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東日本大震災から食を復興させるための3つの「取り戻す」とメディアの役割

東龍グルメジャーナリスト
木村屋「夢の樹バウム」

復興功績顕彰を実施

復興庁は「各々の課題を解決し、自律的で持続的な地域社会を目指す取り組み」を「新しい東北」と呼んでおり、去る2017年2月9日にせんだいメディアテークで「新しい東北」の実現に向けて貢献している個人や団体の活動を表彰する「復興・創生顕彰」と「復興功績顕彰」を実施しました。

選定結果を見てみると、多数の応募者の中から、高校生や特定非営利活動法人代表理事、「高校生が伝えるふくしま食べる通信」編集部、公益社団法人 日本栄養士会、グーグル合同会社、河北新報社とヤフー株式会社が運営する「ツール・ド・東北2016実行委員会」など、様々な個人や団体が選ばれていることが分かります。

産業復興事例30選を刊行

この顕彰会が行われたのと同じ2017年2月9日に、復興庁は2012年度から続く「産業復興事例30選 東北発私たちの挑戦」を刊行しました。

事例と題されているように、被災から復興した企業の軌跡を追っています。

復興庁は、被災地の事業者による新たな挑戦や課題の克服の取組を「産業復興事例30選 東北発私たちの挑戦」としてまとめ、グローイングアップ企業として震災後に売上等を回復させている企業の事例、フォローアップ企業として過去の事例集に掲載した企業のその後の成長の事例、スタートアップ企業として震災前後に新規創業、又は新規事業を開始した企業の事例を合計30社掲載して公表しました。

出典:産業復興事例30選 東北発私たちの挑戦

大きく成長を遂げている「グローイングアップ企業」として9社、2013年3月に復興庁が刊行した「被災地での 55 の挑戦- 企業による復興事業事例集-」掲載企業の中から持続的に発展している「フォローアップ企業」として8社、震災後に新しく起業した「スタートアップ企業」として13社が紹介されています。

そのうち、食に関係する企業は「グローイングアップ企業」で5社、「フォローアップ企業」で6社、「スタートアップ企業」で5社と、それぞれ半分程度を占めています。

食は人々の生活に密接に結びついたものであり、重要な産業なので、復興事例としてもたくさん取り上げられているのかも知れません。

商品の試食&トークセッション

試食会&トークショー
試食会&トークショー

この食に関係する企業のうち、3つの企業が参加して、同じく2017年2月9日に「東北発 私たちの挑戦」と題し、参加費無料で一般の方30名を招待して、3企業のお勧め商品の試食会&トークセッションが行われました。

  • 木村屋(菓子製造:岩手県陸前高田市)
  • 株式会社オノデラコーポレーション コーヒー事業部(コーヒー焙煎、販売、店舗:宮城県気仙沼市)
  • 株式会社いわき遠野らぱん(野菜果物加工品製造販売:福島県いわき市)

岩手県、宮城県、福島県と各県から1つずつ、しかも、洋菓子店、コーヒーショップ、食品加工メーカーと、それぞれ地域も業態も異なっているので、とても有意義なトークセッションとなりました。

このイベントに登壇した4人のうち、唯一食の専門家として、私も参加したので、ここで見聞きしたことを参考にし、食に関する企業の復興に関して述べたいと思います。

再建までの道のり

被災すると、これまで商品を作っていた工房や工場、店舗が機能しなくなり、作り手やサービススタッフもいなくなります。商品を作ったり提供したりできなくなるので、お金も入らなくなり、そうなるとより一層、商品を作ることが難しくなります。

こういった状況で、先の3企業は次のように再建を果たしました。

オノデラコーポレーション

オノデラコーポレーション「アンカーコーヒー」
オノデラコーポレーション「アンカーコーヒー」

アンカーコーヒーを運営するオノデラコーポレーションは、ミュージックセキュリティーズ株式会社が運営するマイクロファンド「セキュリテ被災地応援ファンド」を活用し、約900名から計2450万円の資金を集めました。

この資金を再建に充て、震災後に直営店5店、フランチャイズ店2店を、2015年3月には新たな本店となる焙煎工房を併設したアンカーコーヒーマザーポート店をオープンするなどし、2017年1月時点では合計10店舗(直営7店、フランチャイズ3店)へと成長させたのです。

店名に付く「アンカー」とは英語で「船のイカリ」を意味し、イカリを下ろして癒しの時間を過ごして欲しいという思いが込められています。

また、独自に設けたバリスタテストに合格したスタッフだけがコーヒーを淹れるなど、コーヒーの味にもこだわっています。

木村屋

木村屋「夢の樹バウム」
木村屋「夢の樹バウム」

木村屋は創業が昭和元年で現在は3代目となっている老舗洋菓子店ですが、1989年に火災のため、店舗と工場、洋菓子製造のために導入した機械設備に加えて、創業時から受け継いできたレシピを全て失ってしまいました。

そこから地域の支援を得て軌道にのせましたが、東日本大震災によって、今度は津波が再び全てを奪ってしまったのです。

火災の時の負債も残っていたので、再建に躊躇していたところ、草加市役所と草加せんべい振興協議会からせんべいを作らないかと話があり、製造機と原料の支援を受けて、震災で職を失った被災者10数人とともに、せんべいの生産と販売を始めました。

せんべいを作りながらも、客から要望が強かった洋菓子作りを本格的に再開しようと決心し、視察で赴いた神戸で、バウムクーヘンを新しく作るのがよいのではないかと考えが浮かびました。

震災で失われた高田松原や奇跡の一本松にイメージが重なったことから、バウムクーヘンを「夢の樹バウム」と名付け、クラウドファンディングで資金を集め、開発して商品化に至ったのです。

いわき遠野らぱん

いわき遠野らぱん「野菜プリン」
いわき遠野らぱん「野菜プリン」

いわき遠野らぱんは、無農薬の露地野菜にこだわった農業生産法人でしたが、東日本大震災が発生して、福島第一原子力発電所の事故による風評被害も甚大であったことから、新しい事業を模索しました。

ふくしま産業復興企業立地補助金の助けを得て、新規の設備投資を行い、2014年11月に県内最大級の工場を完成させました。そこで、自社の野菜を生かしたOEM商品や自社製品を開発・販売し、新しい事業を切り拓いたのです。

20代の女性従業員が開発した福島県のブランド野菜3種(ニンジン、カボチャ、小豆)を使ったプリンなど、人気商品を開発して再建しています。

3つの「取り戻す」

以上のように、3企業の再建をみてきましたが、私は以下の3つを「取り戻す」ことが重要だと考えています。

  • 商品を取り戻す
  • 客を取り戻す
  • 活気を取り戻す

それぞれ説明していきましょう。

商品を取り戻す

被災するとこれまでと同じように商品を提供できなくなるので、商品を提供できるようにすることが最初の大きな目標となります。

これまでの機能を回復させるにせよ、新しい事業に舵を切るにせよ、資金が必要となりますが、国や県の補助、もしくは、クラウドファンディングが重要な役割を担っています。

特にクラウドファンディングの場合には、どれだけ多くの人に支持してもらえるかが重要な鍵となりますが、食は普遍的で多くの人に関わりのあるものなので、訴求し易いのではないでしょうか。

スタッフを揃えることも難しくなっています。どこの店舗も人手が足りず、求人が多くなっているので、人が集まらないからです。

いわき遠野らぱんでは、今でも人手が不足しており、現在も大きな課題となっています。ただ、新しい商品を生み出すことで、より注目されて人も集まり易くなるので、地域の受け入れ体制が整うのを待つだけではなく、野菜プリンのようなよい商品を引き続き作っていくことが重要だと考えています。

客を取り戻す

木村屋は初めて作るせんべいを販売してやりくりしてきましたが、地元の客からの甘い洋菓子が食べたいという要望によって、周りから背中を後押しされる形で洋菓子を再び作ることになり、新しい商品「夢の樹バウム」を開発しました。

いわき遠野らぱんは、これまでの強みを生かしながら、上手に業態を転換し、風評被害も少なく、現代の嗜好に相応しい地元の野菜を使ったプリンなどを開発して好評を得ています。

オノデラコーポレーションは疲れた人々の癒やしになるコーヒーショップという憩いの場が人々に求められた結果、店舗を大きく拡大にするに至っています。

食は生きるために必要ですが、それと同時に、心を満たす人生の原動力でもあります。被災直後は、米や肉など生きるための食料が必要となりましたが、1ヶ月ほど経つと変わっていき、次は身近にある楽しみとしての食が重要になっていきました。

それは、いきなりフランス料理やホテルのレストランということではなく、ちょっとした甘い物などの嗜好品であったり、ドリンクを飲みながら寛いで話せる空間であったりしたのです。

被災地の人々にとって必要な心の支えであるからこそ、この3企業は復興が望まれ成功したのではないでしょうか。

活気を取り戻す

木村屋の代表を務める木村昌之氏は「被災企業としてではなく、『おかし工房木村屋』として全国の菓子店と肩を並べていくこと」が目標であると冊子でもトークショーでも述べていましたが、本当の復興とは、もはや被災から復興した企業であることが忘れられるくらいになり、持続していくことだと私も考えています。

消費者が被災した企業の商品だから購入する、被災地だから訪れるというのでは、一過性のブームと同じで続かないでしょう。特に食のトレンドは流動性が激しいですし、不幸にも他の地で災害が起これば、より直近の被災地に最も注目が集まります。

従って、消費者を喚起するためにはある程度仕方ありませんが、被災を打ち出した売り方では、この先は明るくないのではと危惧しているのです。

復興する過程で、地元の食材に焦点を当てて、食の歴史から物語を掘り起こし、それを自身の強みにつなげられたら、本当の活気を取り戻すことができるのではないでしょうか。

メディアの役割

食のトレンドはすぐに変わってしまうので、飲食店の開業と廃業のサイクルは早いものです。色々な調査がありますが、飲食店に関しては、開店してから5年後に存続している確率は10~20%とも言われています。

被災していない地域でも立て直すのが難しい状況なので、被災した企業が復興し、そこから活気を取り戻すことはそう簡単ではないでしょう。しかし、全くの暗闇の中で手探りしているわけではありません。

復興庁が毎年刊行している産業復興事例に掲載されている企業の軌跡は、同じ境遇にある他の企業にとって、参考になるだけではなく、励みにもなるはずです。

そして私たち食に関係したジャーナリストやライターは、被災地の食を復興だけで打ち出すのではなく、魅力を掘り出して伝えるべきであり、それと同時に、復興の軌跡などの有益な情報を埋もれさせず、1人でも多くの人の目や耳に入れるように努力することが大切なのではないでしょうか。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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