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歴史を動かす美味。ホテルのフレンチ、注目コラボレーション

東龍グルメジャーナリスト
歴史を動かす美味。ホテルのフレンチ、注目コラボレーション

数々のコラボレーション

「日台の名門ホテルによる食コラボレーションの背景」では帝国ホテルとザ・シャーウッド台北、「日仏フランス料理界をリードする若手料理人による伯仲のコラボレーション」では「フレンチレストラン キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」のエグゼクティブシェフであるギヨーム・ブラカヴァル氏と「レストラン ダヴィッド・トゥタン」のオーナーシェフ ダヴィッド・トゥタン氏のコラボレーションをご紹介し、最近では「スイーツの魔術師ジル・マルシャルはなぜ来日したのか? 紡ぎ出すスイーツの意義とは?」でパティシエのジル・マルシャル氏とハイアット リージェンシー 東京のペストリー・ベーカー料理長 佐藤浩一氏によるスイーツのコラボレーションをご紹介しました。

「壮大になっていくホテルのフェア」でも言及したように、ホテルはレストランの競争が激しくなってきた結果、人々の興味をより引くためにフェアがだんだん壮大になってきています。

そのような中で、つい先日も大きなコラボレーションが行われました。フレンチとビストロノミー(ビストロとガストロノミーの中間)で、それぞれ注目するべきコラボレーションをご紹介しましょう。

レ セゾン(帝国ホテル)

アペリティフ
アペリティフ

日本を代表とするホテルと言えば、やはり帝国ホテルであり、「村上信夫を知らずして食通を気取るな【グルメ偉人伝】」にもあるように、前総料理長の村上信夫氏など先代たちの寄与によりフランス料理が発展していったという経緯もあります。

帝国ホテルは歴史や格式がありますが、「ナポレオン3世妃が愛した旧宮殿、ホテル デュ パレを帝国ホテルで味わう1週間」ではホテル デュ パレ、「日仏名門ホテルが紡ぐ「ル・ロワイヤル・モンソー ラッフルズ パリ ウィーク」とは?」ではル・ロワイヤル・モンソー ラッフルズ パリ、「日台の名門ホテルによる食コラボレーションの背景」ではシャーウッド台北といったように、世界の名だたるホテルと積極的にコラボレーションも行っています。

そして帝国ホテルでまた注目のコラボレーションが行われました。

それは帝国ホテル 東京「レ セゾン」のシェフであるティエリー・ヴォワザン氏がスターシェフであるブルーノ・メナール氏を迎え、2016年10月17日~23日にかけて行った「ブルーノ・メナール ウィーク」です。

共に有名なミシュランシェフ

ヴォワザン氏は、2005年から「レ セゾン」のシェフを務め、ミシュランガイドで1つ星を獲得し続けているミシュランシェフであり、メナール氏もまた銀座で燦然と輝くグランメゾン「ロオジエ」で2005年から6年間エグゼクティブシェフを務め、2008年から2010年まで3年連続3つ星を獲得したミシュランシェフなのです。

数年間も安定してミシュランガイドで星を獲得するような料理人同士によるコラボレーションは、どうして開催されることになったのでしょうか。

同郷の出身

国産赤座エビのサラダ オシェトラキャビアとポワローのクリーム 生海苔とピスタチオのピストゥ
国産赤座エビのサラダ オシェトラキャビアとポワローのクリーム 生海苔とピスタチオのピストゥ

実はメナール氏とヴォワザン氏は同郷の出身であり、34年も前から旧知の仲だったのです。加えて、メナール氏の夫人とヴォワザン氏が同じ調理学校の出身であったり、メナール氏とヴォワザン氏がバンドを組んでいたりと、互いに深い交流を図っています。

「日仏フランス料理界をリードする若手料理人による伯仲のコラボレーション」でもご紹介したように、驚くべきような有名料理人のコラボレーションでは、お互いにもとから友人であることが多いです。

もちろん、積極的に交流を広げる料理人も中にはいますが、料理人というのはやはり職人ということもあり、ミシュランシェフともなるとお互いに近付き難いことも少なくありません。しかし、古くからの知人であれば、こういった心理的な壁もなく、気軽にコラボレーションを行えるでしょう。

コラボレーションの経緯

今回のコラボレーションは、ヴォワザン氏が以前から希望していたものでした。1年以上も前から、氏が得意とする食材が最も活きる時期を考慮するなどしながらスケジュールを調整し、この日取りが決められたのです。

今回のフェアは2人の料理を合わせるのではなく、メナール氏が考案した料理を2人で作り上げ、提供することになりました。自身がシェフを務めるレストランで他の料理人の料理でコースを組んだことからも、ヴォワザン氏がいかにメナール氏を信頼しているのか分かるでしょう。

メナール氏は現在はシンガポールを拠点とし、自身のレストランは持っていませんが、シャネルなど世界的なブランドとガラディナーを開催するなど、精力的に活躍しています。現在は特別イベントなどでしか氏の料理を味わえないため、メナール氏の人気は以前にも増して高まっており、「レ セゾン」で10月21日に行われた73000円(税込み、サービス料は別途。飲み物を含む)というガラディナーも告知されるとすぐに満席となりました。

料理の特徴

ワサビを纏った仔鳩 生姜風味のジュ カリカリに仕上げたジャガイモとセップ茸のロティ
ワサビを纏った仔鳩 生姜風味のジュ カリカリに仕上げたジャガイモとセップ茸のロティ

今回の料理は日本ならではの素材を取り入れたフレンチで、生海苔や富士山麓の鱒を使ったり、仔鳩にワサビを合わせたり、醤油をフリーズドライにしたり、缶詰を有田焼に盛りつけて提供したりと、様々なアプローチを行っています。

四万十海苔のパンは「レ セゾン」で有名ですが、「ロオジエ」でも海苔のパンが提供されています。また、メナール氏は鳩が得意ですが、ヴォワザン氏のスペシャリテも鳩です。このような共通点を見付けることも、親しい料理人のコラボレーションにおけるひとつの楽しみ方であると言えるでしょう。

「レ セゾン」では、かつてヴォワザン氏が修行した名店「レ・クレイエール」とのコラボレーションを2017年2月22日から24日にかけて行いますが、こちらもまた興味深いエピソードがたくさん披露されそうで、今から楽しみです。

タワーズ(ザ・リッツ・カールトン東京)

ザ・リッツ・カールトン東京の「タワーズ」で2016年11月3日と4日のディナーに「フォーハンズ・ディナー・ウィズ・ピエール・サング・ボワイエ」というガラディナーが行われました。

ガラディナーの名前から分かるように、パリの人気フレンチレストラン「Pierre Sang in Oberkampf(ピエール・サング・イン・オベルカンフ)」のオーナーシェフであるピエール・サング氏とのコラボレーションになります。

ビストロノミーの共演

季節の鮮魚 海藻入りの塩釜焼き ほうれん草のサラダ(ピエール・サング)
季節の鮮魚 海藻入りの塩釜焼き ほうれん草のサラダ(ピエール・サング)

「タワーズ」は、ビストロとガストロノミーを合わせた造語であるビストロノミーを標榜したレストランで、早坂心吾氏が料理長を務めて高い評価を得ています。今回のガラディナーでは副総料理長のクランケリー・ラルーム氏がサング氏とコラボレーションし、「フォーハンズ(4つの手)」で料理を紡ぎ出しました。

ビストロノミーをさらに浸透させるためにガラディナーが行われ、ラルーム氏がアイデアを練り、同じくビストロノミーの旗手であるサング氏に自らコンタクトを取り、このコラボレーションを実現させたのです。

2回目のフォーハンズ

実はこの「フォーハンズ・ディナー」は今回が2回目となります。

1回目の「フォーハンズ・ディナー」は、神楽坂にある「ルグドゥヌム ブション リヨネ」とコラボレーションして2016年4月21日に行われました。このビストロノミーの共演が好評を博したため、今後1年に2回のペースで行われることとなり、この2回目に至ったのです。

ピエール・サングとは

赤いベリー “シャブロ”スタイル(ピエール・サング)
赤いベリー “シャブロ”スタイル(ピエール・サング)

ところで、サング氏はどのような料理人なのでしょうか。

サング氏は韓国で生まれましたが、後に養子となってフランスへ移り住みました。こういった背景からフランスと韓国という2つのアイデンティティーを持っており、両国をつなぐ料理を創り上げています。巧みな技とアジアのエッセンスが感じられるフランス料理が評判を得て、サング氏のビストロは行列が絶えないことで有名です。

サング氏を語る上で、2011年にフランスで放送された人気料理番組「Top chef」について語らないわけにはいきません。この番組で、サング氏は準決勝で敗退したものの、その腕前を多くの視聴者に知らしめ、有名シェフの仲間入りを果たしました。今では、フランスの食通であれば、サング氏の名前は多くの人が知っていることでしょう。

2人の料理を交互に提供

蝦夷鹿ロース肉のロースト 文旦のコンフィ ヘーゼルナッツのペースト(フランケリー・ラルーム)
蝦夷鹿ロース肉のロースト 文旦のコンフィ ヘーゼルナッツのペースト(フランケリー・ラルーム)

ガラディナーでは、ラルーム氏とサング氏の料理が交互に提供されるという形式を採りました。コースには味や香り、見た目の流れがあり、前後の料理と関連性があります。従って、交互に料理を提供するということは、相手の料理と折り合っていくということであり、そう簡単にはいかないものです。

今回のコースはどうだったかと言うと、見た目に関してはサング氏のユニークなプレゼンテーションとラルーム氏の整ったデザインが対照的でメリハリがあり、味に関しては全体的に酸が感じられる爽やかな体験で統一されていました。

興味深かったのは、ラルーム氏がタイバジルや分旦といったアジアの食材を使い、サング氏に何かしらインスパイアされたのではないかと思えたところです。

サング氏はチームではなく単身で来日していますが、ラルーム氏を始めとする「タワーズ」のスタッフに与えた影響は大きかったのではないでしょうか。

最高の食材でビストロノミーを広める

ビストロは手頃な値段で気軽に食べられるフランスの田舎料理というイメージを持っていますが、ビストロノミーは値段が手頃であっても、一流料理店のシェフが最高の食材を用いています。

ビストロノミーという言葉、さらには、その概念や素晴らしさを伝えるために、「フォーハンズ・ディナー」が今後も続いていき、ビストロノミーが広く浸透していくことを期待しています。

ピエール・ガニェール(ANAインターコンチネンタルホテル東京)

存命しているフランス料理の巨匠といえば、どなたを思い浮かべるでしょうか。

史上最年少で3つ星を獲得したアラン・デュカス氏、世界一星を持つと言われているジョエル・ロブション氏、三つ星を長い間維持しているポール・ボキューズ氏、「【ミシュラン/最高級食材】食べる芸術、キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロが魅せる白トリュフ」でも紹介したミッシェル・トロワグロ氏、「ミシュラン2つ星「ドミニク・ブシェ トーキョー」が銀座に再び」でも紹介したドミニク・ブシェ氏など、日本でも店舗を持つ料理人を挙げる方が多いのではないかと思います。

フランス料理は世界中で食べられている料理なので、その巨匠を挙げるとなると、きりがありませんが、「【ミシュラン/最高級食材】ピエール・ガニェールのオマール・ブルーづくしコースとは?」でも紹介したピエール・ガニェール氏と、2002年に世界初の支店として北海道洞爺湖畔にある「ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ」に「ミッシェル・ブラス トーヤ・ジャポン(Michel Bras TOYA Japon)」をオープンしたミシェル・ブラス氏を挙げて異論がある方はいないでしょう。

この2人の巨匠は全くタイプの異なる料理人であると感じられますが、実は30年来の友人であり、この30年の友情を記念して2人がコラボレーションして、2016年11月4日と5日にANAインターコンチネンタルホテル東京「ピエール・ガニェール」で、「ピエール・ガニェール&ミシェル・ブラスガラディナー ~30年の友情~」が開催されたのです。

ピエール・ガニェールとは

エスプレットバターの中で火を入れた、ハタの燻製と生姜を効かせた茄子のスック、南瓜のニョッキ、サラダほうれん草を添えて。(ピエール・ガニェール)
エスプレットバターの中で火を入れた、ハタの燻製と生姜を効かせた茄子のスック、南瓜のニョッキ、サラダほうれん草を添えて。(ピエール・ガニェール)

ピエール・ガニェール氏について、改めてご紹介しましょう。ガニェール氏は1950年4月9日に生まれ、1992年に自身のレストランでミシュランガイド3つ星を獲得しましたが、その後に破産したため、レストランを閉店しました。

しかし、その後に再びレストランをオープンして、ミシュランガイド3つ星に返り咲いたという、不屈の精神を宿した料理人なのです。

料理はとても色鮮やかで絵画を眺めているような美しさがあります。2001年からはフランスの物理化学者エルヴェ・ティスと協力して化学調理に力を入れるなどし、変化を恐れず、先進的です。

ミシェル・ブラスとは

現在では“クラシック”: 若野菜で仕上げたガルグイユー; 発芽豆&ハーブ、香りをつけたレドプール.(ミシェル・ブラス)
現在では“クラシック”: 若野菜で仕上げたガルグイユー; 発芽豆&ハーブ、香りをつけたレドプール.(ミシェル・ブラス)

一方、ミシェル・ブラス氏は、ミシュランガイドで3つ星を獲得したフランスのオーブラック地方ライオール村にある「ミシェル・ブラス」のオーナーシェフです。

自然から料理を創造すると言われている天才肌の料理人で、季節の野菜を数十種類も使い、フランス料理界に新しい潮流をもたらした「ガルグイユー」を代表とする野菜料理が特に有名です。

1981年に創作し、現在は世界の至るところへ広まったデザートの「クーラン」も忘れてはなりません。「流れ出る」を意味する通り、ビスキュイ生地にナイフを入れると、温かいチョコレートが流れ出ます。

ブラス氏は有名なシェフに師事したり、高級レストランで修業したりしたことはなく、両親が経営するオーベルジュ「ルー・マズュック(Lou Mazuc)」で料理を作る母から料理を学んだという、独特の経歴を持っていることも特徴的です。

世界のベストシェフ

直近で、2人に関する大きな話題がありました。

ブラス氏が、2016年始めに刊行されたフランスの料理専門誌「ル・シェフ(Le Chef)」において、2016年「世界のベストシェフ100名」でトップに選ばれたのです。

これは1987年から続く歴史ある賞で、料理人、パティシエ、ソムリエなど同じ料理界にいるプロが投票するので、選出されることは非常に名誉なことです。

一方のガニェール氏は2016年は2位に選ばれており、2015年にはトップに選出されました。ブラス氏とガニェール氏が料理界の中でも巨匠として認められている証左と言ってよいでしょう。

開催の経緯

ねずの実の香る北海道産蝦夷鹿、栗のクリームコーヒー風味、芽キャベツと林檎のミ・セッシエシナモン風味、パン・ド・エピスのパウダー。カシスの香るシヴェソース。(ピエール・ガニェール)
ねずの実の香る北海道産蝦夷鹿、栗のクリームコーヒー風味、芽キャベツと林檎のミ・セッシエシナモン風味、パン・ド・エピスのパウダー。カシスの香るシヴェソース。(ピエール・ガニェール)

これほどの巨匠2人がコラボレーションするに至った経緯は何でしょうか。

実は、この2人のコラボレーションは今回が2回目で、1回目は2016年7月8日と9日に「ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ」の「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」で「北海道」をテーマにして行われました。

ブラス氏とガニェール氏は、先のメナール氏とヴォワザン氏と同じように、30年来の友人関係にあり、互いの料理も認め合う仲だったので、自然な流れでコラボレーションしようという話になったのです。

短いインターバルでの開催

ところで、人気のあるイベントでも普通は年に1度の開催頻度ですが、今回は1回目の開催から僅か4ヶ月しか経っていません。これはどうしてなのでしょうか。

1回目の開催地となった北海道は初夏によい食材が揃うので7月に行われましたが、2回目の開催地となる東京は秋が最も食材が豊かなので「日本の秋」をテーマとして11月に行われることになったのです。

また、多くの人に喜ばれたコラボレーションだったので、1回目と2回目の間をできるだけ空けたりせず、一連のイベントとして開催した方がより魅力的になるという考えもありました。

巨匠の料理を具現化

81年オリジナルクーランの解釈をもとに;(ミッシェル・ブラス)
81年オリジナルクーランの解釈をもとに;(ミッシェル・ブラス)

ブラス氏とガニェール氏は共に同じ4品ずつメニューを提供しましたが、この巨匠2人がコラボレーションするということは、ひいては、ブラス氏に見出されたイタリア人シェフ・ディレクターのシモーネ・カンタフィオ氏とガニェール氏の右腕であるエグゼクティブシェフの赤坂洋介氏が共演するということになります。

この巨匠2人のコラボレーションは今後も引き続き行われる予定なので、ブラス氏とガニェール氏がどのようなアイデアを生み出すのかということはもちろん、カンタフィオ氏と赤坂氏という、フランス人ではない才能溢れる2人の料理人が、どのようにして巨匠のアイデアを形にしていくのかも、非常に興味深いところです。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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