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QRコードで認知症高齢者を発見する方法

斉藤徹超高齢未来観測所
認知症高齢者問題は今後の大きな社会課題(ペイレスイメージズ/アフロ)

増加する認知症行方不明者

超高齢化が進む日本社会で、行方不明高齢者は確実に増加している。認知症による行方不明者の数は1万5863名(平成29年)。統計を取り始めた24年以降、毎年伸びつづけている。認知症行方不明者のうち、届け出受理当日に所在が確認されるのは全体の約7割。残りの多くも1週間以内には確認されるが、なかには1〜2年も見つからない人もいるという。

高齢化の進行に伴い、今後も認知症者数の増加は不可避である。現在約500万人と言われる認知症者は、2030年には800万人に達する予測もある。(平成29年「厚生労働白書」より)

認知症者はなぜ、行方不明となるのか。これにはさまざまな理由が挙げられるが、多くは記憶障害や見当識障害が原因となり、帰り道が分からなくなったり、過去の習慣に沿った行動をしようとして迷ってしまうケースが多い。

認知症者が増加することは確実だが、根本的な解決法は未だ発見されていない。いまのところ行方不明者に対しては早期発見と早期解決を目指していくしかないのである。

いかにして行方不明者を発見保護するか

では、いかにして不明者を早期発見し解決に繋げるか。現在の主な動きとしては認知症サポーターの養成による地域住民による見守り、自治体と郵便局・コンビニ・スーパーなどの協定による見守りなどが挙げられるが、これといった決め手に欠ける。地域ぐるみでの「高齢者見守り」を進めている自治体もあるが、全国的な広がりには至っていない。携帯電話やGPSセンサーなどを使った見守り監視システムなども開発されているが、コスト面の制約もあり進んでいない。

QRコードを利用した認知症行方不明者発見システム

そんな中、近年注目されているのが、東邦ホールディングス株式会社が提供するQRコードを使った認知症高齢者保護情報共有システム「どこシル伝言板」である。

どこシル伝言板の仕組みはいたって簡単である。QRコードが記載されたアイロンシールを対象者の衣服、帽子などの持ち物などに貼るだけだ。もし対象者が行方不明となった場合、発見保護者がこのシールのQRコードをスマホなどで読み取れば、当面の適切な対処方法を知ることができ、スマホ伝言板を通じて連絡先とコミュニケーションをとることができる。現在このシステムを採用している自治体は1都22県、67市町(2019年度開始を含む)に登り、シール発行者数はのべ4000人にのぼっている。

どこシル伝言板のQRコード(筆者撮影)
どこシル伝言板のQRコード(筆者撮影)

「どこシル伝言板」の仕組み

より詳しく「どこシル伝言板」の仕組みを紹介しよう。

この仕組みを導入する事業主体は市町村などの基礎自治体だ。自治体はそれぞれの必要数に応じて、運営会社からQRコードシールを購入する。QRコードに紐付ける情報は別途PCなどから入力されることになるが、インプットされる情報は、保護発見時にまず対処すべき情報が中心であり、個人情報は一切含まれない。保護対象者のニックネーム、生年月、性別、身体的特徴、既往症、保護時に注意すべきことなどの必要最低限の情報である。

もし対象者が行方不明になり、保護されたら、発見者はこのQRコードをスマホで読み取ることで、必要情報が記載されたサイトに誘導される。

ひと口に認知症高齢者といっても、抱える症状やコンディションはさまざまだ。血圧や心臓に疾患を抱えていたり、アレルギー症などの可能性もある。コミュニケーション面でも、認知症特有の症状があり、話しかけるときに気をつけるポイント(例えば、急に話しかけてはダメなど)があるかもしれない。そうした発見時に配慮すべき項目がサイト上に記載されている。保護時に本人のリスクやストレスを下げるための情報である。

発見者がQRコードを読み込んだ時点で自動的に介護者には「QRコード読み取り通知メール」が届く。また、発見者が発見情報を入力送信することで、お互いにメルアドを交換することなく、「伝言板」が開設され、伝言板上でお互いがコミュニケーションを取ることができるというシステムだ。

簡易ながらも必要十分な情報のやりとりが可能となる極めてユーザー視点に立ったシステムである。

どこシル伝言板の画面(撮影筆者)
どこシル伝言板の画面(撮影筆者)

「どこシル伝言板」の開発経緯

このシステムの開発を手がけたのは、東邦ホールディングス株式会社地域医療連携室次長の日高立郎さん。元介護会社に勤務していた日高さん、以前の親会社が、高齢者向けの不動産賃貸事業を拡大したいという意向があり、高齢者の安否確認センサー機器の開発を担当したことが契機となった。

その後、増加する認知症高齢者のニュースを見聞きする中で、この領域にニーズがあるのではないかと発想したのが「どこシル伝言板」だ。

当時、自治体が採用していた認知症確認シールの多くは電話番号などが記載されたものが中心で、これでは個人情報が漏れてしまう。また、連絡先を役所にすると、休日には連絡が取れない問題が生じる。そこで思いついたのが、インターネットを介在した伝言板という仕組みだ。当時、行政でも広報などでQRコードの活用が始まった時期であり、これを活用すれば問題解決が図れるのではないかとひらめいた。システムに関する要件定義と仕様設計を行い、約1年の期間をかけてシステムを完成させた。

「どこシル伝言板」を最初に採用してくれた自治体は埼玉県日高市。2016年12月のことだった。それから約3年弱の期間で採用自治体は冒頭に述べたように67市町まで拡がった。日高市の導入を耳にし、鶴ヶ島市、狭山市、嵐山町などの周辺の市町村も採用した。認知症高齢者対策は広域連携の視点は欠かせない。結果的に広域地域での認知症見守りシステムが実現したことになる。

日高立郎さん(撮影筆者)
日高立郎さん(撮影筆者)

「どこシル伝言板」のメリット

「どこシル伝言板」の優れたポイントは、きわめてシンプルな設計であり、かつ安価であるところだ。日高さんは元介護業界出身だけに対応すべき手順をよく理解されている。ITシステム的発想だと、すぐにさまざまな要件を盛り込もうとし、結果として使い勝手の悪いものになってしまう

価格の安価性もポイント。導入規模にもよるが、一自治体平均20万程度からスタートすることができる。初期導入費が3万5千円、QRコードシール発行1人当たり3〜4千円。仮に40人に発行したとすれば、総額20万円程度でスタートできる。GPSセンサーなどを使うより、極めて低コストで導入が可能なシステムである。

現在67市町まで拡がっている「どこシル伝言板」。しかし、日本の基礎自治体は総数で1700あり、まだ拡大余地は大きい。

「当面は導入自治体をさらに拡大していきたいと考えています。周辺自治体が拡がることで、広域見守りも可能になります。実際、最近では埼玉県に加えて、静岡県沼津、三島市周辺でも導入自治体が増えています。」(日高さん)

「また、どこシル伝言板は、認知症高齢者だけに留まらず、災害時における備えとしても有効だと考えています。災害弱者となる高齢者や障がい者の方々の支援システムとしてもご活用いただきたいと考えております。」(同)

繰り返しになるが、シンプルで安価であることは、広く多くの高齢者に利用していただく上において極めて重要な事項である。その意味で「どこシル伝言板」は、社会インフラの一部として生活弱者の助けとなる可能性を秘めているシステムと言えるのではないだろうか。

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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