承と進化

どうしてこのようなユニークなフェアを考えついたのでしょうか。

それは、<【生まれ変わるヒルトン東京】TSUNOHAZUはどのようによみがえったのか?>でも背景を紹介したTSUNOHAZUにあります。ヒルトン東京2階にあるTSUNOHAZUにはいくつもの魅力的なレストランがありますが、この「王朝」だけはリノベーション以前からある中国料理店でブランドが変わっていません。

昔から王道の中国料理を提供している「王朝」を継承しながらも、TSUNOHAZUにある他の先進的なレストランと同じように時代をリードしていくために、料理長の柳谷雅樹氏が知恵を絞り、本格的でありながらも他にはない中国料理をと考えて生み出したのが、この食物語フェアだったのです。

西遊記が最も苦労

国産牛フィレ肉のソテー、ガーリックソース
国産牛フィレ肉のソテー、ガーリックソース

今回を含めて、これまで最も苦労した食物語を訊くと、柳谷は「今回の西遊記が最も大変であった。食に関する記述はほとんどなく、料理を考えるのに想像力を非常に要した」と述べます。

初回のテーマである「楊貴妃」は楊貴妃から連想される美容や健康をテーマにしていましたが、確かに「西遊記」ではあまり食に関係しそうなものはないのでメニュー作りに苦労しそうです。

その最も苦労した「西遊記」の中でも、特に苦労した料理は「国産牛フィレ肉のソテー、ガーリックソース」であり、火稲山の火を消した名場面をどのように表現すればよいか思案したと柳谷氏は言います。そして、腐心の末に、火を消すために使った牛魔王の妻が所有する扇子「芭蕉扇」をナスで表現し、牛魔王からの連想により国産牛フィレ肉を用いたのです。

想像力を要するフェア

柳谷氏は「私だけが、ある場面をこう表現したと分かっていても意味がない。いかにお伝えして、お客さまと一緒に物語を分かち合えるかが重要。そういった観点では、よく知られている三国志は表現し易かった」と話します。

「西遊記」の次には、女性に反響があった「楊貴妃」の第2弾となる「楊貴妃の夏」が行われます。

食物語フェアは、1つのテーマにつき構想だけで1ヶ月を費やし、2ヶ月毎に新しくなるので労力を要しますが、その分だけ食べる客は、期待や想像が膨らむので、おいしい料理を食べたいという体験は、忘れられない料理を食べたという体験へと昇華されていくのです。

中国料理店はホテルの顔

ミシュランガイドでも、中国料理は評価されるのが難しく星が少ないと言われています。加えて冒頭でも述べたように、フェアを行うのも簡単ではなく、どのようにして注目を集めるのか苦労しているところです。

しかし、ここまで見てきたように、興味深いフェアは中国料理にもたくさんあります。近年ホテルのレストランでは、フランス料理店が少なくなっており、オールデイダイニングやブッフェレストランが増えている傾向にありますが、中国料理店はその使い易さや親しみ易さから、昔も今もそう数が変わっていません。

そういった意味では中国料理は昔から変わらないホテルの顔であるので、多くのホテルが魅力的な中国料理のフェアを行い、ホテルの定番である中国料理がより注目されることを願います。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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