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トリュフと黒毛和牛テンダーロインの祝い膳

東龍グルメジャーナリスト
グランド ハイアット 東京「けやき坂」の「塩釜焼きビーフ」

塩釜焼き

年度末や年度始めは、卒業や入学・入社といったお祝いの時期です。お祝いの席で塩釜焼きを食べることは少なくありませんが、この塩釜焼きがどういった料理かを知っていますか。

魚介類・肉類・まつたけなどを、塩または卵白を混ぜた塩でおおい、天火などで蒸し焼きにした料理。◇「塩釜」は海水を煮詰めて塩を作るかまどで、古くは製塩中の熱い塩の中にとってきた魚を入れて蒸し焼きにした。

出典:コトバンク

以上の通り、塩釜焼きとは塩で食材を包み込んで焼く料理です。塩釜焼きの中で最も有名なものは、鯛の塩釜焼きでしょう。鯛の塩釜焼きは、歴史がそれなりに古く、豊臣秀吉が朝鮮へ出兵する時に、大阪にいる母に鯛を届けるのに保存性を高めるため、塩で包み込んで焼いたことが由来とされています。

旨味を閉じ込める

春野菜のフラン
春野菜のフラン

塩釜焼きのメリットは何でしょうか。

保存性を高めることはもちろんですが、現在ではそれよりも、塩で食材を包み込むことによって、中に含まれた旨味を逃がさないように閉じ込めることにあります。

表面から塩を浸透させて塩味を付けることが目的ではありません。そのため、馴染ませ過ぎないように注意する必要があります。

食材を包む塩には卵白を溶いておきます。そうすることによって成形し易くなりますし、焼くと固まるので割って食材を取り出し易くなるのです。塩釜焼きでは、塩釜それ自体を食べることはありません。そういった意味ではとても贅沢な料理であると言えるでしょう。

類似した料理

アワビのエスカルゴ風
アワビのエスカルゴ風

塩釜以外では、竹の皮、アルミホイル、パラフィン紙、和紙などで食材を包み込んで焼く調理法がありますが、これらはもともと食材ではないので、塩や卵白を用いる塩釜とは印象が異なります。

鯛以外では、サワラやサケといった魚介類、牛や豚、鶏、鹿といった肉類でも塩釜焼きにされており、様々な食材でこの調理法が利用されているのです。旨味を閉じ込めるのは、どの食材でも共通するおいしくするための方法なので、鯛以外の食材に用いられるのは不思議なことではありません。

演出

ガーリックシュリンプ
ガーリックシュリンプ

塩釜焼きは、最後に塩釜から食材を取り出すことになりますが、派手に割ったりすることで大きなインパクトを与えることができます。食味的にだけではなく、演出的にも優れているのです。レストランであれば客の前で割ってみせ、出来たて感を高めたり印象的にしたりできるでしょう。ホームパーティーであれば、メインディッシュの誕生をその場にいるみんなで迎えるという、共有感を醸し出すことができるのです。

鯛の塩釜焼きは、この演出面に加えて、「鯛」が「めでたい」にかかっていたり、保存が効き易かったり、塩釜にメッセージを記載できたりすることから、お祝いの席で食べられたり、贈答品として贈られたりされています。

新しい塩釜焼き

塩釜焼きは、歴史がそれなりにあったりすることから新しいものが現れませんでしたが、最近になって面白い塩釜焼きが見掛けられるようになりました。

それは、グランド ハイアット 東京「けやき坂」で5月1日から提供される「塩釜焼きビーフ」です。鉄板焼で塩釜焼きというと、「なぜ鉄板会席が生まれ、なぜ幻の神子原米が提供されるのか?」でも紹介した鮑の塩釜焼きが有名ですが、けやき坂では黒毛和牛のテンダーロインにトリュフを合わせた新しい塩釜焼きに挑戦しています。

この塩釜焼きビーフはどういったものなのでしょうか。

塩釜焼きビーフ

塩釜焼きビーフ
塩釜焼きビーフ

塩釜焼きビーフは、黒毛和牛のテンダーロインにトリュフを載せてから昆布を巻き、塩で包み込んで焼いた料理です。鉄板焼きで、そのままメインディッシュとして使える黒毛和牛のテンダーロインを用いているのは贅沢なことでしょう。

また、塩が効き過ぎないようにするためと、旨味を加えるために、テンダーロインに昆布を巻いています。塩を付ける前に、食材に葉や昆布を巻くことそれ自体は珍しくありませんが、昆布という和食材を使っているところへ洋食材のトリュフを合わせるのは珍しいことです。

塩釜焼きで黒毛和牛のテンダーロインを使うこともそうですが、塩釜にトリュフを包んだり、昆布とトリュフを組み合わせりしたことは新しいことだと言えます。

誕生した経緯

この新しい塩釜焼きを考え出したのは、「鉄板上の空論か? ソルベから読み解くグランド ハイアット 東京の鉄板焼「けやき坂」夏メニュー」「グランド ハイアット 東京「けやき坂」の鉄板焼はどこが新感覚なのか?」でもご紹介した、料理長の本多良信氏です。

塩釜焼きビーフを考え出した経緯は何だったのでしょうか。

塩釜焼きビーフには贅沢にも黒毛和牛のテンダーロインが使われていますが、テンダーロインは脂が少なくて乾燥し易いので、これを防ぐ方法を考えました。オリーブオイルを加えてもよかったのですが、鉄板焼きでオリーブオイルを使うことは今で珍しくないので、あまり面白くありません。そこで、色々と試行錯誤をしていった結果、高級感と意外性がありながらも、この塩釜焼きビーフに最もよく合う食材として、トリュフを加えることにしたのです。

復刻版

豚肉のピカタ風
豚肉のピカタ風

実はこの塩釜焼きビーフは2013年に1年間だけ提供されていました。テンダーロインはただでさえ脂が少ない上に、塩釜によってさらに余計な脂が落ちるので、非常にヘルシーです。加えて柔らかく仕上がるので、人気を博していましたが、提供期間を終えた後、しばらくは休止していました。

しかし、復活を期待する声が多かったこと、さらには、赤身肉に関する関心が高まっていることから、再び提供することになったのです。とは言え、ただ復刻するだけではつまらないので、以前よりもトリュフのボリュームを増やして、塩釜とトリュフのコラボレーションをより楽しめるようにしたのです。

工夫している点

塩釜焼きビーフで、工夫している点はどこでしょうか。

塩で包み込む料理なので、塩の加減がとても難しいです。塩が入り過ぎると味のバランスが悪くなるので、焼き5、6分前に包み込んで、そこから30分間蒸し焼きにする必要があります。鉄板焼は客の目の前で調理する料理だけに、こういった流れを自然に行うことは簡単とは言えないでしょう。

新しい鉄板焼の意義

ウニご飯
ウニご飯

本多氏は塩釜焼きの新しい形に挑戦するだけではなく、他にも色々な試みを行っています。全てを鉄板焼きで完結するという信念によって、春野菜のフランもコンソメスープも当然のことながら鉄板で温めたり、アワビをエスカルゴに見立ててエスカルゴプレートで提供したり、ガーリックシュリンプの隠し味にナンプラーを使ったり、明石焼きをイメージして熟成させた群馬県の氷室豚を玉子で包んで焼いたりと、鉄板焼を進化させているのです。

鉄板焼は外国では「Teppanyaki」と呼ばれているほど有名な日本料理として認知され親しまれている料理なので、伝統的な手法を用いているだけでそれなりに人々を魅了できるものですが、そのような状況に甘んじず、伝統的な料理と異色の食材を組み合わせるなど、鉄板焼の未来を切り拓いていこうとする姿勢は高く評価されるべきものであると私は考えています。

情報

詳しくは公式サイトをご確認ください。

元記事

レストラン図鑑に元記事が掲載されています。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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